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第十七話 上司との再会

「と、ともかくリッツ。君に任せた」


 そう言って、俺は視線を落として、一歩後ろに下がった。

 人間である俺が相手をすると、事態がややこしくなりそうだしな。


「お前たちは何者だ、どうしてこんなところに居る」


「あ、あの、僕たち実は山田哲人東日本統括司令に用事があるんです」

 リッツが一歩前に出ると、二人のデーモンに交互に視線を向けた。


「だ、だから、何者だと聞いている。あと、仕事が終わったらどこかでお茶でもどうだ?」

「そうだ。答えろ。かわいいな、こいつ」


 二人のデーモンは、何か調子がおかしくなってきた。

 どうやら魔の魅了が効いているようだ。


「どうしても、山田様に会わせてもらいたいんです」


 リッツは両手を会わせて、祈るようなポースをとって、二人を見上げていた。

 

「そうは言われても……」

「我々も仕事だから……」

「なあ?」

「うん……申し訳ないが……」


 その後も、暫くリッツが粘ってくれたんだが、どうしても二人は首を縦に振ってくれない。


 う~ん、惜しいんだけど、だめだ。


 二人共、いくら魅了されても仕事を放棄するつもりは無いみたいだな。


 とすると、もう一つ別方面のアプローチが必要か……


 アプローチ……何かあったかな?

 

