第二十五話 訓練の日々
俺こと不死身の黒木の朝は早い。
正直言うと、俺は死んで復活すれば寝る必要がないから、寝てないんだけど。
しかし、みんなが寝ている時間に起きていてもしょうがないから、夜の間はずっと風呂に入っている。
ジュワワ~~~ドクドク~~
き、効くなぁ……これは。
特注の浴槽はガラス製。中に入っているのは複数の毒と、酸を混ぜ合わせたものだ。
その中に入っていると、まず体の表面が酸で溶け、傷口から毒が入り込んで苦しみながら死ねる。
なんでこんな拷問じみた事をしているかと言うと、俺は【全ては経験】というユニークスキルによってダメージを基礎ステータス経験値に変換出来る。だから、俺は自分の体を最も効率よく痛めつける方法を常に取っているというわけだ。
<マスター、ミカさんから呼び出しっすよ。「約束、忘れないでね」だそうです>
そんなこんなで朝の八時になって、ナビのディーが声を掛けてきた。
「……あ、そう言えば今日、約束があったんだった」
俺はすぐに支度をして、サクラマチの剣道場に向かった。
そこには武道服に身を包んだミカが、竹刀を持って待っていた。
「やっすー、遅かったじゃん」
そう言って、ミカは竹刀の一本を投げて渡してきた。
実は今日、彼女には俺の剣の訓練を頼んでいたんだ。
なんせ、俺は基礎ステータスは上がっていたが、武器の熟練度はひどい。
今の剣の熟練度レベルは6。素人に毛が生えたレベルだ。
武器の熟練度は1~5が初級者、6~20が中級者、21~50が上級者、それ以上が達人者と大まかに区別されている。
ちなみに、ミカが言うには「戦いを生きる糧にしているなら、最低でも主要武器の熟練度は20以上にするのが普通」らしいから……俺はずいぶんとまあ、レベルが低い。
もちろん、今の俺なら単純な素早さと力でゴリ押しが出来ないわけじゃないが、弓を主体に使っているミカですら剣の熟練度が20も有ることを考えると、流石にもう少し鍛えておきたい。という気持ちがあったし、どうせ暫くは訓練期間だ。ミカには悪いが、付き合ってもらうことにした。
それに武器熟練度のレベル上げは、単純にその武器の使用時間に比例するから、実践だろうと模擬戦だろうと成長速度は変わらない。それどころか、ダンジョン攻略のときは移動時間とか、武器を使わない時間が結構あるから、訓練の方が効率が良いくらいだ。
そんな理由で、俺は午前中いっぱい、ミカと竹刀で打ち合った。
彼女と打ち合ってみると、力だけはおそらく俺の方が上だろうと思う場面が多かった。
つばぜり合いになればこちらが有利。
無理やり押し込んで、何とか一発彼女の体に当てることも出来た。
ただ、素早さや武器の使いこなしではミカ方が上だった。
こちらの攻撃は空振りが多く、その隙をつかれて一本取られる。
タン、パシィン、タタタタン。
汗だくになりながら剣を打ち交えてるいると、時間を忘れられた。
言葉も無く、ただただ剣を振るい続けた。
そして昼休憩に入って、汗だくになっているミカとならんで飯を食っているときだった。
「実はさ、今日の午後は別の訓練をしてもらおうと思ってるんだよね」
ハンバーガーを食いながら、ミカが突然の提案をした。
そんな話、聞いてない。
「別の訓練?」
「そ、やっすーはさあ、魔法使えないでしょ?」
「……ああ、そうだよ」
「だから午後は魔法の特訓ね。少しくらい魔法が使えたほうが、戦略にも幅が出るし、
今のままじゃ、物理攻撃を無効化するタイプの敵に勝てないでしょ?」
ミカがドヤ顔で言う。
ぐぐッ……残念ながらそのとおり。
今の俺1人では、スライムにすら勝てないという現実があった。
「でも俺、『脳筋型』だしさ、魔法については伸びしろもたかがしれてるからなぁ」
しかし、おれは魔法の練習にはあまり乗り気になれなかった。
脳筋型っていうのは、基礎ステータスの成長パターンの一つだ。
脳筋型は魔力の伸びが悪く、他のステータスの伸びが良いタイプ。だから俺は魔法については覚えようと努力したことすらなかった。
「一つも魔法が使えんとは! なんと嘆かわしい!所詮人間は愚かな種族よな」
その時、突然大声を上げて剣道場に入ってきたのは、背が高くて、人を見下したような目をしているエルフ。ヒュムノールだった。
「ヒュムノール? リッツの手伝いで仕事が忙しいんじゃないのか?」
