第十八話 一方、西では
西日本はオオサカ城。その庭園にて。
人類解放軍本隊は、戦いを繰り広げていた。
「これでとどめです!」
人類解放軍の指揮者コガネは、愛用の武器、【岩の斧】という銘の戦斧を投げ飛ばし、4つ腕と呼ばれる強大なるデーモン……その腹心の一人、【赤ら顔のメリン】の首を切り落し、ようやく倒した。
その様子を見ていた魔物たちは、途端に敗戦を悟り、その場から撤退していった。
「つ、つかれたぁ……被害者は?」
コガネは地面に倒れ込んで、副隊長のミカに聞く。
「えっと……ざっと五十人ほどです。それで、今からどうします?」
ミカは弓を背中に戻し、深い溜め息をついた。
今回の戦いに引き連れてきた人員の数は百人。だが、大半がすでに立つことも出来なかった。
死人がどれほど出ているのかはわからないが……さらなる追撃を仕掛ける余力はない。
「しかたない。一度撤退しましょうか。逃げるなんてロックじゃないですけど。仲間がこれじゃあ……」
コガネは周囲に視線を向け、死屍累々の景色にため息をついた。
オオサカ城の奇襲作戦は失敗した。
人類解放軍の行動は内通者に探られていたのか、奇襲を気取られていて、待ち構えていた配下の魔物たちがコガネ率いる人類解放軍本隊を包囲、襲ったのだった。
オオサカ城内にある西の角庭園を舞台にした戦いは長く続き、一昼夜の後に人類解放軍が辛勝を収めた。
だが、疲労は果てしなく、被害も大きかった。その上、真に倒すべき敵、グリスはその場に居なかった。
とても戦える状況ではなく、コガネは間もなくオオサカからの撤退を決意した。
☆
再び場所は人類解放軍のアジト、コガネ代表の執務室に。
「やっぱり首都はそう簡単に奪還出来ないですよね」
ミカが深くため息をついた。
「作戦が気取られたみたいだし、内通者が居るのかなぁ……やっぱり」
「……そうですね。ちょっと楽観視しすぎていたかもしれません。
今回の失敗で警戒のレベルが上がったでしょうし、暫くは西日本に近づくことも出来ないでしょう」
コガネは肩をすくめた。
『首都オオサカ』の拠点としての価値は、トウキョウ府のそれととは比べ物にはならない。
オオサカは全ての点においてトウキョウを上回っていた。
コナモノと呼ばれる伝統料理、人情味、お笑い文化、観光資源……そして首相官邸として今も使われているオオサカ城。
そしてニホンの人口の10分の1が集まっている超巨大都市は、魔物によって支配された今もなお、変わらず巨大だった。
だからこそコガネ自らが隊長として指揮し、人類解放軍のほとんど全ての戦力を西日本奪還のために引き連れていった。
だが、結末は……失敗。
「ハァ……私、やっぱりリーダーの才能無いんですかね?」
コガネは深い溜め息をついた。
「で、でも命が有るだけ良かったですよね。けが人は多かったですけど、死人は少なかったですし」
普段はコガネに対してさほど甘やかすような事のないミカも、ひどく落ち込んでいる様子のコガネに、道場の言葉を掛けた。
そんな時だった。
<コガネ、俺だ。黒木だ。報告が遅くなって悪かった。色々あっててんやわんやだったからさ……ともかく、急いでテレビをつけてくれ>
コガネのナビが突然喋り始めた。黒木からの連絡のようだった。
「テレビ? 分かりました」
コガネは不思議に思いながらも、彼の様子に気圧され、すぐにその言葉に従った。
テレビの電源をつけると、国営放送が画面に写った。
「え……リッツ君? なんで?」
画面に写っていたのは、トウキョウ国技館。
その中央に立っているのは、東日本に送り出した部下の1人。淫魔のリッツ・リンバーラだった。
ただし、彼はなぜか赤いマントに金の王冠を被っている。
そしてそのすぐ後ろにはエルフのヒュムノールが執事のように直立不動の体勢で立っている。
「わ、私の名前はリッツ・リンバーラ。
この度新しく東日本統括司令に就任する事になった。
よ、よ、よ、よ……」
(リッツ様、おちついて。観客とテレビカメラをジャガイモだと考えるんだ)
「ヒュムノールさん……うん。……わかった……
えっと、その……そういうことですから、よろしくおねがいします」
ペコリ、と彼が頭を下げると同時に、超満員の観客席の様子が映し出された。
「リッツさま~!!」
