第二話 意外な副作用
「お、オハヨーゴザイマス……」
翌日、早くも俺はダンジョン攻略部の第十室に出勤した。
ダンジョン攻略部は、第一室から第十室までの十個に分かれていて、その数が少ないほど、よりレベルが高いとされている。
当然の事だが、俺は一番下っぱに配属されたというわけだ。
「おはよう。君が黒木だな」
挨拶が返ってくるなんて、何年ぶりだろう?
ちょっぴり感動。
で、その挨拶をしてくれた人は、十室の室長、リリィ・イシグロさんだ。
彼女は真っ白い髪の毛の、長身美女。
俺より確実に年下だけど、キビキビしていて頼りがいのありそうな人だ。
「はい、リリィ室長。お願いします」
「君はダンジョンに一度も入ったことがないらしいな?」
「は、はい」
恥ずかしいが、そのとおり。
俺はダンジョン童貞だった。
モンスターと戦うなんて怖すぎるし、ダンジョンに挑もうなんて考えたこともない。
普通の人間なら、学生時代に一度くらい、ごく簡単なダンジョンに挑戦して人生の糧にするが、俺には一緒に冒険してくれるような友人も出来たことが無かったから、必然的に、そんなイベントも存在しなかった。
「他ならぬ大河原統括部長の頼みだから、一応今年一年は君を部署に残す。だがな、はっきり言って君には期待していない」
え……
「ダンジョン攻略はそう甘い物じゃない。ましてや、君は四十歳だろう?
いまから私達に追いつけるなんて、甘い考えは捨てることだな」
……いきなり、辛辣すぎる本音だ。
心が折れそうだよ。
そんな事言うの、ひどくない?
そう思いながら、俺の口からは反論の言葉の一つも出てこなかった。
そりゃそうさ。
わかってたよ。
俺は落ちこぼれ。それに反論の余地はない。
ちょっと風変わりなユニークスキルを手に入れたからと言って、ステータスがカスなのには変わらない。
「……ともかく、君を教育している余裕はない。
一応、OJTのためのパートナーをつけてやるから、彼女の言葉に従って行動しろ。良いな?」
「はい」
そして、リリィさんに言われて、俺は直属の上司に引き合わされた。
「はぁ! このおっさんが私のパートナー!?」
……またしても、失礼な言葉。
朝から凹むことばかりだ。
新しく俺の上司になったのは、七目ミカ。
たぶん年は二十歳にもなっていないだろう。
髪は明るい茶色のツインテールで、あからさまに不服そうな鋭い目を俺に向けている。
「七目、彼はダンジョンについては何も知らないから、手とり足取り教えてやってくれ。では、私は室長会議に出るから、あとは任せた」
そう言って、リリィさんは長い脚で優雅に部屋を出ていってしまった。
「……」
ミカは何も言わず俺をジトっと睨みつけている。
……そんな怖い顔をするなよ。
いくら嫌だからって、そんな露骨な態度、よくないぞ。
「あの、よろしく」
そう思いながら、俺は丁寧に頭を下げていた。
多分、二十才ほど年下の女の子に。我ながら情けない……
「おっさん、私何も教えないからね」
「……でも、あの。OJT……」
「そんなの関係ないから。ともかく、あ~……今から早速ダンジョンに行くけど、装備は持ってる?」
「装備? スマホとか?」
「んなわけ無いでしょ。剣とか、鎧とか、そういうやつ」
「えっと、一応剣は使えるけど、自分の武器は持ってない」
「……もしかして、はぁ……ホントに最初っから教えないといけないのかぁ……」
ミカは顔に手を当てて、ため息をついた。
☆
なんだかんだ言って、ミカは面倒見の良い子らしい。
面倒くさがりながらも、ダンジョンに行く前に、まず絶対に持っていかなければいけない【三種の神器】と呼ばれる3つの必需品を俺に教えてくれた。
三種の神器一つ目は【異次元リュック】通称、リュック。
その名前の通り、空間魔法技術によって、異次元収納を可能にしたリュックサックらしい。
せっかくダンジョンに向かっても、ドロップ品を持ち帰れないんじゃ意味がない。
