第五話 総務部最強の女
「さて、行きましょうか。黒木さん」
夜の19時を迎えて、俺は総務部のコガネさんと一緒に会社を出た。
そして東京の西、都心から離れて、山と自然ばかりの地域に移動。
その足で向かったのは、リアルダンジョン【RD3214】だ。
RD3214は山の中にその入口があるが、管理者も居ないし、内情把握も進んでいない。
発見されたのがつい先日で、現在は地主と井川鉄鋼のグループ企業が交渉中らしい。
事前調査によると、おおよそレベル20程のダンジョンだそうだ。
そしてどうして俺たちがそんなリアルダンジョンへ来たかと言うと。
「ほとんどのプライベートダンジョンと、すべてのパブリックダンジョンは出入りする際に【マイナンバー】の確認が必要ですからね。時間外にダンジョンに入るには、入り口にゲートがないリアルダンジョンに行くしかありません」
という、コガネさんの意見に従っての事だ。
ただし、リアルダンジョンに勝手に入るなんて、当然許されていない。
RD3214は権利上、地主のものだし、時間外に勝手にダンジョンに入るのは会社のルールにも違反する。
会社にバレたら大変なことになるし、コガネさんにとっても危険な橋だ。
「どうしてそこまで手伝ってくれるんです?」
気になってそう質問してみても、コガネさんはグッと親指を立てて、
「ロックのためです」と、意味不明の説明しかしてくれない。
ありがたいが……意味不明だ。
まあ、何にせよ俺は彼女の助力もあって、無事にダンジョンに忍び込んで、
今日二度目のダンジョン攻略が始まった。
ダンジョン内に居る魔物の種類は魔獣類が多く、かつ下位種に属する魔物が多かった。
コボルト、ワーキャット、そして酒狼。
もちろん、下位種とは言っても俺よりは強いし、まとめて相手をするのは不可能だけど、絶対に勝てないというほどの強さじゃない。ちょうど良い塩梅の敵達だ。
ちなみに、一緒にダンジョンに来てくれたコガネさんの得物は戦斧。
体の細さに反して、かなりの脳筋武器だ。そして体に纏っているのは金色の重装鎧。
それを軽々と振り回しては、「ロックンロール!」と、叫んでいる。
「ギェェェェエエ!」
そして魔物たちをまるで豆腐みたいに軽々斬り殺していく。
レベルが違うとばかりに、少しも苦戦する気配はない。
……本当に、総務部で働いていたのか?
普通に仕事しているような人間の強さじゃないように見えるが……
「く、俺も負けていられないな」
俺も剣を握り、手近に居たコボルトに向かい合う。
コボルトってのは、獣人型の魔物で、身長はニメートルほど。
全裸だが、全身に薄茶色の毛が生えていて、目つきは獰猛な獣そのもの。
「ガウッ!」
先に攻撃を仕掛けてきたのは向こう。
右手に持った木のこんぼうを獣らしく乱暴に、そして恐ろしく早い動きで振り下ろしてきた。
「どぇい!」
ガァン!
棍棒にダイヤの兜を自分からぶつけて、攻撃を弾いた。
俺自身は弱くても、装備はかなりの逸品。
武器と防具の性能を上手く活かせば、戦えないことはない。
そしてコボルトが武器を落とした瞬間を狙って、
コボルトの体に飛びついて、首に剣を突き刺した。
「ガウッ! ゴワァ!」
剣は喉を貫通したが、コボルトはまだ死んでいなかった。
そして棍棒がなくても、敵は獣。鋭く鋭利な爪が残っている。
剣を引き抜くと、血走った目が俺を見下ろしていた。
(まずい!)