「いぇーい! リッツ様ばんざ~い!」
黄色い歓声をあげているのは、主に女の魔人達。
どうやら、新しい統括司令は抵抗なく民衆に受け入れられている様子だった。
「……」
「……」
コガネとミカの二人は顔を見合わせて、目をパチクリさせた。
一瞬、意味が理解出来なかったが、少ししてようやくその意味を把握した。
「東は、見事に奪還作戦が成功したみたいですね。
リッツ君がリーダーになってるのは……まあ想定外ですけど」
コガネは先ほどまで自分が落ち込んでいたことを忘れたかのように笑って、
「黒木さん、急いでアジトに帰還してもらえますか?」
と、ナビに向かって言った。
<了解。リッツとヒュムノールは仕事が忙しいから、オレ一人で急いで帰還するよ>
☆
場面は変わって、オオサカ城の天守閣にて。
多くの魔物たちがスクリーン画面に映し出されている新しい東日本統括司令の就任式の様子を見ていた。
「……東は取られたか、まあいい。トウキョウなぞ所詮は永遠の二番手。
大して広くもないし、スカ○タワーとか高いだけでダサいし、もんじゃ焼きはお好み焼の下位互換。
水道水はマズイし、人情味もない。オオサカこそが日の本の国の要だからな」
西日本統括司令である4つ腕デーモンのグリスは、タコヤキを食べながら呟いた。
彼の外見は、仏教で言うところの阿修羅に近かった。
外見は人間に近いが、身長は三メートルほどもあり、二つ名の通り、腕が四本もある。
そして二本の腕でタコヤキを食べながら、もう二本の腕で頭と背中を掻いていた。
「しかしこのリッツとかいうやつ、タイミングから考えるに、おそらく俺たちを襲った連中と裏でつながっている可能性が高いな。そうなると……近い内にまた戦いが起きるだろう。内通者からの情報はどうだ?」
グリスが言うと、グリスの腹心の1人であるデーモン【黄ばみ顔のナナル】が立ち上がった。
「生き残った人類解放軍に殺されることを恐れて、逃げ出したようです。連絡が取れません」
「クソ、使えないな」
グリスは呟いて、そして立ち上がった。
前回の戦いで、敗戦した挙げ句腹心の1人を失っていた彼は苛立っていた。
そして次の戦いでは、おそらくこちらが不意打ちを受ける側に立つだろう。
そう思うと、彼は不安だった。
彼は自分が弱いとは思っていないが、増援には期待できない。
魔物は横のつながりが弱く、自己本位。上下関係は存在するが、仲間意識は薄い。
他国や東日本、魔神界からの増援は無いものと考えると、さすがに少しばかり不安があった。
「三日以内にデーモンの心臓を用意しろ。念のために……百個ほどな」
だから、グリスは自身のユニークスキル【心臓喰らい】の能力を最大限に活かすため、部下に命じた。
「ひゃ、百個ですか……? しかし、それは……難しいかと……」
ナナルは震えながら首を横に振った。
デーモンの心臓を用意するということは、言うまでもなくデーモンを殺すということ。
献身的な魔物というの居ないこともないが、命を捧げるほど献身的な存在はまず居ない。
つまり、百匹のデーモンとまともにぶつかりあって、狩らなければならない。
いくら精鋭たちでも、【最上位種】のデーモンは強敵に変わりない上に、百人ものデーモンを狩るとなると非常に困難だった。
「出来ないと?」
「わ、私達だけではとても……グリス様ご自身でというのは……? もちろん、我々も全力でお手伝いします。それなら何とか三日以内に百個という目的も達成できるかと……」
ナナルは声を震わせながら、グリスに進言した。
グリスは【准魔王位】という特別な階級の怪物。機嫌を損なえば、自分が殺される。
だが、出来ない事を出来ると言うわけにもいかない。
そんな事をしたら拷問された末に殺される。だから、彼は正直に進言した。
「わかった。お前が無理なら自分でやろう」
グリスは頷いた。
そして、次の瞬間、グリスは大きな一歩でナナルのそばに近寄ると、その胸の中心に手を突き出した。
巨大な腕が、彼の体を貫いた。
ズボンッ
引き抜かれたグリスの手には、脈動を続ける赤い心臓が握られていた。
「グ、グリス様……」
ナナルはまだ生きていた。
しかし、自らの心臓が上司のグリスに食われるのを見届けると、失意にその場に倒れこんだ。
「……なら、これでまずは一つだな。協力ありがとう」