「当たり前だ。本当なら、お前などの相手をしている暇はない。
だが……どこかの卑怯者がリッツ様に直接話を通したらしくてな。
あの御方の頼みなら、断るわけにもいかん」
そう言いながら、ヒュムノールはミカを睨みつけた。
「ミカよ。おぬし、リッツ様にどうやって近づいた?」
「向こうから声を掛けてきたんだよ。私はなぁ~んにもしてない」
ミカがいたずらっぽく笑うと、
「まあでも、あの子は人間好きだからねぇ? もしかしたら、彼、私の事……好きなのかも?」
挑発的な目でヒュムノールを見つめた。
「なっ……く、そんな事あるわけがなぁぁ~い! リッツ様は私のものだ!」
「別に取ったりしないよ。だからやっすーに魔法の事を教えてあげて?」
と、ミカ。
「……良いだろう! 今日はお前の願いを聞き入れる。だからリッツ様には近寄るなよ?」
「りょうかい、じゃあ、あとは二人でね」
楽しそうに笑いながらミカは剣道場から立ち去って、残ったのはミカに挑発されてすっかり怒り心頭という様子のヒュムノールだけ。
気まずい空気だ。こんなに怒っている人に魔法を教わりたくないよぅ……
「私には時間がない。とりあえず、お前のステータスを教えろ」
と、ヒュムノールは鋭い目でおれを睨みつけてきた。
まじで早く帰りたそうだ。
「ええ……恥ずかしいなぁ」
「早くしろ」
そう言われて仕方なく、おれはディーに頼んで、先日測定し直したステータス表を出力してもらった。
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黒木 康隆
基礎値 ※括弧内は前回の測定値からの変化量。
攻撃力 15900 (+800) <S>
防御力 15331 (+831) <S>
素早さ 15550 (+505) <S>
魔力 9620 (+401) <A>
武器熟練度
剣 6(+1)
ステータス評価:A+
スキル
【二段切り】【致命カウンター】【投擲】……その他16種
ユニークスキル
【攻撃力力微増】
攻撃力に1.1倍の補正がかかる。
【不死】
あなたは死なない。
死んだ場合は、肉体のダメージを全て取り払った上で、肉体年齢15歳相当の状態で復活する。
【生命の血】
あなたの血液がポーションになる。
ポーション性能は本人の魔力に依存する。
現在のポーション性能は【最上級汎用回復薬】相当。
【死中に活】
肉体ダメージの大きさに比例して、全てのステータスが一時的に上昇する
【全ては経験】
肉体にダメージを受けるたびに、全ての基礎ステータス値に経験値が入る。
【XXXX】
詳細不明。精神に影響を与えている可能性が高い。
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「なるほど、脳筋タイプだな。魔法には向いとらん」
ヒュムノールはあっさり切り捨てるようなことを言った。
「うんまあ……俺が魔法向いてないのは知ってるからさ、別に魔法なんて使えなくても良いよ」
「バッカモ~ン! これだから脳筋はいかんのだ!
確かに、お前の才能では、私のように魔法を主体に戦う事は難しいだろう。
基本的に武器で攻撃した方が威力も高いし、効率が良い。だがな、魔法とは便利な道具。
たとえ武器で戦うにせよ、魔法の技術が有ると無いとでは天と地の差がある」
「……そうかなぁ?」
「そうだ、お前と共に戦った事のある仲間の事を考えてもみよ。魔法も使うだろう?」
「確かに……ミカはよく炎の魔法を使ってるな。あと、時々風の魔法も使ってる」
「そうだ。炎は能力付与が得意な属性。物理攻撃では刃が立たない相手をする際に、属性を付与することで有利に戦えるようになる。そして風属性は弓矢のコントロールに便利というわけだ」
「……なるほど? じゃあ、俺も炎属性の魔法を覚えた方が良いのか?」
「お前は魔法について何も知らんのか? 使える属性は才能によって決まっておる。
私は六属性全て使えるが……脳筋型ならせいぜい1属性が限界だろう。
だからまずは適正を調べる事から始めるのだ」
あ……そういえばそうだな。
確か、使用できる魔法の属性は、普通の人間なら2属性。魔法の才能がある人間なら3属性。
それぞれ得意な属性の魔法を駆使するのが基本だ。
……俺も、ずいぶん昔に一度調べた事があったな。
