12話 黄金のドリッピンをサンクチュアリへ(8)
開琉を掴まえようと伸ばしたリュークの手が開琉の腰に迫っていた。
ラギを見つめる開琉、ラギは彼の瞳に迷いを見て自分の魔力に賭ける。
「跳ぶぞ」
開琉にだけ届く小さな声でラギはそう言った。
「え?」
ラギが体を振り力を込めて開琉を引き落とす。
「ラギッ!」
「おいっ、よせ!」
慌てて伸ばすリュークの手をすり抜けて開琉が滑り落ちた。2人の体が空中に放たれてどよめきと歓声が沸き起こる。
「ククテンショウ、アイテンエルソーウ・サン!」
ハウがすかさず唱える。
両手を広げ声を上げる人々。
ゆっくりと回転しながら落ちるラギと開琉。
ネットが2人の上に出現し彼らを包むように広がった。ハウが出現させたネットが2人を丸く包み込む寸前。
「わあっ!」
「消えた! 消えたぞ!」
ラギと開琉の姿がふっと消えた。
ハウから放たれたネットが虚しく弛み屋根からぶら下がっているばかり。屋根の縁へ駆け寄ったハウが取り逃がしたことに唇を噛み、即座に声を上げた。
「リューク! 皆、跳ぶよ」
凛としたハウの声が喧噪を押し退けて響き、5人の姿が屋根から消えた。
開琉とラギは大通りをはさんだ向かいの屋根に転移していた。大勢の人が集まる大通りから見えない屋根の反対側に身を潜める。
「た、助かった・・・」
思わず開琉の口からついて出た。しかし、時は待ってはくれない。
ふたりの周りに転移した5人の姿が現れる。リュークのパーティー5人だ。
「これが最後の跳躍かな、よくこの距離を跳んだ・・・偉いよ。魔力も尽きただろう? おチビさん」
ハウが微笑みながら言った。
3メートルと離れていない円陣の中からラギがハウを睨む。
(見切られてるな・・・流石に青の魔法使い。どうしよう・・・・・・魔力を短時間に消費しすぎた)
余裕の笑みで見下ろす5人の大人を前にラギの心はジリジリと灼けた。なにも出来ない開琉はおろおろと彼らの顔に目を走らせながらラギに耳打ちする。
「ジャンプする?」
ラギは首を振った。
ローブの中で赤ちゃんの入った皮袋にそっと触れる。赤ちゃんを手渡せば殺されるか売り飛ばされるか・・・。しかし、この場からどう脱出すればいいかと思案する。
まだ、魔力は尽きたとは言えない。わずかに残っている。だが、もう跳ぶほどの力はない。
(でも・・・・・・)
でも、ラギの頭の端にかすかな希望もあった。最後のわるあがきかもしれない。
(後ひとつ、何か魔法を使えばレベルアップの頃合いの・・・はず)
レベルアップして魔力がフルに戻り上限が今より上がればどこまで跳躍できるだろうか・・・・・・。
(町から離れた森の中まで跳躍できるはず)
しかし、また魔法の残り香を辿られてしまっては同じ事。どうすれば跡を辿られずに跳べるかと考えを巡らす。
「ドラゴンの血を持っているのか?」
ラギの思考が止まった。
リュークの低い声が、ドラゴンの血という単語がラギの思考の隙間に挟み込まれる。
「ドラゴンの血は持ってない」
「ドラゴンの血“は”持ってないっていないという事は黄金のドリッピンは持っているんだな?」
ラギは思わず黙った。黙ってしまった!