 ……そうだ、一つある。確信はないけど、これなら……


「あの、実はですね。山田東日本統括司令にはある噂が有るんですよ」


 意を決して、俺は二人のデーモンに声を掛けた。


「……噂? どういう事だ」

「お前は人間か? どうしてこんな場所に居る」

 俺が人間だと気づくと、二人はすぐに目つきを鋭くさせた。


「俺はそこの淫魔のリッツさんの手下なんです」

 本当はまったく反対だけど、その一言ですぐに二人は納得してくれた。



「ふーん……で、噂とは何だ」

「くだらない話なら、お前を殺すからな」

 二人は三叉のフォークみたいな槍を構えて、俺の方に向けてきた。


「山田司令は、本当は半魔ではなくて、純粋な人間なんです」


「はあ?」

「そんな事、有るわけないだろ」

 二人のデーモンは笑いだした。

 全然信じてくれてないな。


「以前、あの人は俺の上司だったんですけど、自分が半魔だとは一度も言っていませんでしたし、何より、とても弱かったんです。俺よりも全然ね」


「……おい、いい加減にしろよ」

「山田様がお前程度よりも下なはずあるか」

 上司について悪口を言われて、二人のデーモンは苛立ってきていた。

 まだ俺の話を信じてもらえては居ないみたいだが……一歩前進だ。


「なら、一度面会させてもらえませんか? 1対1で戦わせて貰えれば、あの人の化けの皮をはがせますよ」


 俺が言うと、二人は顔を見合わせた。

 そして暫く小声で何か話し合った末に、嗜虐的な笑みを浮かべてこちらに向き直った。


「「良いだろう、山田様にお前がブチ殺されるのを見るのも、楽しそうだしな」」

 声がダブって聞こえた。

 そして二人は、今の話を報告するためにか、建物の中に引き返していった。


「大丈夫なのか? お前ひとりで……」

 ヒュムノールが呟いた。


「ああ、多分。それとリッツ……ちょっと良いかな? お願いが有るんだけど……」


「はい、僕に出来ることなら何でも!」


 そして、俺は一つの作戦をリッツに告げた。

 全てを聞いた後、かれは「う~ん……出来るかわからないですけど、やってみます」と、渋々了承してくれた。


 ☆


「山田様、失礼します」

 執務室の扉が開かれ、二人のデーモンが部屋の中に入ってきた。

 部屋の中では一匹の淫魔がメイド服を着て、テーブルの上のカップに紅茶を注いでいるところだった。


「何用だ」

 豪勢な軍服に身を包んだ山田は、不機嫌そうにつぶやく。

 幸せな午後の休息時間を邪魔された事が、癇に障ったようだった。


「じつは、山田様の元部下を名乗る男がやってきていまして……山田様と戦いたいと言ってるんです」


「追い返せ、私は忙しい」

 山田は無感情に言って、その男の名前も聞かずに、紅茶を口に運んだ。


「しかし、その男は山田様のことを『彼は純粋な人間だ』と侮辱しているんですよ」


 デーモンの一言に、山田は「ゴホッ、ゴホッ」と、むせて紅茶を吐き出した。


「あ、相手にする必要はない。追い返せ」


「しかし、その人間はそれを証明するために、1体1で戦うと言っています。

 山田様、どうか不届き者に天誅を下してください」


「やりたければ、お前たちがやれ。そんな奴らをいちいち相手していられない」

 山田は首を横に振って、断った。


「しかし山田様、実力を見せていただかないと、私達はともかく、他の魔物たちに悪い噂が広がってしまうかと……」

「そうです。人間程度、一捻りにしてください」


 二人の目には、わずかに疑いの色があった。

 山田は仕方なく「わかった」と言って立ち上がった。


(敵が誰だろうと、大したことはないだろ。

 俺の元部下って言うと……書類整備部の誰かだ。

 その中で大したことが有るやつと言えば黒木くらいだが……アイツは今魔神界にとらわれているはず)


 そう思って、彼は何度も自分自身にそう言い聞かせながら、『元部下』が待っているという、官邸の中庭に向かった。

 そして、その元部下が視界に入った途端。視線がぶつかった。


「「……まさか、本当に?」」


 二人の声が重なった。

 それは山田にとっても、彼の前に立つ男にとっても、互いに驚きの再会だった。

 かたや、【最悪の裏切り】の唯一の生き残りであり、魔神界にとらわれているはずの男。

 かたや、井川鉄鋼ダンジョン攻略部のレベルの高さについてこられず、書類整備部に左遷された男。

 

「どうやって、その椅子に座ったんですか? 山田部長」

 黒木が言った。


「……ひ、人違いじゃないか? わ、私は君なんて見たことがないなぁ?」

 山田は視線を逸して、ごまかそうとした。が……


「いや、間違いありませんよ。

 あなたのその顔を、何回見たと思ってるんですか?」


 無駄だった。誤魔化しきれない、と、山田はすぐに悟った。

 

(まて、落ち着け。

 アイツが生き残っているのは、確か不死とかいうフザけたユニークスキルの影響。

 ステータスは確かオールFのクソ雑魚のはずだ。あれから多少成長したにせよ、精々オールEかDってところだろう。大丈夫、殺せなくても、負けるわけがないんだ)


「よし、そこまで言うなら戦おうじゃないか。

 一芸だけでここまで生き延びてきたみたいだがな、この私……山田哲人東日本統括司令に勝てるなどと思ってるなら、思い上がりもはだはだしいぞ」


 そう言って、山田は背広をその場で投げ捨てると、ネクタイを緩めた。


 ワイシャツは戦いに向いてないが、彼はそれでも問題はないと判断した。


 相手も武装していない。なら、どうして自分が負ける理由がある?

 

 それだけの自信が彼にはあった。


「……素手で良いんですか?」

 黒木が言う。


御託(ごたく)は良いから掛かってこい、最初の一発はお前に譲ってやる」

 山田は声高(こわだか)にそういった。


 目的は、戦いの様子を見ている部下たちに、自分の実力を疑わせない事もその理由だったが、

 何より、彼はこの短い時間の間に、すっかり自分の心の声のおかげで思い上がっていたのだった。


(そうだ、負けるわけない。コイツはただ、大河原部長に目をつけられただけだ。

 実力では絶対に俺の方が上! 実力でダンジョン攻略部に入ったんだからな)


「本当に良いんですか?」

 黒木は遠慮がちに呟いた。


「早くしろ、時間をムダにするつもりはない」

 そして山田がそう言い返した直後だった。


 山田は、自分のみぞおちに強烈な、鈍い痛みを感じた。


「え……」


 そして一瞬あってから、ようやく何が起きたのかを理解した。


 黒木は何の技も使わず、ただ地面を蹴って一瞬にして自分の目の前に移動し、ただ、自分の腹を殴ったのだ。


「グ、グェエエエ……」


 山田は膝から崩れ落ちて、嗚咽を漏らした。

 強烈で鈍い痛みと、吐き気が彼を襲った。


「や、やめてくれぇ……俺の負けだぁ……」


 そして、彼はすぐに負けを認めた。

 痛みに耐える程の強さを、彼は持っていなかったのだった。


 ☆


 よ、よわ~い。

 殺しちゃマズイと思ってめちゃくちゃ手加減して殴ったつもりだったけど……

 山田部長、うずくまったまま動かなくなっちゃった。

 どうしよ? なんか悪いことした気分になってきたな……

 内蔵破裂とかしてたら、どうしよ?


