誰がヌコだ…
「高い…何で隣の駅行くのに170円かかるかな?学生相手に厳しいよ、都営地下鉄はJRを見習いなさいよ…もぅ、バイクさえあればこんな無駄な出費は無かったのに!」
都営地下鉄相手に文句を言ってどうするんです、当時の私…彼らも仕事で食べていく為の料金設定でしょうに。
ネガティブ思考になって独り言の止まらず、本当にはんかくさい…いえ、馬鹿みたいな流れて自殺を決意した私は、とにかく隅田川の近くへ行こうとしました。
勿論、バイクは無残な姿で廃車となりましたから電車でした。
「曙橋から市ヶ谷で…乗り換えて浅草橋。そこから歩き…何これ、結構離れてるじゃん!はぁー、面倒くさいな…やっぱり止めようかなぁ…」
当時住んでいた下宿は、"虚無僧研究会に属していたお父さんの知り合いのお寺の住職さんの知り合いの大家さん"から借りていました。
そもそも"虚無僧って何だ?"と思いますが、簡単に言えば尺八を吹いて行脚する僧侶さんです。というか、"知り合いの知り合い"はもう他人のような?
「そういえば、新宿の荒木町なんていい所住んでるのに電車はめっきり使わなかったな?何でだ…って、バイクがあるからー。はぁ、もう嫌だ、このネチネチした性格…」
東京ウォーカーを片手に古めかしい都営新宿線曙橋駅の、広い空間の割に小さな小さな改札を抜けました。
「なまら広ーい!そして駅員さえ居なーい!静かーだわー!」
何故虚しくならないのか不思議なくらい独り言を言いながら、私は駅のホームへ降りました。
今更ですし我が事ですが、涙が出そうな程哀れ…
「こんだけ人いなきゃ、値段も上がるよね?」
確かにホームに人の姿は私とお爺さん1人くらいでした。ですが、そもそもその日は土曜日で時刻は16時少し前のビミョーな時間。人が少ないのも当たり前です。
ですが、電車が来れば人がそれなりに降りて来て、車内にも人がいるから流石に独り言は止めましたとも。
「あぁ、神田川じゃなくて良かった…まさか川からこんなに高い位置に橋が掛かってるなんて知らんもん。こまい私が飛び込んでも、みんな気付くわ…」
ですが、流石に神田川を改めて見た時は思わず言葉が出ました。だって、神田川の見える通りは常に人が居るんですもの。
御茶ノ水に至っては学生でごった返し、めんこい格好をした女が無駄に高い声を出して男子と話す光景がそこら中に見えていた。
「…だからさ〜ユウ君!ミカはね〜…」
「芸人にいたよな?"いらっしゃいまっせ〜"見たいなヤツ…よくあんな声出して声潰れないな。流石にグーグーガンモだわ…」
人の幸せをとやかく言うつもりはありません。無いですとも、えぇ無いですよ!でもね、地声でなく露骨に作った高い声が許せんのですよ…あの媚びるような、"私〜可愛いから、こんな感じにすれば馬鹿な男はイチコロ!"見たいな感じが解せん!それに靡く男も解せん!もっと流れる風の様に生きようよ!
えっと…熱くなりました、すみません。
脱線ついでに説明しますが、グーグーガンモとは漫画です。私はアニメ版の声が変に高くて可愛いから、"アニメ見たいな声の人達"の総称として勝手に使って呼んでます。ムカつく人達でも、こう呼べば落ち着けるでしょ?
