兎の真実
アド爺さんの予想通り、五日ほどかけてフォートの街へと辿り着いた。
しっかし……五日間もの間、俺が駆け続けてやっと、ってどんだけデカいんだよ、この森。
森を抜ければ、少しの時間で俺は街へと辿り着いた。森ってのは昔から色んな素材の供給源だ。当然、活用する事を考えてるだろう。そうなると余りに遠くに配置するのは非効率的だ。冒険者達が採取に赴くにしたって、森に行くだけで三日も四日もかかってちゃ意味がない。けど、余りに近すぎても今度は森から魔獣が出てきた時に被害が出かねない訳で、難しい所だ。
……さて、と。
じょじょに高度を落とし、地上からフォートの街とかいう所に近づいて行った。
列が出来てるかと思ったが、森の側の出入り口は閑散としていた。
予想通りじゃある。森の方面に向いた門なんて一般の商人は使わないだろう。そうなると冒険者達含めた森に用事がある連中が使う門なはずで、こんな昼日中に仕事から戻ってくる奴はいない。
これなら予想通り、手早く入れそうだと自分の予測が正解した事にほくそ笑みながら近づくと、門に詰めている衛兵の姿が見えた。俺に大分遅れて連中もこっちに気づいたみたいなんだが……。
衛兵達の顔が明らかに引きつった。
え?何で?
一部の連中は思わず、といった様子で槍構えてるじゃないか……。なんで?
「おーい、ここフォートの街でいいのか?」
「あ?あ、ああ、そうだ」
こっちが語り掛けるとやっと我に返った様子で蜥蜴人といった容姿を持つ一人が強張った顔ながら答えてくれた。
「俺、ここの街初めてなんだが、何か入るのにお金とかいるのか?一応、冒険者ギルドのギルドマスターへの紹介状もあるんだけど」
「……いや、入場料とかは冒険者なら必要ない。ただし、素材の売却時に手数料という形で一割が取られる事になるが」
ふーん、なるほど。それが実質的な税になってる訳か……。
冒険者から都市に入るお金取らないのは分かるな。毎日出入りするのに、その度にお金かかってたら商売にならないだろうしなあ。
で、まあ、俺は「騒ぎは起こさないでくれよ?」と懇願されながら都市に入った訳だが……。
なあ、街の住人が俺の姿見るなり、「ひっ」とか小さく悲鳴上げてよけるんだが。
なんか、落ち込みながら冒険者ギルドへ到着した。
ギルドの中へと入ると割合閑散としていた。この時間ならそう不思議な事じゃないのかもなあ。入口付近では……うーん、なんとも不思議な光景だ。片方の直立した獅子、って感じのでかい剣を背負った奴はまだ分かるにせよ、もう片方って老人の顔を持つ獅子って明らかにマンティコアって奴だよな?
そのマンティコアもきちんと鎧を着こんで、普通に会話をしてる……何とも言えない光景だなあ。
そんな風に見ていると、こっちが入った事を察知したのか連中がこちらに視線を向けて……次の瞬間、顔が引きつって、どっちも飛び退った。……なんか片方は武器に手かけてるんだけど。
「え、ええっと……ここ冒険者ギルドでいいんだよな?」
そう聞くと我に返った様子で、「あ、ああ」とどことなく固い声でそう答えてくれた。
「冒険者になりたいんだが、どこにいきゃあいいんだ?」
「……あっちのカウンターだ」
指さされたカウンターに座る受付嬢の笑みが強張っていた。
……おーい、俺、かわいい兎さんなんだけど……
―――――――――
私は冒険者ギルドの受付嬢をしています。
この時間帯は割と暇です。冒険者の方で仕事に行く方は早朝に出発し、帰ってくるのは夕方です。今、ギルドにいる方はちょっと事情があって街中での仕事を行っている方、例えば怪我をして現在治療中だったり、仲間の装備の調整中だったりで街での雑用をされている方、などです。
そんな穏やかな時間の中、急に張り詰めたような、緊張した空気が流れました。
どうしたのかとふと顔を上げてみれば、視線の先にいたのは……まさか……首狩りの一族!?
しかも、白!!
かつての人と魔物の戦争で猛威を奮った首狩り兎。
これがまだ見た目から強そうな魔物であれば、或いは真っ向から戦うタイプであればそこまででもなかったかもしれません。実際、同じく戦争で猛威を奮った竜族や軍艦蟻様、メガキマイラ様などは敬意を払われているのですから……ですが、首狩り兎族はいずれも見た目は普通の兎。それでありながら暗殺を多々行ってきたとされています。いえ、事実なのは間違いないのですが、一体どれほどの暗殺が為されたのかは全てが闇のままで、一説には人族が戦争続行を諦めたのは彼らによる暗殺で王を含めた上層部が震えあがったからだとも言われています。
結果、首狩り兎族は魔物においても何時しか恐怖と共に語られる事になり、今では彼らの領地として与えられた地域以外からはほとんど出てこないと言われていますが、反面、王家に処刑部隊としてとして雇用されているとか暗殺ギルドを牛耳っているとか暗い噂が絶えません。
……そして、首狩り兎族の有名な話として、強い力を持つものほど色が抜けてゆき、全ての色が抜けた純白のものは伝説とまで言われています。
そんな純白の首狩り兎が目の前にいる!固まっている内に気づけば、テーブルの上にその相手は乗っていました。……これだけ小さく可愛いのに、ちょっと相手がその気になれば私の首なんか次の瞬間には落ちるのだと思うと……。
「なあ」
「はっ、はいっ!!」
声が大きくなりましたが、せめて引きつってない事を祈るばかりです。
「紹介状があるんだけど」
「しょ、紹介状ですか?拝見させていただいてもよろしいでしょうか……」
そうして出された紹介状は……ギルドマスター宛て?
「……少々お待ち下さい、ギルドマスターに伝えてきますので」
「おう!」
正直に言うけれど、ここから逃げ出せる事が凄く嬉しかった私は足早にカウンターを離れたのだった。
名高い英雄と、名立たる暗殺者
殺した数は同じだとしても前にいた時、対応が異なるのは当然だと思うんだ
ただし、色々噂はあれど、戦争の英雄一族なのは確かなので迫害とかはされてません。あくまで怯えられるのが面倒になって引きこもってるだけです