「や、山田様? 冗談ですよね?」


 戦いの様子を見ていたデーモンが、すぐに駆け寄ってきて山田部長を仰向けに寝かせた。

 が、既にあまりの痛みで意識を失ってしまったのか、山田部長は白目を向いてグッタリしている。

 あまりに惨めな姿は、演技じゃないのが丸わかりだ。


「弱すぎる……もしかして、本当に人間なのか?」

「だとしたら、とんだ詐欺師だ」

 そして、すぐに二人共、山田がただの詐欺師だと気づいてくれたようだ。


 彼をその場に捨て置くと、俺の方をギロリと睨みつけてきた。


「しかし、お前は一体何者だ?」

「そうだ。所属を教えろ」


「俺は……」


 よし。ここまでは計画通り、あとは……こう言うだけだ。


「『淫魔王』リッツ・リンバーラ様の手下。

 あの御方のご命令どおりに動いているだけだ」


「リッツ・リンバーラ? 聞いたこと無いな」

「もしかしてさっきの?」

 

 二人は顔を見合わせる。


「リッツ様! すべて終わりましたから、どうぞこちらに!」

 俺は思い切り大きな声で叫ぶ。

 すると、リッツとヒュムノールが手筈(てはず)通りに、ゆっくりと中庭に入ってきた。


「お、お疲れ様。不死身の黒木さ……君」


 リッツ、めっちゃ緊張してるな……大丈夫かな?


「えーっと……僕……いや、我の名は淫魔王リッツ・リンバーラ。

 この国の新たなる(おさ)として、あ~その……」


 あ、だめだ。

 頭真っ白になってるみたいだな。

 ……どうしよ、作戦失敗か?


「貴様ら、頭が高いぞ! 控えおろう! この方をどなたと心得(こころえ)る!

 魔神界と対になる世界、淫神界(いんしんかい)よりこの事態を収めるためにお越しになったリッツ・リンバーラその人であらせられるぞ!」

 そう思ったら、ヒュムノールがむちゃくちゃ言い出した。こっちはなんかノリノリだな。

 【淫神界】って何だよ……よくもまあ、あんな口から出まかせを……


「なあ、お前知ってるか?」

「いや……聞いたことない。けど……あの人、何かオーラが有るよな。目が離せないし……」

「しかも、あの女、多分エルフだろ? 

 あの幻存種のエルフですら配下にするなんて……よっぽどのやり手に違いない」


 あれ? デーモンの二人は話を信じかけてる?

 ……ま、元々山田部長なんかを本気で崇拝していたくらいだし、魔人って結構騙されやすいのかな?

 

「この不届き者の山田は即刻、東日本統合司令の座から下ろし、その代わりにこのリッツ・リンバーラ様がその座につく。文句はないな!?」

 ヒュムノールがビシッと一言決めた。


 すると、デーモンの二人は顔を見合わせた。

 ……さあ、どうなる?


「だって? どうする?」

「う~ん、良いんじゃない? 山田よりは全然強そうだしさぁ、どうせリリィ様は魔神界だから文句も言われないし」

「なにより、断然山田より可愛いしな。私、リッツ様めっちゃ好みだ。側近にしてもらえないかな」


 デーモンの一人がそう言ってリッツのそばに駆け寄ってきた。なんか、うまくいきそうだな。


「あ、ずるい。私も、側近にしてほしいです!」

 そしてもう1人のデーモンも完全にリッツの下につくことを決心した様子で、リッツのそばで膝をついた。


「だめだ! リッツ様の側近はこの私のものだ! お前たちはその私の補佐。

 それ以上は譲らん!」

 そしてヒュムノールが大声で叫んで、リッツを抱き上げた。


 ……うーん、このままだと本当にリッツが東日本統括司令になっちゃうかもなぁ……


 ま、いっか。


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