「はあ〜、ようやく秋葉ば…ら?」
そんな電車の中でも相変わらずぶつくさ言ってる私ですが、あの秋葉原で電車に乗り込んでくる人の波は予想外でした。まぁ、芋洗い状態とはアレの事を表し、基本脂肪を溜めて…まぁ、あまり過激な事は言いませんが…男として色々努力すべきな人達の波には、流石に私も口を噤んで耐えました。
「失礼、降ります。降ります、降りますって!"降ります"言ってるんです、お願いですから道を空けて!」
電車のは降りるのも一苦労。何でだ、何であんなに横幅取ってるのに彼等は何も感じないんだ?ガタイが良いのとデブは違うんだぞ?相撲取りはれっきとしたガタイが良い…
失礼、また脱線しました。
とにかく、私はアパートで散々"社会に若者の闇を出張する"とか、"私の死は、世界へのアンチテーゼだ"なんて大学の講義で聞き齧った言葉を並べていました。ですが、浅草橋に着く頃の私は既に若干疲れていました。
「あれ?私は何しにここに来たんだっけ?え〜っと…そうだ、川に身投げしに来たんだった」
"腹が減っては戦が出来ぬ"と、私はなけなしの夏目漱石を使い喫茶店でサンドイッチを頬張りコーヒーを啜っていたかった訳ですが、たった1人の牛丼屋は満腹になると冷たい現実を見せてくれました。
まるで"レンタルビデオ返さなきゃ"くらいの気軽さで、見失っていた重要すぎる目的を思い出すと、私はひとしきり寛いでから隅田川へ向かいました。
「あ~、少し寒いな…川までの道が遠いな…"は〜るの〜、うら〜ら〜の、すぅ〜みぃ〜だぁ〜がぁ〜ぅわぁ〜"…」
きっと相当な変人に見えた事でしょう…人通りが少なくなったからといって流石に歌うとは当時の私は…本当に…可哀想な…
「あっ!川だ…」
高架下の長い入り組んだ道をひたすら東に抜けると川であった。
勿論、それは隅田川でして、ご丁寧に川沿いの散歩道なんてものがある程の、大きく長い川でした。
「何か…思ったより流れ速いな…そして水黒いし…川風がしばれるし…」
"道産子が何を言っとる!"と思う方も居ると思いますが、寒いものは寒くのです。12月になろうという東京は勿論寒く、手袋をはいて…手袋をはめて、ロングコートにブーツでも十分寒いくらいだったのです。
やっぱり私って…かなり訛ってたわ…
「でも…思ったより良い所かな?」
夕焼けに輝く水面に、沈み行く太陽の日差しを受けたビル達がまるで一日中大地を照らしていた太陽を労うかの様に輝いていた。
速い流れだがゆっくりと聞こえる川の音に混ざり、遥か彼方から総武線の慌ただしく駆け抜けてゆく音が響き、車内を混み合わせながら何処かへ駆け抜けてゆく。
そんな対象的な音の中に、ゆったりとしたサックスの音が何処からか響いてきた。
「対岸か…練習かな?橋の下なんて目立たないしいい練習場所なのかな?"スイング何たら"って映画みたい…」
ガールズですよ、当時の私…というか、あの映画より前の出来事だったような?まぁ、日付や時代の前後はよくある事ですよね?
風情だ何だを打ち消す独り言ばかりですが、これだけは言えるのです。あの時の隅田川の景色は、私にはひどく美しく思えて、私という存在のちっぽけさを深々と実感させられたのです。
「最後の景色にしては、まぁまぁなのかな?さて!やりますか!」
ここで改心して自殺を止めるのが普通でしょうが、私は諦めませんでした。やっぱり昔の私、はんかくさいです…
ひとしきり周りを確認し、早々に自分が身投げした事が見付けられない事が解ると、私は川の端に設置された柵に足を掛けたのです。
「待てよ…ここで飛び降りたら、さっきのサックスの人に見付かるな。それにここは橋が多い。"あの子の命は飛行機雲"的じゃ無いよな…何よりカッコよくない!」
死のうとする人間の言う事ではないでしょう?私もそう思いますとも…でもね、当時の私はそう思ったんですよ気楽でしょ?まるでピクニックのレジャーシート敷く所選びくらい気楽なんでしょうね?
