名づけと急転直下のお話
「ええと……」
「『………』」
ラティスが何と答えるか。
「ツァルト、じゃ駄目かな……」
『ツァルト、それが私の名なのですね』
「うん。私はあなたに私の英雄になって欲しい。けど、私の友達にとって優しい英雄であって欲しいの」
だから、ツァルト。
ツァールトと、ヘルトを合わせてツァルト。
『承知しました。そうなれるよう努力致しましょう』
「とりあえず、俺に優しくだな」
『知らんが、ペットの世話なら任せたまえ』
などと賑やかに過ごしている頃。
――――――――――
はあっ、はあっ、はあっ、ぜえ、はあっ
息が切れる。
足がもつれる。
それでも必死に彼は走っていた。
死にたくない。
そんな思いが限界をとうに超えたはずの足を動かしていた。
「な……っで……」
声もまともに出ない。
いや、体力を考えるとそもそも声を出さない方がいいのだと理性は訴えていたが、感情がそれを超えて口から漏れていた。
仲間もちりぢりになり、何人生き残っているかも分からない。
簡単な討伐依頼のはずだった。
今日もいつもと同じように依頼をこなして、帰れるはずだったのに……。
(なんで、あんなのがこんな浅い所に)
魔精の森の奥まで進んだなら、あんなものに遭遇しても理解出来る。
けれど、ここはまだ浅い。あんなものが出てくるはずがない。
ぎゃっぎゃっ!
声が響いたのはそんな事を考えている時だった。
「ひ……っ!」
嘲笑うかのようなその声に彼は聞き覚えがあった。
(そんな、もう!?)
そう思った次の瞬間だった。
体に猛烈な衝撃が、その次の瞬間には痛みもセットで襲い掛かってきた。
「ぎ……っ!?」
声ではない。僅かに残った空気が漏れて、妙な声のような音となって口から洩れる。
走っていた勢いのまま転倒し、転がる。
受け身もまともに取れないまま、原生林を可能な限りの速度で走っていた状態から転んだのだ。たちまちの内に服が破れて傷まみれになる。いや……。
「かっ……ひゅー……」
もう声すら出ない。
出そうにも空気が漏れる音がするばかり。
眼前に降り立った奴と一瞬視線が合ったような気がした。
(ああ、俺達なんで今日はこんなに運がなかったんだ)
それが彼の最期の思考だった。
マテ、次回!