このリュックは、それぞれが25メートルプール一つ分くらいの異次元空間とつながっているらしくて、かなりの量を収納可能だそうだ。
二つ目はモンスターと戦うための武器防具。
普通は自前の装備を使うらしいが、一応会社に支給品の装備があるので、
総務部で申請すれば、備品として借りることが出来る。
早速俺は、ダイヤシリーズと呼ばれる装備一式をまとめて借りて装備した。
……キラキラしていて、なんかアホっぽい。
けど、装備品としての性能はかなり高いそうだから、まあ良いだろう。
3つ目は、【ダンジョンナビ】。
自立思考型の魔導生命体で、見た目は妖精のような感じ。ナビって呼ばれている。
正式名称はDKA-5000型。最新型のモデルで、買うと一体一億もするとか。
最初の一台は支給されるのでタダ。壊れたら自腹で二代目を買うらしい……
「ま、壊れるなんてこと、めったにないから」と、ミカは笑っていた。
ナビはしゃべる高性能コンピューターみたいなものらしく、
データベースに登録済みのダンジョンの情報やらモンスターの事を教えてくれる。
あと、異次元リュックの中身管理もしてくれている。
かなり万能で、便利なやつらしい。さすがに一億するだけのことはある。
とまあ、そんな感じで【三種の神器】を会社から支給してもらって、
俺とミカは会社を後にして、目的地に向かった。
☆
ミカと一緒に向かったのは、ビルの立ち並ぶ都心にあるダンジョン。
【スライムの巣 Prd5401-13】だった。
ちなみに、Prd5401 ってのは識別ナンバー。そして後ろの13が難易度を示しているそうだ。
13ってのは、まあ……戦闘訓練を積んだ学生なら、普通に単独攻略出来るレベルだ。
ただ、俺は戦闘経験は限りなくゼロで、今持っている剣の熟練度も、修学旅行で買った木刀を電灯の紐相手に振り回している間に獲得したやつだ。
つまり、ろくなもんじゃない。
……不安だ。大丈夫かな?
そう思っているのを見透かされたのか、
「……あのさ、一応言っておくけど、別に見学してるだけでいいから。
結構難易度の低い場所を選んだつもりだけど、ステータスオールGじゃ、多分何も出来ないし」
ダンジョンに入る直前、ミカは不安そうな目で俺を見てきた。
「え、サボってていいの?」
「……だって、死なれたら困るから」
う~ん。ミカのお言葉に甘えるというのもありかも。
実際、ダイヤソードとかいう超強そうな武器を持っているけど、強くなった感じはない。
武器はあくまで武器。最高のランニングシューズを履いても、マラソンランナーにはなれないだろう。
……けど。
「でも、俺もダンジョンに行くよ。大河原部長の期待を裏切りたくないし」
「へ、大河原部長?」
ミカはその名前に驚いたのか、目を丸くした。
「大河原部長と話したの?」
「うん。聞いてなかったのか? おれ、大河原部長に誘われてこの部署に来たんだよ」
「……」
ミカは、信じられない。という目つきで俺の体をジロジロ眺めはじめた。
そして、
「ま……結構才能あるのかもね」と、呟いた。
納得してくれたみたいだ。
兎にも角にも、そんな話をしながら俺たちはダンジョンの入口である改札を抜ける。
このダンジョンの入り口は地下鉄風で、町中に突然それがある。
ダンジョンへの侵入は、【個人識別カード】によって管理されていて、
権限を持たない者は中に入ることが出来ない。
そして、ダンジョンにも大きく分けて3種類があって、
公的に管理されているものが【パブリックダンジョン】
個人や企業によって管理されているものが【プライベートダンジョン】
まったくの未知、あるいは所有者のないダンジョンが【リアルダンジョン】
公的ダンジョンとプライベートダンジョンについては、すでに中身が解明されていて、どんな種類の魔物が生息しているのか、構造がどうなっているのかもほとんどの場合わかっている。
そして今オレが第一層に足を踏み入れてた【スライムの巣】は、井川鉄鋼所有の【プライベートダンジョン】だ。