自分の出生を知られたくない思いと自分の血が狙われる怖れに思考が捕らわれて、ドリッピンを持っていないと否定する言葉が出なかった。
鋭い眼差しが言葉に詰まったラギの表情を逃さず見ている。
思わず黙ってしまって、ラギは「しまった!」と思った。即座にドリッピンも持っていないと言ってしまえば良かったのに。
「素直な子供だ」
シェパードに似た男が眉間にしわを寄せて苦笑いする。
「ドリッピンの赤ちゃんなんて持ってない!」
開琉が叫んだがもう遅い。
ドラゴンの血を持っているか否かよりも、ラギの反応を見たかったのだ。その沈黙が黄金のドリッピンを持っていると暗に答えてしまっていた。
「ドラゴンの血・・・は、君自身の体に流れているんだろう?」
優しそうな声音のハウが魔法を唱え、微風がラギのフードを滑らせる。
日の落ち掛けた空にラギの光るような髪が美しく映えた。そして髪から覗く小さな角がさらに輝いて見えていた。
「人間とドラゴンのハーフだ」
「珍しい」
「純血程の効力は無くても十分にハンティングの対象だな」
ラギが奥歯を噛む。
「ハンティング・・・・・・?」
その言葉に開琉は目を見開いて驚いていた。
「・・・人をハンティングだなんて」
「人じゃないよ、その子は人間だ」
「そんな訂正いらない! 人間を狩るだなんてッ!」
自分でも分からずに開琉は叫んでいた。自分の事でもないのに、まだ友達でも仲間だとも思っていないはずなのにムカついていた。
「正確には人間を狩るんじゃなくてドラゴン狩りだよ」
「どっちだっていい!」
支離滅裂になってきていたが、言葉にならない怒りでいっぱいになっていた。
立ち上がる開琉をラギが引き戻す。
「離せよ、ラギ!」
冷たい瞳で見下ろすハウが魔法を唱える。
「ラーク・ククテンショウ・プラマイロ」
ラギと開琉の周囲に冷気が集まり始め、開琉がラギに身を寄せる。ローブの中で杖を握りしめるラギも小声で魔法を唱えた。
「ソビトソビト・サークルサーティンシャ!」
ハウの魔法で氷の結晶が煌めくのとほぼ同時に両者の間に炎が生まれる。ラギと開琉ふたりを取り囲む炎の円陣。
「おっと」
炎の勢いにリューク達が一歩後ずさる。
「まだ魔法が使えたとは・・・・・・」
熱を発した炎は束の間のうちに消え、同時にふたりの姿もかき消えていた。
「レベルが上がるには足りないかと思っていたけどな」
困った顔をしてハウが愚痴る。
「喋りすぎたなリューク」
「子供だと思ってたが意外にやるな」
今まで黙っていた狼男とビーグルの様な顔の犬男が肩の力を抜いて苦笑いした。
「笑うなよ、たまにはこんな事もあるさ。なぁハウ」
苦笑いを返してリュークが言いハウの背を叩く。皆が笑った。
「で、ハウ。追えるか?」
ハウは軽く肩をすぼませる。
「あのチビ考えたな、炎で魔法の残り香を消すなんて」
「無理か」
「魔法では追えなくてもそれほど遠くまでは跳べないはず」
それぞれに目を合わせる。
「サンクチュアリに向かっていると思う」
ビーグルの言葉に皆が手を挙げる。
「真っ直ぐサンクチュアリの方向へ跳ぶか?」
「俺なら少し外してあちら寄りに跳ぶ」
「夜が近い」
「大きくは反れないだろう」
「裏をかく可能性は?」
それぞれに意見を言いながらすでに足はサンクチュアリへ向かう町の出口へと進んでいる。
ハウは懐から砂状の物を取り出して、掌に息を吹きかけた。それは形を成して鳥へと変化した。
「探しておいで」
数羽の白い鳥が探索に向かって羽ばたいていく。パーティーのメンバーが皆楽しそうにしていた。
ラギ達は真っ直ぐサンクチュアリへ向かう道路上に姿を現していた。
最後の余力全てを使って炎の円陣を出現させたあの時、ラギは炎の中でレベルアップを果たしていた。ローブにマークがひとつ増え、魔力が最大限の状態で跳べるだけ遠くに跳んだのだった。
「走れ!」
ラギの声で開琉も走った。
「また追っかけてくる?」
「いや・・・多分、すぐには来ない」
残り香は消せたはずと思っていたが、確証はなかった。
「ありがとう」
「なに?」
突然の礼に開琉は不思議顔だ。
「考える時間ができた。お前・・・開琉のお陰だ」
駆けて駆けて落ちる夕日を追うように走って、ふいにラギが道の脇の森へ入った。
「どうしたの?」
「しっ!」
何かから隠れるように低木の下の茂みに紛れ込む。間を置かずに小さな白い鳥が道をすいっと飛んで行くのが見えた。
「探してる」
白い鳥、それはハウの飛ばした探索物。通り過ぎたように見えた鳥がついと向きを変えて森の中に入り込む。
ふたりの頭上を通過しまた戻ってくる。
しばらく辺りを飛び回った後、それはすいっと道路へ方向を変えた。
ぴっ・・・
(・・・・・・!)
ふたりがほっと仕掛けたそのとき、赤ちゃんが声を立てた。
かすかな声に反応して偵察の白い鳥が戻ってくる。見つかれば彼らが即座に転移して来るに違いなかった。