「橋の少ない方が良いかな?なら上流に…」
柵に足を掛けて、終いには柵の上で立っていた私は1人でいい気になっていたのでしょう。なんて馬鹿な事をしたのか、今でも恥ずかしいですよ。
柵の上で仁王立ちし腕を組んでブツブツと独り言を言っていた私は、突然吹いた突風で柵から滑り落ちたのです。
並行感覚を突然失い、足の裏に感じていた金属でできた柵の硬い感触が無くなり、浮遊感さえ感じた私は何も言う事が出来ませんでした。
ただ、思わず目を強く閉じ暗闇が私を包むと、私から何かが抜ける感覚を強く覚えました。
「ぶわっ!いっ……たぁ〜い!」
お尻を強く打ち付けた私は、川の遊歩道で痛みのあまり叫びました。
勿論、骨が折れる程のものでも歩けない程でもないのですが、思わず叫んだ訳でして。
「なまらびっくりした〜!死ぬかと思ったよ!何なの今の風、お尻にあおたん出来るでしょうが馬鹿!」
自殺未遂をした人間が"死ぬかと思ったよ"って…
とはいえ、予期せぬ妨害で身投げにに失敗した私は、少し痛む可愛く小さなお尻…誇張した表現でした。痛むお尻を擦りロングコートを軽く払うと、衣服の破れや何かが無いか軽く調べました。
「コートは無事!ハンドバッグもある!ジーパンも破れてない。ブーツの踵は…そんな折れるようなハイヒールではない!大丈夫、問題ない!」
来ている人間は問題だらけですし、そもそも自殺する人があれこれ問題を気にするものですか!当時の私を叱ってやりたい…
何より、その時の私は自分の無事に夢中になっていたのでしょう。夕焼けがまだ周りを照らして明るかったのに、遊歩道は不自然に暗かったのです。
「はぁ〜あ。びっくりした、びっくりした!さて…上流行こ」
おっかない思いをしたのに、私ときたらまだ自殺未遂を考えたのです。普通は止めようと思うのに…
「しかし、こんなに遊歩道あるなんてな〜。人通りも少ないし、散歩コースには最適なのかな〜。な、の、か、なぁ〜」
一人きりの開放感と、人工物だらけですが川という自然の前に、私は何時までも独り言を言い続けました。
「ざけんなよ、スケベ佐藤!ゼミに顔出した時の鼻の下の伸びようは!直美やクマと見境なくナンパして、顔が良ければ誰でも良いのか!
何だよあのヤマハのタクトの男!ぶっちぎっても信号で追い付かれるし!こっちはフェーザーだぞ、バイクだぞなんで原チャリが追い付くんだよ!フュージョンもだ!なんであれがバイクだ!アンナの原チャと同じだろ!何が"俺の愛車…イカスだろ?"だよ、森口!ダサいだろ何だよあの小豆色!
何だあの人材派遣会社の面接官!私の隣で面接受けてた奴等、相当ブリっ子だぞ!何が"私は〜御社で〜"っだよ!真面目にやってる私が馬鹿みたいだろ!
死に晒せ、窃盗犯!バイクは人間の永遠の友達だぞ!それをエンジン引っこ抜いて電子パーツ抜いてボディだけ投げ捨てる?バラバラ殺人と同じだろ?お前は人の子か!
いい加減にしろ!チェック柄のシャツばかり着た工学部のイケメン眼鏡!女がバイク、カッ飛ばして何が悪い!何が"僕は…そういうのはちょっと"だよ!ならこっちは"チェック柄のシャツばかりはちょっと…"だよ!もっと柄のないシャツ着ろよ!白とか水色とか、ワントーンコーデを学べぇえぇぇええ〜!」
あの…最初は景色とかこの頃のコーデについて喋っていたんですよ?でも、遊歩道は長かったんでよ。とても…本当にとても…あまりの気楽さに思い切りいい声で悪態をつき続けた私でした。
ですが、ひたすら上流に登ると言う事は、浅草に近づくという事です。つまり人通りが多くなるという事。
「はぁ…はぁ…あぁ〜スッキリ…し…た…」
当時の私は、東京ウォーカーをきちんと読んでいませんでした。浅草近くの隅田川の遊歩道は、ちょっとしたデートスポットなのです。男女があまり人目を気にせず静かにイチャイチャするのに適した場所。
「あっ…あはは…これは、失礼、いたしました…」
視線を足元と川で往復させていた私の視界には、何時の間にか出来たてピカピカのスカイツリーの光の流れるような電飾。そして、ライトアップされたビール会社の…アレにしか見えないオブジェが見えて…
「何時の間にか、上流に来過ぎたのか?しかもこんなに人が居たなんて…あっ!何だよ今まで歩いてた道にも人が結構居るじゃん!何だよも〜…」
独り言で気持ちよくなっていたのでしょう、私は今まで歩いてきた道にも多くのカップルがイチャついているの今更気付いたのでした。
「なっ…みっ、惨めだ。こんな所で飛び込んでみろ?中学以来の大ニュースで世間様から叩かれる!新聞に乗るのは嫌だ…自殺未遂なんて尚の事ヤダ!カッコよくない!クールじゃない!」