<スライムの巣、第一層へ侵入しました>
次元門を潜ってダンジョンに入ると、早速ナビが現在地を知らせるように呟いた。
ダンジョンの構造は、典型的な洞窟タイプ。
人工的な雰囲気は無くて、原始的な作りだ。
「さて、と。このダンジョンには何が居るの?」
ミカが早速、自分のナビに聞いた。
<スライム類の中でも下級種の魔物が多数生息しています。通常モンスターではポイズンスライム、ボスクラスモンスターではクラウンスライムが最も危険度が高い存在です>
ナビは機械らしく、淀み無く答える。
「へぇ、クラウンスライムかぁ……雑魚ね。そんじゃ、さ。やっぱり予定変更!」
ミカは人差し指を立てて、ダンジョンの奥を指さした。
「私は戦わないから、やっすーが一人で戦って」
「へ?……でも、さっきは……」
「大河原部長の推薦でここに来たんでしょ? それなら話は別。やれるとこを見せてよ」
「……そんなこと言ったって、モンスターと戦ったことないし」
「弱音はそこまで、ほら、あそこに【ポイズンスライム】が居るよ? やっすー」
と、ミカが指さした方向には、緑色のどろどろとしたものが居た。
……というよりも、落ちていたと言った方が近いかも。
「あれがモンスター?」
うわー、弱そう。
これは流石に俺でも楽勝だろう。
ときどきウネウネと動くけど、ナメクジ並に動きはのろい。
こちとら全身ダイヤ装備を身にまとっている。流石にこれは……もらった。
「でやぁ!」
ダイヤソードで斬りかかる。
ぐちゃぁ! と、スライムの体がバラバラになった。
やりぃ! 所詮はスライム。ダイヤ装備の敵じゃないか。
「フッ、またつまらないものを切ってしまった」
剣を背中に載せ、かっこよく勝利のポーズを取る。
スライム、取るに足らずだ。
「バカ! やっすー! スライム相手なんだから、ただの物理攻撃じゃ……」
「へ?」
ねばねばぁ! と、そんな感じの音が首の後ろから聞こえて……同時に、視界が緑色に染まった。
スライム、死んでなかった。そしてどうやら俺の顔に巻き付いてきたみたいだ。
い、息苦しい。
やべぇ。こんなダサい死に方嫌だぁ……
「モガモガぁ!(助けてくれ!)」
「もう……火焔流!」
ボウッ!
と、ミカが放った炎の矢が俺の頬をかすめた。
同時に、俺の顔にひっついているスライムが燃え、
「アチアチぃ! ゲホゲホ……」
俺の顔も燃えた。
「あ……ごめん、やりすぎた」
「かひゅー、こひゅー(いきが、いきができない)!」
<マスターの体力危険水域に突入、状態異常、毒、火傷。回復を急いで下さい>
「ちょ、ちょっとまって、大丈夫? すぐ回復するから。えっと、毒に効くポーションは……」
やばい……
意識が……
体がうごかな……
<スキル『不死』発動。肉体の再活性によって、マスターの状態異常、体力低減が取り除かれました>
ん? 痛みが消えた?
「なるほど、不死ってこういうことか」
立ち上がってみると、体に力が戻っていることに気づいた。
そして目の前には、ビックリギョウテンの顔をしたミカが立っている。
「そんなに驚くなよ。これが俺のスキルなんだ」
「……あの、誰……ですか?」
ミカが俺を見ながら、急にかしこまった態度で言う。
「いや、何言ってんの? 俺だよ。黒木康隆だって」
「え、やっすーなの?」
「ふざけてるのか?」と、そう言った時、俺は自分の声の違和感に気づいた。
自分の声が高くなってる。
それに、何だか体が軽いぞ。
「気づいてないの? やっすー、これ見て」
ミカはそう言ってリュックから手鏡を取り出して、俺に手渡してきた。
一体何が? と、思って鏡を覗き込んでみると、
そこにはまだヒゲも生えていない、幼さの残る少年が居た。
「……え? これ俺?」
もしかして俺……若返っている?
明日以降も、夜八時から九時を目処に、毎日更新予定!
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