ギルドランク
「空間魔法や粒子魔法……聞いた事がねえな」
ギルドマスターはそう言って唸った。
ちらりと受付嬢に視線を向けてみたけど、ブンブンと首を横に振っている。どうやらあちらも知らねえらしい。
「……アドウェルザは遥か古くから生き続ける太古の竜の一体だからなあ……多分、大昔の魔法文明の時代の話かもしれん」
「魔法文明?」
「ああ、今の魔法はその時代に開発された、とか現代の重要な遺跡の大半はその文明の遺産とも言われるが何かしら重大な事件があって、一夜にして文明が滅んだとも言われている」
一夜にってなんだよ、それ……。
「ま、それは伝説だけどな?それでも今じゃ失われた魔法をあいつなら知っててもおかしくはない」
そういや、このギルドマスターとアド爺さんの関係って何なんだ?この様子だと実際に会った事もあるみたいだけど。
「ああ、四十年程前かな?何かの用事で塒から出てきたあいつに助けてもらってな」
聞いてみるとあっさり答えてくれた。
当時はまだまだ未熟だった冒険者の一人であるギルドマスターのいたパーティはうっかり調子に乗って、森の奥へと踏み込んでしまったという。
そこで強力な魔獣に襲われて、危うく全滅仕掛けた所を助けてくれたのがアド爺さんだったという訳だ。
無論、未熟とは言っても実力派、若手のホープと言われるだけの実力は既にあったが、だからこそうっかり調子に乗った訳だ、とギルドマスターは笑って言った。昔の話で、全員五体満足で生きて帰ってこれたからこそ、今では笑い話の類なんだろうな。
なるほど、アド爺さんの事を語る時、ああいう目をする訳だ。
口調は魔物らしく乱暴でも、目は険しい視線がアド爺さんの話をする時は柔らかくなってた。
何せ、ギルドマスターは六腕で、頭部には複数の角が生えた見るからにおっかない鬼族だから余計に視線が和らいだのが目立った。ちなみに、ギルド職員は基本、人型の魔物がなるらしい。何せ、必要なら書類が必要だし、代筆も必要な事があるから、だそうな。
まあ、俺だってこの手じゃ筆が握れないからちょっとした工夫必要だしなあ。
「……まあ、風魔法が得意で、土魔法少々とでも書いとけ」
「それでいいのか?」
「お前、聞かれたとして仕組みとか答えて、教えられるのかよ?」
無理だな。
道具を使えるのと、構造を熟知して製作出来るのとは別なように、魔法だってただ単にその魔法が使えるのと、理論を理解して独自に魔法を開発出来るのはまるで違う。
「かといってアドウェルザやその同類レベルの連中に聞きに行くってのも無理があるからなあ……下手に使えるってばれたら色々面倒な事になりかねんし、風魔法という事で誤魔化しとけ。おい、そういう訳だからこの件は他言無用だ」
「はい」
と、最後は受付嬢に向けて言い、受付嬢もはっきりと頷いた。
ちなみに守れず、ついうっかり情報を洩らしたのがばれた場合は受付嬢クビだって……場合によっては貴族が表沙汰にはしたくないような仕事が持ち込まれる事もあって、口の軽い奴はまず受付嬢にはなれない……というか仕事で知った依頼人や冒険者の秘密をペラペラ喋るようなのが受付嬢になれる訳がないとも言う。
下手したら翌朝には冷たくなってどっかの路上に転がってるとか……。
「……あんの?」
「あるよ?」
こわっ!!
なんて話してる内に、書類は出来上がった。
「さて、そんじゃ評価試験に行くか」
「へ?」
「へ、じゃねえよ。お前さんの実力見て、スタート地点が決まんだよ」
登録が初でも、それがイコールで冒険者として必要な技量が未熟とは限らない。まあ、そりゃそうだ。
例えば元騎士だとか元宮廷魔術師なんて経歴の人物が来る事だってあるし、そんな立場でなくても幼い頃から狩人としてやってきた人物なら冒険者登録はこれからでも採取や狩猟に関しては熟練って人物もいる。或いは同じ一般人でも山で暮らしていた人物と街で暮らしていた人物では当然、採取のやり方に関する知識や街での雑用に関する知識も異なる。
「で、後はこれだ」
見せられた表には「護衛」「討伐」「狩猟/採取」「雑務」「探索」、五つに分かれてランクが決められるとあった。えっと。
「……多くない?」
「昔は全部ひっくるめて冒険者のランクを決めてたんだがなあ……それやるとSランク冒険っていうから任せたのに!なんて事例が割と頻発したんだよな」
つまり、魔獣の討伐ばかりやってSランクになり、護衛なんてろくにやってこなかった奴が「Sランク冒険者」という肩書だけで選んだ依頼主の護衛をやった結果、まともに護衛を務められなかった。Sランク冒険者なら大丈夫だろう、とお願いしたのに頼んだ薬草のとは別の毒草を持ってきたりという事が普通に起きたんだそうだ。
で、苦情が殺到した冒険者ギルドでは仕事を五つに分類して、それぞれごとにランクを設定した。当初は「引き受けられる仕事が減る」「ややこしい」と不評だったものの、依頼人からすれば「この冒険者はどの分野が得意で、どれが苦手」と一目で分かる為にトラブルが激減した。
また冒険者側もお門違いの依頼が持ち込まれる事がなくなった結果、依頼人との揉め事が劇的に減少した事から今ではすっかり定着し、特化型やバランス型のパーティが普通に組まれるようになったそうだ。
つまり、護衛専門のパーティがいる反面、それぞれの分野の専門家が組んで色んな仕事に対応しているパーティもある訳だ。
「雑務って?」
「都市内部での仕事全般や各種交渉、事前の情報収集、旅の途上では調理なんかを担当する奴も多いな。一人いるといないでは大違いだぜ?」
「探索は?」
「野外系なら目当ての魔獣の追跡や捜索、室内系なら遺跡における罠の解除や遺跡に関する知識なんかが問われる仕事だな。遺跡なんて知識がなけりゃ前にも後にも進めなくなったりするぜ?」
なるほど。
「で、そいつらの戦闘力を補う為に討伐の上位ランクなんかが参加したりする訳か」
「そういうこった」
じゃまあ、とりあえず俺は……。
次回は主人公以外の視点でお送りします