疑念と戦闘開始のお話
そして、その時は来た。
ごああああああああああああっ!!
それまでのバーサークエイプとは桁違いの咆哮。
そして、その声を聞いた途端に損害も構わず向かってきていたバーサークエイプ達が一斉に引く。逃げた訳ではない。まるで良い観客席を確保するかのように樹上でこちらに視線を向けてくる。
「来たっぽいなあ」
「うん……」
『そのようですな』
全員の意見が一致する。
ここまで俺とツァルトはともかく、ラティスは大丈夫かなあ?と心配に思ってた。
何が心配かって、大群に囲まれて、命の危機に晒されるって事にあの子が慣れてるとは思えない。圧倒的なストレスに晒された中で戦う者は、その戦いがどういうものであれ、気軽なそれとは比較にならないプレッシャーの中で戦い、そして消耗してゆく。
そうして、最後はとんでもないポカを、普段ならまずやらかさないような事をしてしまう。
なのに、ここまでラティスは妙に冷静で、怯えた様子がない。これじゃまるで……。
(恐怖を感じてない?)
んな馬鹿な、と心のどこかで思っちまう。
戦いに出りゃ、誰だってそう感じて当然。
圧倒的な力の差があればともかく、経験豊富な奴でも自分の命がかかった戦いなら恐怖を感じ、緊張するはず。実際、俺も見た目は平然を装っても、内心はいつだってドキドキだ。もし、本当にラティスが恐怖を感じてないというならそれは……。
(や、それはまた後。今は戦いに集中しねえと)
改めて、出てきたボス猿を見る。
バーサークエイプのボス猿、バーサークコング。
わざわざ別の呼び名があるように別種として扱われてる。
魔獣という奴は独自の進化を行っているのか、或いは近似種がボスとなるのか……時折、こういうケースがある。事実、こうして見てみりゃ……同じ種とは思えないな。
バーサークエイプはサイズ的には人と同程度。
しかし、バーサークコングは三倍以上。
当然、その巨体を支える筋力や防御力、耐久力も大幅に増大している。そして、そのサイズは通常のバーサークコングを大幅に上回っている。普通のバーサークコングは人の倍程度のサイズのはず。それが三倍。魔獣というものは総じて長く生き、長く戦い、多数の魔獣を屠る程に強くなっていく。
その全身の傷痕はそうした歴戦の証。
つまり、眼前のこのバーサークコングは――おそらくこれまで戦った魔獣より強い。
ごるああああああああああ!!!
奴が吠えると共に周囲の木々が!
くそ、やっぱし魔法使うのか!!
しかし、ラティスも即座に魔法の詠唱を始める。
【樹呪槍】
【対抗呪文】
ごあ?
バーサークエイプの唱えた攻撃魔法は、しかし、ラティスの唱えた魔法によって打ち消される。
【対抗呪文】は詠唱が他の魔法より圧倒的に短い。それはこの魔法の性質にある。
他の魔法と異なり、構築するのではなく、ただ相手の魔法の構成を打ち消すだけだからだ。文章を書くのと、消しゴムでそれを消すのとでは後者が圧倒的に時間がかからないって事だな。ただし、欠点もあって魔力の消費が敵の魔法の倍となる。だから、強力すぎる魔法だと【対抗呪文】が効かない場合もあるし……何よりそう何度も頼れるもんじゃない。
だから、【対抗呪文】が効果を発揮するのを見るや即、俺は飛び出していた。
だが。
「くそっ、反応が速い!」
首を狙ったこっちの動きに即座に奴は腕で自分の首を庇う。
お陰で、小さな傷を与えるのが精々だった。
これも【首狩り】の欠点だ。
発動すれば首を落とせる――けれど、それはきちんと発動条件を満たしてこそ。首を狙えなければ、それは単なる攻撃となってしまう。それでも。
「攻撃は、効いている」
こっちの身はウサギ。
相手は大型ゴリラ。
普通、戦えば一方的な展開にしかならない相手だけれど、普通にこっちの攻撃は奴の筋肉や毛といった防御を抜けて、奴の腕からは血が流れている。
例え、浅かったとしても関係ない。攻撃が通用するなら戦いようはある。
「ツァルト、ラティスをしっかり守ってろよ!!」
『言われるまでもない、我が全力を持ってかすり傷一つつけさせぬよ』
そうして、戦いが始まった。
ラティス、ちょっと変?
ただし、強すぎるから怖く感じてない訳ではありません