時には、昔を思い出して…
女は駆け抜ける風のように……
青春はミモザの泡のように……
「そろそろ、21時になるかな?」
私は、カウンターで自分のために入れたブラッディマリーにタバスコをかけまくるのを止めて立ち上がった。
老けたかな?この頃は時間の流れが早い気がする。ついさっき準備を終えたと思ったのに、気づけば日は沈みカラスは鳴いて皆が家に帰る。
「"人は夜に眠らなきゃいけない"なんて誰が決めたんだろう?まぁ、偉いモノ達か?」
カウンターから外に出て、人1人がやっと通れるくらいの通路を通り店の外へ出ようとする。
「流石に…この座席配置は狭すぎたかな?」
このバーを開店させるに当たって、私は席の距離を出来る限り狭くしようとした。変に動けば隣の人とぶつかって、"すみません!"なんて言っちゃうくらいに。だから、店は出来るだけ狭い店舗を借りたし、"小ぢんまり"を3倍にしたくらいの店を作った。
でも、流石にこの配置は狭すぎた…
「あっ、痛い!足ぶつけた…」
カウンターに座席が6つ、小さな正方形のテーブル2つで足の踏み場を奪われた店内で、私は思わずぶつけた足にうっすら涙を浮かべながら軽く飛び跳ねた。
「はぁ〜っ、いったい…そして、独り言ばっか言ってる私も色々痛い」
困ったものだ。独り言は"みんな"に直せと口を酸っぱく言われたのに、最後の最後も治らず未だに続いている。
「これじゃぁ、おばあちゃんなのに禿ちゃうよ。お父さんのせいで、ただでさえ薄いのに…また言ってるし…」
全て独り言。
でも、誰かが聞いているような気がして…"いいから話せ"って言われている様な気がして、私は独り言を止められないのだ。
「今じゃ、話し相手は大刀洗2世だけですよ〜」
店の入口に近づくと、カウンターの上で猫の大刀洗2世が不貞腐れた様に見える顔でこちらを見ていた。
相変わらず父親に似てふてぶてしい事…
そんなうちの白ぶち猫を横目に、私は開店間際の店の看板を出そうとした。すると突然、気怠そうに横たわっていた大刀洗2世が扉の方向へ勢い良く飛んで行った。
「うぉっとっと!なまらびっくりした〜…」
玄関前で看板に手を掛けた時、扉へ向けて宙を舞う猫の姿に私は中々びっくりした。何せ店の中は狭いから、一方向を向くと周りがよく見えないのだ。
「あのね、2世!じゃれたいのは解るけど、今はすこ…し…」
突然の従業員の謀反に、店員兼店主の私はきちんと怒ろうとした。だが、それを気にせずに扉へ向かう大刀洗2世は、早々に扉へ辿り着くと何度となく猫パンチを扉にかましはじめた。
「成る程ね…猫には人が気付けぬ何かに気付き、何かが見えるか…」
またも独り言を呟いている。本当に禿げるんじゃなかろうか?
そんな事を想いつつ、私は看板を引きずりながら扉を開いた。
「あの…そのっ…私、気付いたら…」
「丁ちょ…丁度、開店したばかりだから…入りなよ」
まぁ、格好付けて言ってみたけど…。
看板を赤い顔して必死に運ぶ私を見て、やってきたお客さんは突然の状況に戸惑いを隠しきれない声で話しかけてきた。
まぁ、そうだよね…きっと彼女も突然人気の無く変に薄暗くなった街を暫しの間彷徨ったんだろう。そんな気味の悪い状況でようやく見つけた明かりが看板と格闘するおばちゃん。困惑するよね。オマケに噛むし…
そんな私の醜態を困った顔で見つめるお客さんは、マフラーに分厚いコート、手袋にニットの帽子と完全防寒だった。その防寒の下には20歳そこらの女の子が格納されている。
自分で言うのもあれだが、格納って何だ?でも、本当にそう見える状態だった。
そして…その子の色素はほんのりと薄くて…
「成る程ね…うちの呼び鈴は初代と違って優秀な訳か」
思わず私が呟くと、少女は不思議そうに小首を傾げた。
「あの…ここは一体…」
「まぁ、それもおいおい説明するから安心して」
あぁ、私もあの時はきっとこんな表情だったのかな?そう思うと懐かしい…何歳の事だったかな?確か大学卒業間近の12月。肌寒い夕方…
「そもそも、貴女は誰なんです?」
「ほぅ、それを聞いちゃいますか?そうなると、軽く…いや、滅茶苦茶長い昔話を聞く事になるけど?」
「昔…話?」
「冬の夜はお酒があると長いから、ゆっくりと中で聞くといいよ」
そして、困惑する女の子へ軽く手招きをしつつ私は店を開店させるのでした。
時には、昔を思い出して仕事をするのも悪くないかな?




