ちょっとしたお話(黒ずくめのと、ビット達の)
どうやら未だ、馬車に拘っているようだ。
先だって、奴が。
「馬車はなかったんだな?」
と改めて聞いてきたので、そうだ、と断言した。奴の素振りからして、嘘を見抜く道具を忍ばせておいたのだろう。
嘘は言っていない。
おそらく、あの馬車はあの時の首狩り兎が回収したのだろう。
……愚かな連中だ。
確かに、封印そのままで運ぶのならば馬車は必須だろう。
だが、封印を解くのならば運ぶのに必要な大きさは劇的に小さくなる。
(奴らは知らぬからな)
真に重要なのは何か。
奴らはそれを知らない。
そして、馬車の回収にマジックバッグを用いたのなら……あの馬車には既になかった事になる。それが生物を入れられぬマジックバッグの理だ。
では、彼らは諦めたのか?どこかで別の者が?
そんな訳がない、彼らはあれが何かをよく知っている。となれば……答えはおのずと知れる。
だからこそ、あの時、あそこにいた。
(奴があそこにいたのは僥倖だったな)
でなければ、組織が手配した暗殺者を自分で殺すという事をしなければならなかった。
(だが……)
次第に奴らも疑念を抱きつつある。
ここらで一つ手を打っておいた方がいいだろう。
(まだ収穫の時期とは言えないからな……)
やれやれ、とは思うが。
収穫の為の苦労だと思えば、仕方あるまい。
溜息を一つつくと、その一手の為に部屋を出ていくのだった。
――――――――――
「それじゃまずは」
「「「「『昇格おめでとう!』」」」」
俺、ラティス、ツァルトにアイカさんにセレンさんと知り合いを加えて、お祝いをする事になった。
もちろん、お祝いだからアイカさんに料理をしてもらうんじゃなく、フォートの街でも有名な料理店の一室を抑えてだ。
この街は人の国と魔物の国、その両方に接し、冒険者ギルドが管理する街、しかも近場には魔精の森という有名な場所があって、そこからの食材も入る、って事で料理人も良い腕の料理人が人、魔物問わずに店を構えている。
その分、お金もかかるが、偶にはこういうのもいいだろ。
ツァルトは飯は食えないが、その分、あれこれラティスの世話を焼いている。
ちなみに「食えないのか?」と「何かエネルギーとか必要ないのか?」と聞いたら、自然のエネルギーを蓄えて動く、らしい。
精霊がどうの、マナがどうの、純粋な熱や光エネルギーがどうのと非常にややこしい話になってきたので理解を諦めた。要は、非常に効率よく、ありとあらゆるものをエネルギーに変えて動けるらしい。それらを体の各所に仕込まれた貯蔵庫に溜め込んで、必要な時に用いる、と。
なので、飯も食おうと思えば食えるらしい。
効率悪すぎるのでやらないらしいが。
「いやあ、悪いね。あたしまで奢ってもらっちゃって」
「気にすんな。普段世話になってるからな」
アイカさんが苦笑したような様子で言った。
セレンさんは割とどっしり構えて気にしてない様子なのに、アイカさんは割と気にしてる。これは双方の冒険者時代の差だろうな。
セレンさんは割と上まで行った上、独り身だったから、こういう場所へ飯を食いに来る機会もあった。
一方、アイカさんは冒険者としてはそこそこだったし、結婚を考える相手もいて、二人で将来に備えて蓄えもしないといけなかったから、こんな贅沢は経験なかった。
結果、どちらが楽しんでいるかと言われれば、セレンの方だ。こればかりは慣れているか、そうでないかの差としか言いようがない。分かりやすく言い方を変えると、今回一回の食事で百万円が飛ぶ食事に慣れているかどうかとも言う。慣れていれば落ち着いて食えるだろうが、慣れていなければ「これだけで何万円」なんて考えてしまうのは当然だろう。
ちなみにラティスは完璧なテーブルマナーで食事をしている。
(……やっぱしいいとこのお嬢さん、なんだろうなあ)
一体何がどうなってるのか。
悩む事は多いが、とりあえずは今日ぐらいは。
「よっし、次はこいついってみるか!」
美味い飯をたっぷりと味わうとしよう。
黒ずくめには黒ずくめの目的があります
そして、それは組織のとは少々……