I can see it
「早く、起きなさい!学校遅れるでしょ!」
階段したからは女性の声が聞こえる。
それに反応し僕は体を起こした。
したからはコーヒーとパンの焼けたにおいがする、
今日も平日が始まることを告げているのだ。
いろいろな仕度をしてから僕は下に降りた。
「おはよう、母さん」
「おはよう。また寝癖が直ってないわ。」
「あんまり気にしなくていいよ。」
パンをかじると後ろから、
「おはよー、あんた学校だっけ?」
「今日はまだ金曜だよ。」
あーっと唸っているのは僕の姉だ
姉は後ろ頭を掻くと
「まだ、時間あるから二度寝するわ。」
「了解。」
「こらっ!沙耶!ごはんは!?」
姉は母さんの言葉を無視して部屋に戻ってしまった。
「まったく。困った子ね。」
僕は朝食を終えたのでかばんを手に持ち椅子から腰を浮かした。
「もぅ、行くの?」
「うん、ちょっと朝用事があるんだ。」
「そう、気をつけてね。」
「母さんもね」
玄関から出るときに、
母さんはつぶれて変な方向に曲がっている手をぎこちなく振っていた。
笑顔を向ける顔からは血が出ていて、今も流れ続けている。
足は既に腱でつなっがっているようなものだ。
いつもの道を歩いていく。
すれ違った顔色の良くないおばあさんに挨拶をし
交差点のど真ん中で呆然と立ち尽くしている女の子に声をかけ
虐待を受けたであろう右目のない猫を撫で
学校へついた。
朝早くの冬の学校は冷蔵庫のように寒い。
まだあまり先生も着ていないようだ。
いつものように下穿きを上履きを履きかえると
隣から声がする
「おはよう、リク君。」
「おはよう、由佳里。」
彼女は小さく微笑んだ。
「私のために、朝早く着てもらって…ごめんなさい。」
「ん?大丈夫、気にしないでよ。由佳里と話したいし。」
「ありがとう。」
それから僕らは人の来る前の数十分をともに過ごす。
彼女に話すのは、外での出来事、最近のニュース。おいしいお菓子の話などだ。
彼女はそれを真剣かつ興味深そうにはなしを聞いてる。
「おはよー!!リク!!今日も朝早いなぁっ!!」
半透明の友人が僕の後ろで言った。
「じゃぁ、そろそろ行くね。また放課後。」
彼女は右手の手首から血を滴れさせながらドアをくぐり消えていった。
「また、独り言か?」
「失敬だな。」
それから僕はつまらない相手の話を永遠付き合う。
彼女にあってから別れ、つまらない授業や人の話に付き合いまた放課後ぎりぎりまで彼女と話すのだ。
気がつけば外は夕暮れ、
さびしい風景に鴉が栄えて見える。
僕の前には青白い彼女。小さく僕の話に相打ちを打ち笑う。
そして、一日最後の放送とチャイムが流れる。
これが流れると彼女はさびしい顔をする。
下駄箱まで彼女は僕を送る。
彼女の行動範囲はここまでだ。
「ねぇ、こっちの世界にこないの?」
彼女は別れるときいつもこの話題を持ち出す。
「気が向いたらね。」
いつもの返事を返す。
家路までまた朝のどうりに帰る。
今日は女の子と綾取りをした。
「ただいま。母さん?」
「おかえりなさい、リク。どうしましょう…」
「どうしたの?」
「包丁が持てないの、晩御飯の仕度が出来ないの」
今だ、手はぶら下がっている。足もだ。
「僕がやるよ。母さんは向こう行ってて。」
母さんは軽く困ったような顔をして承知した。
もう、分かったかもしれないが
僕は死んだ人がはっきり見え
生きている人が半透明にしか見えないのだ。
母さんが僕の目の前で電車の事故で死んでからそうだった。
小学1年生ぐらいのときだったと思う。
母さんと出かけた。姉さんは寝ていた。
線路に僕は足を挟ませた。
当時の小さな僕の足はあの溝にしっかりとはまってしまった。
母さんは僕を助けようと線路の上に身をかがめ、
僕の足を引き抜いき僕を突き飛ばした。
甲高い線路の警報音とごうごうと横切る電車
後ろでは小さい悲鳴が電車でかき消された血の塊だけが残っていた。
背中の向こうで広がる紅い世界。
まじまじと見てしまった僕が居る。
あれ以来母さんは僕に依存している。
「お!今日はハンバーグ?」
「そうだよ。」
父さんが単身赴任で居ないこの家の家事はほとんど僕と母さんがこなしているのだ。
「しっかし、珍しいね!ハンバーグなんて。」
「うん。母さんがね食べたいってさ。」
「はぁ?」
姉さんは隣の和室の仏壇を見つめた。
「母さんは死んだんだよ?変なこと言わないでよ。」
大きめに切ったハンバーグを一口で食べている。
「うん。ごめん。」
「たっく…父さんいなくて良かったよ。」
「うん。」
大体いつも無言で食事を終わらせると個人のことに専念する。
風呂へ入っているときに僕は真剣に考えた、
最近、生きている人の方が見えずらくなっていることについて。
姉さんの姿よりも母さんの姿がはっきり見える。
由佳里の言うとおりにあちらの世界で暮らす、
つまり僕が死ぬということになるであろう。
長風呂はいつものことだった。
また朝がやってきた。
母さんの声で起き、姉さんの言葉を聴く。
言葉のみだ。姿はほとんど見えていない。
土曜なのに学校へ行く姿はどこか不思議であるのだろう、
母さんは神妙な顔で僕を見ていたから。
「今日も学校?」
「うん。ちょっとね」
「あらあら。」
「ねぇ、」
「ん?」
「母さんは自分が今どんな状態か知っている?」
「なに言ってるの?いつものとうりよ。」
「母さんは僕のこと好き?」
「勿論。」
「ありがとう。いってきます。」
上を見上げると雲ひとつない晴天だった。
「おはよう。きてくれたんだ。」
「うん。」
教室のいつもの席に着く。
由佳里はその前の席。いつものポジションだ。
「あのね、由佳里」
「ん?なぁに?」
口ごもりながら僕は言った。
「僕は死なないで由佳里の世界で、生きていくよ。」
昨日一晩考えた結果だった。
由佳里は口元を手で覆い泪を流して震えていた。
「うれしい…うれしいよ。リク君」
「喜んでもらえて光栄だよ。」
席を立ち上がり抱きつく由佳里。
手首からの血は止まることを知らず、体温も氷のようにつめたい。
由佳里とともに屋上へと上った。
校庭にはポンポンとリズム良くラリーを続けるテニスボール
スリーポイントから狙うバスケットボール
いまミットへ入ったのであろう野球ボール
上を見上げた。
先ほどと変わりない
晴天が空を覆っていた。
end
20080225