性格診断と、血液中のマナタイプからおおよその魔法適正が判断できる。
俺はマナタイプDD。つまり名前通り闇属性に向いている。
「検査は要らない、俺の適正属性は闇だってことは知ってるからさ」
「なるほど闇か。陰気そうなお主にはピッタリの属性じゃな」
ヒュムノールは愉快そうに笑った。
……まあ、確かに腹は立つが、俺の性質には闇がぴったりだろう。
「闇属性の主要な性質は、毒、呪い、そして重力。
お主に向いているのはおそらく……呪いだろう」
「なんでだ?」
「呪いとは敵から受けたダメージを燃料に発動する魔法。
ダメージを受け放題のお主なら、呪いが最も有効に使えるはずだ」
「なるほど。確かにそりゃ間違いないな」
「とりあえず、一番簡単な魔法から教えよう。
となると……【痛み返し】からだな」
『お前が与えたものだ、お前も味わえ。【痛み返し】』
ヒュムノールが詠唱すると、彼女の体が一瞬だけ紫色のオーラのようなものに包まれた。
「さあ、私に攻撃しろ」
「良いのか?」
ヒュムノールは絹のローブを着ているだけ。物理攻撃に対しては耐性のなさそうな装備だ。
今の俺のステータスなら、竹刀とはいえ、岩を叩き壊すくらいのことは出来るから、ちょっと躊躇してしまう。
「竹刀程度なら、私の『常発結界』を破る事もない。思いっきりやれ」
そう言われて、ちょっと俺はヒュムノールの右肩めがけて竹刀を打ち下ろした。
同時に、俺の肩にもダメージが跳ね返ってきた。ただ、痛みはさほどでもない。
軽くこづかれたくらいのダメージでしかない。
「なんだ、あんまり大した事ないな」
「そうだ。この呪い魔法の弱点は、あくまで受けたダメージに準拠して、敵にダメージを反射すること。私のように結界で防御してしまえば、跳ね返るダメージも小さくなる。だから単純にタフで、ダメージを受け止めれる脳筋タイプの方がこの魔法を使うのに適しているんだ」
「なるほど……で、どうやって魔法を覚えれば?」
「はあ? 今お前は魔法を受けたんだ、それで十分使い方はわかっただろう?」
「いや、そんな事できるワケ無いだろ。
そんな簡単に魔法を習得できるなら、みんなとっくに魔法使いになってるよ」
どうやら、ヒュムノールの中では、魔法の習得というのは見ただけで習得出来るものらしい。
彼女は魔法の超上級者。それが当然かもしれないが……一般人には到底不可能なレベルだ。
本来、魔法とは訓練と努力の結晶体。一発その魔法を見たり、食らったりしただけじゃ無理だ。
「チッ、これだから人間は……仕方ない、ちょっとしたコツを教えてやる。服を脱げ」
「ちょっと、何をする気だ?」
「良いから早くしろ。時間が無いんだ」
そう言われ、俺は仕方なく武道服を脱いだ。
すると、ヒュムノールは白くて長い手を俺の胸の中心にピタリとくっつけてきた。
「いいから、一回だけお前の体の魔力を借り受けて、お前の体で魔法を発動させる。その感覚を覚えろ」
そう言うと、彼女の体から何かが流れ込んできたのを感じた。
今までにない感覚。まるで体の中で風が吹いているような感覚。
そして先ほどヒュムノールの体を包んだ紫色のオーラが、俺の体からも吹き出した。
「で、出た。人生初魔法!」
間違いなく俺の魔法、とは言いづらいけど、魔法だ。
普通は艱難辛苦の果てに魔法というのは習得できるものだけど、まあ、緊急事態だ。こういうやり方も許されるだろう。
「よかったな。じゃあ、私はもう帰る。リッツ様と二人きりで仕事の予定なのでな」
そしてヒュムノールはそれを確認して、全然嬉しがることもなく部屋を出ていってしまった。
く、虚しい……
仕方なしに、おれは1人寂しく、習ったばかりの魔法の反復練習を続けた。
流石に初歩的な呪文だし、脳筋タイプとは言ってもそこそこ魔力が高くなっているせいか、一時間もすると詠唱なしに魔法を使えるようになった。
「誰か居ないか!」
と、その時、1人の少女が道場に飛び込んできた。
……人間じゃないな。
モフモフと毛の生えた二つの耳を見るに……ワーキャットに少し似てるが、それよりもっと人間に近い。
耳以外の部分はおよそ人間の子供とほとんど変わりない。
服装は巫女服って言うんだろうか? 上半身は白衣、下半身は赤いスカートを履いている。
「君は?」
「私は【古きもの】のグリーダだ! もしもおぬしたちが正気なら、我々を手伝え!」




