ウチのじいさんの教え①
ブタが書けない orz 困った。
こんなアホなことも書きたい。うん。
児童施設で教務という非常勤のお仕事をしていた時に、連絡帳なるものを親の代わりに書いていた。時によって違うが20冊くらいの時もあった。
先生に褒められるのがうれしい! 小学生のついでに私も褒められる! 快感である。
小うるさい常勤が帰ってからが本番だった (`・ω・´)シ もるぁ!
なんでもやりたい人だけがやればいいと思う。外で遊ぶのが好きな子に「やれ!」ということはない。遊ぶのも財貨だとおもっている。
だいたいに子供に教えることなんてない。こっちは中学の因数分解さえ意味がサッパリわからんのだ! チンでも教職なんてなれない自負がある。
1から数えてだいたい12あたりで止まり、「次は?」と聞けば、困ったカオをして「100」と答え、次は?と問うと元気に「いちまん!」と答える。このことをたまに教育関係者に話すと『知的なんとか』とか言い出すへんな人もいる。
なんのことはないトレーニングの問題である。囲碁版をとりだし、碁石を懇切丁寧に極めてシツコク20まで声を出しながら一緒に並べる。
ただ単に根性だけがあればいい。こういうのがワンチームなんだろうとは思う。が、ワンチームを唱えるエライ先生方は絶対にワンチームではないと私の経験則が思う。
算数だけではなく、国語の本読みから書き取りに、なんでもござれ。
学校の統廃合に先生の専門性があげられる。発音が正しい英語と、才能が必要そうな音楽はたしかに無理。私はいまだに習った先生の発音は怪しいと信じて疑わないが、他の教科はなんでもやってくれよ、通学がしんどくなる、と勝手に思っている。
漢字が読めない、数字が数えられない。小説サイトに一生縁がないような子を放置する実態こそがワンチームだと言えばそうなのかもしれないが。
酷いことをいえば、落ちこぼれが出なければ私はご飯が食べれなかったともいえる。塾の先生も同じ境遇なのだろうか?
ラグビー〇ールド杯の支持率と所得は比例しているという説がある。生活が厳しいと国家に対する帰属意識が低くなって当然だと思う。
20まで数えられるようになると、連絡帳に先生から狂喜の一文がだいたい載る。楽しい、これを読むと晩御飯が美味しい。残業代はもちろんでないけど、楽しいからやります。
ちなみにウチの上の姪は30まで数えられる。
……(´・ω・`) なんのことはない。ウチのじいさんの教えで風呂は声に出してゆっくり30数えないと上がれない伝統がいまも毎日続いているだけだ。
……わざわざ遅く数えやがってこのくそじじぃぃ~とか思っていたのは、あの世にいってから詫びるべきか?ww