見捨てた話
「たっ、助け、助けてくれえええええ!」
さっきの犬獣人が悲鳴を上げていた。
それを俺は驚く程の冷たい視線で見つめていた。
門番の部屋、いわゆるボス部屋は高い場所に回廊が設けられていた。
まず、その回廊に出て、そこから螺旋階段を下りて、底まで降りる。
そうして、その奥にある宝物が仕舞われているのだろう扉に触れると階段は忽然と消え失せ、門番が姿を現わす仕掛けになっている。おそらく、元々は正規の鍵があって、それで開けようとすると階段も消える事はなく、門番も出てきたりしないんだろう。
正規の手順を経ずに開けようとすると、不法侵入者と看做し罠が作動する訳だ。
最初はあいつは意気揚々と階段を降りて行った。
きっと失敗した時の事なんか考えもせず、大金を手に入れる自分だけを想像してたんだろう。もしかしたら、そうなったら仲間達も一転して自分を褒め称えてくるだろう、そうしたら(当人視点では)寛大な心を見せて、今回だけは許してやる、なんて言う所まで妄想してたかもしれない。
生憎、そんな妄想は即効で打ち砕かれた。
当然だよな、熟練の遺跡探索パーティが敵わないと見て、俺達に協力を依頼してきたような相手だ。
……それをたった一人でどうにかなるなんて、何であんなに根拠もなく自信満々だったんだろう?謎だ。
「おっ、おい!助けてくれよ!見捨てんのかよ!!」
そうして今、追い詰められたあいつは必死になって喚き、叫んでいる。
あっ、今度は最初から俺を嵌めるつもりだったな!とか、クズ野郎!!とか叫び出した。
「……一旦門番が戦闘開始したら降りれなくなるって言ってたよな?」
「ええ、それを伝えた上で、一旦戦いだしたら空を飛びでもしない限り、途中で逃げれないけれど、本当にいいのか、と……最後に確認してあげたんですけどね」
こうなったら助かる方法は二つに一つ。
倒すか、それとも何等かの手段で逃げ出すかのどちらかだ。
ちなみにこちらの探索パーティは事前にロープを垂らしておいて、三人がそれで脱出する間は二人が時間を稼ぎ、頃合いを見計らって風魔法で空を飛んだ魔術師がリーダーを抱えて逃げ出したそうだ。無論、その際には既に上に上がっていた盗賊らが上から援護した。
しかし、自信過剰としか言いようのない奴はさっきの忠告を聞いてもロープを垂らすといった手は何も打たずに煩そうな様子で、さっさと降りて行った。
まあ、仲間も誰もいないのではロープを昇る途中で攻撃されて撃ち落されてただろうが、話を聞かなかった時点で僅かな望みも断たれた、という事だ。しっかし……。
「本当に生ものだな。それに……グロイ」
そうとしか言いようがない。
見た目は空中を泳ぐ魚、というのが一番近いだろう。
ただし、あくまで強いて言うなら、というべきで……体の右半分はまるで調理の途中みたいに身がなく、骨が丸見えになっている。
更に気色悪い事にタコの足みたいなのが生えている。それも二本に至っては目玉があるべき所から生えているという有様だ。後は尾びれから上下に二本、背びれと腹びれに各一本、鰓の部分から左右二本ずつ計四本で全部合わせて十本だ。
高速で人の背ぐらいの高さを泳ぎながら、牙の生えた大口を開けて噛みついたり、触手で攻撃したり、その触手から魔法を放っている。
その触手もするすると思わぬ長さまで伸びたりして……あっ、巻き付かれた。
「くっ、くそっ、放せ、放せよっ!頼むっ、助けてくれっ!!」
無理だな。
バチッ!!
そんな音と閃光が一瞬響いた。
電撃か。
体がそれで麻痺したらしく、カラン、と剣が手から落ちた。触手が巻き付いた時に、一瞬こちらに目が向いた。奴の目には恐怖と後悔が色濃く残っていて。
次の瞬間、ゴキリ、という音が響き、奴の首が変な方向に折れ曲がった。
びくん、と奴の体が痙攣するが、それで生ものキメラは止まらなかった。
「「「「「「「「うわ……」」」」」」」
ツァルト以外の全員の口から思わず、といった感じで声が洩れる。
探索パーティも殺られたらどうなるかまでは知らなかったんだろうな、知らなくて当然とも言う。
バキバキと全身を折り砕かれながら触手で口元に運ばれ、最後は喰われた。
取り落した剣もついでとばかりに拾い上げて、やっぱりボリボリと喰われてしまう。
『物質を取り込む事で魔力に変換可能なタイプのようですね』
それを見ていたツァルトがそう言った。
喰ってるように見えるが、実際は分解して別の場所に蓄えられているという。
大規模な固定設備を備え付けられるこうした門番などの場所固定型限定の装備だという。……もっとも、分解してるせいで、倒しても遺骸や肉片すら見つからないので仲間や遺族にとってはもっと辛いかも、とも言ってたが。
……さすがにあれに喰われるのは勘弁して欲しいなあ。
古代文明時代は空を飛ぶのはそう難しくありませんでした
なので、門番が発動して「やばい」と思ったらさっさと空を飛んで逃げ出す事が可能でした。この為、空を飛んで逃げる場合は門番は基本追撃しません
で、警報装置が発動した事で、上の回廊で待ち構えてた警備が盗賊を取っ捕まえる、という防犯体制でした
つまり、ここは今の時代だからこそ命がけですが、古代文明時代はそこまで致命的な防犯設備じゃありませんでした