何故あそこまでカッコよさやクールさにこだわっていたのかは解りません。ですが私は、そんな事よりもこれだけ騒いで周りの視線が来ない事や、カップルに嫌な顔1つされない事を気にかけるべきでした。
でも、顔を真っ赤にした私は目の前に見えてしまった水上バスの浅草駅やそこに集まる人々を前に、そそくさとその場を立ち去る事に決めたのです。
「もぉーヤダヤダ…何で私がこんな目に…全部この世はが悪いんだ…そうだよ、いやっ、現実逃避か。駄目でしょ私、しっかりしなきゃ。そうだわよ、こんな馬鹿みたいな事でくよくよするからこういう目に会うんだ。切り替え、切り替え!」
病んでいたんです…そう、病んでたんですよ。感情がわやくちゃなのはそういう理由でしょや!あの時の私の事は、今の私でも解らんのですよ…
「切り替えするなら、観光でもするかな…浅草でしょ?雷門とか、そういえば見た事無いな…」
止まらない独り言を呟きつつ、私は川辺の遊歩道から道路へ続く階段を上がりました。確かに私は山手線圏外へ出向く事はあまり無く、それこそ国技館のある両国も行ったことはありませんでした。
「とはいえ〜無策で観光地を回ろうと思う程じゃありませんよ〜っと」
こんな独り言を呟いた訳ですが、ここでも、私は違和感に気付きません。言ったと思いますが、流石に人の多い所では余程の事がない限り独り言は言いませんとも。
それだけ、私は不思議と人の視線や存在を薄くしか感知出来なかったのです。街ゆく人を普通に見えている分、私はその異変に気づかなかったのです。
「あっれ?私の東京ウォーカーがない…」
隅田川と浅草駅、雷門通りはほぼ一直線上に並んでおり、すぐ近くでした。とはいえ、浅草を何も私は、名店探しの為にハンドバッグから東京ウォーカーを出そうとしました。
ですが、バッグの中は何処を見てもウォーカーの文字も無いのです。
「おっかしいなぁ…さっき柵から落ちた時に落としたかな?直ぐ気付きそうな物なのに…」
「おぉぃ、なんだい嬢ちゃん?迷子かい?何処に行きたいってんで、地図だ何だを探してるんだ?」
「いえ、特に目的とかは無いんですけど…何処やったかな?」
「何なら、お兄さんが案内してやろうかい?」
歩きながらバッグの中を調べる私に、突然声がかけられたのです。自称ではありますが、一応私は美人なので"ナンパされる事"の1つや2つ経験があります。
ナンパとはいえ、相手の善意もある事ですし?その時の私は、軽く道とか名店を聞いて直ぐに移動しようと思ったのです。
ですが、"突然の案内しようか?"ですよ。声しか聞いていませんがハスキーボイスの良い声で、不思議とイケメンに思えそうな感じでした。
「いえいえ!そんなお時間取らせるような…事は…あれ?誰もいない…」
ですが!私はそんな直ぐにホイホイ着いていく様な軽い女じゃぁありません。直ぐに断ろうとバッグの中から声の方へ顔を上げました。
ですが言葉通り、そこには雷門通りを行き交う人や車、客引きの姿ばかりで声を掛けたであろう男の姿は無いのです。
「何だ、気が滅入りすぎて幻聴聞いたのかな?」
「いやいや…幻聴な訳あるかいな。俺はここに居るんだから」
「はあ?なっ、声が変わった!何、ボイスチェンジャー?イタズラ?最近流行りのドッキリってやつ?何なのいったい!」
「バカ言え…わざわざ見知らぬ他人にドッキリ仕掛けるほど若くないわ!」
私は当然自分の精神的問題と片付けようとしました。ですが声はやはり聞こえ、先程のハスキーボイスは流れるように渋いおっさんの声へ変わったのです。
そりゃ焦るし驚くでしょう。目の前で話している人の声が激変するならまだしも、相手の姿も見えないし、声は若くなったり渋くなったりコロコロ変わるんですから。
「アンタねぇ…ここいら初めて?その感じなら来たばかりって感じか?ほら!足元、見てみ?」
「初めてですけど!そこまで…東京…慣れ…ヌコちゃん?」
「誰がヌコだ、ヌコ!俺はネコだし、大刀洗ってんだよ!」
七変化する声が、呆れるように私を小馬鹿にしてきました。いきなり訳のわからない状態で馬鹿にされれば、優等生に潜むヤンキー魂が前に出ない訳ありませんよ。
その時、私は久しぶりにドスを聞かせた声を出して渋い爺さん声の言うとおり足元を見ながら文句をつけかけました。
でも…そんな声も直ぐに消えるような普通じゃ無い光景が広がっていたのです。だって、黒ブチの白猫が私を見上げて話すんですもの。おまけに負けじとドスを聞かせた声で自己紹介までして…
さて、長くなって済みませんね皆さん。それでは、私の身に起きた"ひょんな事"の始まり始まり〜。