と、思うと同時にその爪が俺の右目を貫いた。
「がぁっ!」
とっさに一歩後ろに引いて、右目に手を当てた。
死なないにしても、痛みがやばいっ。
その隙にコボルトは地面に落ちた棍棒を拾い、首から血を流しながらも俺に向かって武器を構え直した。
「大丈夫!?」
遠くからコガネさんの声が聞こえる。
「大丈夫です!」
……コガネさんの無双っぷりをみて、油断した。
相手は雑魚敵かもしれないが、俺の方が今はもっとザコだ。
そう自戒し、俺は武器を構え直した。
敵は大量に失血している。
焦る必要はない。
「ハッ、ハッ、ハッ」
ほら、よく見てみろ、息が上がっている。
落ち着くんだ。敵の攻撃を待つんだ。
俺は死んでも良い。だが、相手は死んじゃいけない。
相手の恐怖に漬け込め。魔物だって、恐怖はあるはずだ。
……大丈夫。そうだ。俺は勝てる。
「バゥッ!」
コボルトの体が飛んだ。
そして俺も、同時に剣を突き出し、コボルトの体の中央。心臓を狙って剣を突き出す。
ザクッ。
……手応えあり。
だけど、なるほど……やられたか。
俺の攻撃と同時に、敵の牙は俺の首を捉えていた。
頸動脈を噛み切られてしまった。
体から温かい血が抜けていくのを感じる。
「やるな、俺……あと、お前も……」
相打ちか……
……
……
<特殊イベント発生、【相打ち】達成により、ユニークスキル【死中に活】を獲得しました>
「へぇ、本当に死なないなんて、ロックっすね」
コガネさんの声。
同時に体に熱が戻った。
不思議なことに、生き返った瞬間ってのはたまらなく心地が良い。
休みの日に十時間たっぷり眠って、暖かい日差しで目覚めた時みたいに。
いや、それかたっぷりと温泉に入って、その後にマッサージをしてもらった気分というか……
「聞こえてるんすか?」
「あ、ああ。ええはい。大丈夫です」
俺が返事を返すと、コガネさんが急に顔をしかめた。
……なんだろう。何か悪い事言ったかな?
「黒木さん、さっきから言おうと思ってたんですけど……ダンジョンの中じゃあ、私達ロックメイトなんだから敬語は要らないっすよ」
ロックメイト……友達ってことかな?
会社ではほとんど面識がなかったら敬語だったけど、確かに今はもう、そんなこと気にする意味もないか。
彼女自身、敬語が嫌いそうだし……お言葉に甘えよう。
「……そうか。で、ロックって何だよ」
「説明なんか、出来るものじゃないっすよ。そんなダサいものじゃないっすから」
ドヤ顔だ。まったくもう……わけがわからない。
まあいいや。
「ナビ、さっき獲得したスキルについて教えてくれ」
<ユニークスキル【死中に活】。スキル所有該当者143名。
効用:肉体ダメージの大きさに比例して、全てのステータスが上昇する>
「へえ、そんなに珍しいスキルじゃないみたいっすけど、
黒木さんとは相性が良いスキルっぽいですね」
コガネの言う通り、確かに相性は良い。
普通の人間なら、死にかけで戦うのはリスクが高いだろうが、俺は違うからな。
「よし。新しいスキルも獲得したことだから、奥にいきましょっ!」
「え、ちょ……まってくれ、今は復活したばっか……」
「時間は有限っすよ。黒木さん。【急がば急げ】って言葉、知りません?」
「そんな言葉はない。【急がば回れ】だろ……」
そう言いながらも、彼女の強引さには逆らえなくて、
俺はさらにダンジョンを奥に進んだ。
☆
「5時かぁ……もう朝っすね」
「ああ。流石に……帰ろうか」
俺達はダンジョン最奥部、ボスクラスモンスターである【ゴブリンキング】を倒した。
……と言っても、俺はほとんど殺されてただけ。
実際に倒したのは、コガネだけど。
それにしても、彼女、本当に強い。
ゴブリンキングは俺一人ではまったく歯が立たないレベルで、
剣は体にかすり傷を負わせるのが精一杯だったのに、彼女はたった一撃、
【ぶん回し】とかいう手抜きな名前の、ただ斧を振り回すだけの技で屠ってしまった。
ダンジョンを出て、木陰で昨日のスーツに着替えたら、またそのまま出勤。
電車の中では、コガネはスーツ姿のクール系美女にすっかり戻っている。
俺の隣に座って、目を細め、キリリとした表情のまま固まっている。
裏表がすごいな。沈黙は金ってやつか? 黙っていれば本当に魅力的な人なのになぁ。
「コガネ『さん』は、寝ないで平気なんですか?」
ちなみに、ダンジョンの外では社会人として、彼女に敬語を使うことにしていた。
人の目もあるし。変な関係だと悟られたくないから。
「……コガネさん?」
「……すー……」
コテン、と彼女の顔が俺の膝の上に落ちた。
……眠ってるのか。
「……けど、そりゃそうか。彼女には睡眠が必要だもんな」
俺は彼女のことを起こさないように、なるべく体を動かさないで、じっと座っていた。
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黒木 康隆
基礎値
攻撃力 62 (+30) <F>
防御力 92 (+50) <F>
素早さ 45 (+18) <F>
魔力 9 (+1) <G>
武器熟練度
剣 3
ステータス評価:F
スキル
【二段切り】【致命カウンター】
ユニークスキル
【攻撃力力微増】
攻撃力に1.1倍の補正がかかる。
【不死】
あなたは死なない。
【生命の血】
あなたの血液がポーションになる。
ポーション性能は本人の魔力に依存する。
【死中に活】
肉体ダメージの大きさに比例して、全てのステータスが上昇する