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第十一話 人類の反撃

 【あれ】から、一月が経った。


 いや、【あれ】って言い方は正確じゃないな。


 魔封結界の破壊という天変地異に【最悪の災厄】という名前がつけられた。


 世界人類の大半が地上の生活を放棄して、安全な地下に()もった。


 ただし、多くのものを地上に残したままの地下生活にでは、あらゆる物が足りなかった。


 野菜、肉、機械、etc……

 毎日水みたいなスープしか食えないらしい。まあ、俺は地下ではなくて地上で生活してるから、実際のところはよく知らないんだけど。


 戦うだけの力を持った人間達は、基本的に地上で魔物と戦い、物資の補給と、残された人々の救援が任務となっていた。


 

 つまり俺も、魔物たちと戦い、戦い、戦い……終わりのない日々が続いていた。



 魔物たちの数は減らない。ダンジョンから、そして何よりも魔神界と呼ばれる特別なダンジョンから、無限に湧き出してきているからだ。



 魔神界とは、途方もなく広大で、他のダンジョンとは比較にならない規模のダンジョン。

 魔神教会のメンバーから(ミカが拷問して)聞き出した話によると、その最深部に魔神が封印されているらしい。

 

 だが、人類だってバカじゃない。

 この地球においては、王者だったんだ。

 魔物たちに良いようにされて、納得するような事はない。


「ようやく今日、D&Q&Nが来日する。

 アメリカ……いや、世界の最大戦力を迎えて、我々は魔神界侵攻作戦をついに決行する。

 どれだけの困難が待ち受けているのかは想像も出来ないが、人類最高の戦力を投入する戦い。

 絶対に負ける訳にはいかないぞ」


 そして今日という日、井川鉄鋼の社員は富士山の麓にある、軍事訓練施設に集合していた。

 【魔神界攻略本部】と名付けられた、大きなテントの中でスピーチをしているのは、大河原統合部長だ。


 そうだ。ついに今日、人類は反撃の狼煙をあげる。

 


「オォ~!」

 社員達が一斉に叫ぶ。

 士気は非常に高い。


 ……たしかに、これだけのドリームチームが集うとなれば、不可能なんてないだろう。


 魔神界攻略は、人類が目指すべき一つの目標。


 普段は決して交わる事のない、世界中の猛者達が、一つの目的のために行動を共にするんだ。


 不安はあるが、同時に高揚もしていた。


「我々井川鉄鋼からはダンジョン攻略部第一室から第五室までの精鋭五パーティが向かう。

 いいか、これは我々の実力を改めて世界に知らしめる絶好の好機(チャンス)でもある。

 最高のパフォーマンスを見せてやれ。木村」


「はい、大河原部長。お任せください」

 ビシッとした姿勢で返事を返したのは、ダンジョン攻略部第一室、室長の木村省吾(きむらしょうご)


 『あの』木村省吾だ。


 現役の中では日本最強と呼ばれている男。


 井川鉄鋼の人間ではないとしても、知らない人間は居ない。


 レベル99ダンジョンの単独制覇。


 あらゆる武器を扱い、六属性全ての魔法(スキル)を使う男。【准魔王位種】ですら一人で倒すとか……どこまでが本当なのか知らないが、恐ろしい実力者である事には間違いない。


 当然、井川鉄鋼のエースでもある。


 正直言うと、今日はじめて生で顔を見られて、ちょっぴり感動した。


 生真面目そうな顔で、胴が長い。

 印象としては、THE・日本男児って感じだ。


「君には期待している。あと、言い忘れていたが……特別枠としてもう一人、今回の作戦に参加してもらうと思っている」


 へぇ、特別枠なんて、聞いてないな?

 誰だろう?


「第十室所属の黒木康隆くん、君には特別に今回の作戦に協力してもらいたい」


 ……え?


「誰?」


「誰?」


「聞いたこと無いな」


 テントの中がざわざわとし始めた。

 当然だ。俺なんて、まだ何の業績もない素人も素人だ。

 ていうか、聞き間違いじゃないよな……?


「黒木くん、前に出てきてくれるか?」

 大河原部長に言われて、俺は立ち上がる。

 そのまま部長の横、木村さんとの間に立った。


「あの、どうして俺を?」


「魔神界は外との通信が不可能で、情報を持ち帰るには、生きてダンジョンを出る他にない。

 その役割を、不死身である君に任せたい。どうかな?」


「えっと」

 ……うーん、もちろん、文句はないんだけど……

「足手まといになるんじゃ……」


「そんなこと、心配する必要ないさ。少年!

 私達『一室』の胸を借りるつもりで来てくれればいい」

 爽やかな声で、木村さんが声を掛けてきた。


 おれは少年じゃないし、多分年上だけど、そこは突っ込まなかった。


「でもぉ、そのぉ……俺、まだステータスがぁ……」


「心配無用! この私の【鬼神剣】があれば、どんな敵も君に近寄れないさ」


「そうっすか……」


「そうとも! さあ、握手をしよう。この木村省吾と握手を!」

 

 と、そんなノリで押し込まれて、断る事もできなかった。

 木村さんと握手をかわすと、大河原部長が満足気に頷いて、大喝采が生まれた。


 そして、会議は終了した。


「なんでやっすーが!?」 

 会議が終わるなり、ミカが駆け寄ってきて、不満げに言った。

 

「……いや、それは大河原部長が言ってただろ。

 情報を持ち帰るために、『不死』の俺が選ばれただけだよ」


「おかしいじゃん。……くぅ……これじゃ、魔神に復讐できないぃ」


 と、こんな調子で、ミカはぶーぶー文句を言い始めた。

 あーあ。こうなると長くなる。

 話題を変えないと、延々と愚痴を聞かされそうだ。


「そういえばさ、リリィ室長は?」


「ん? そういえば居ないね。どうしたんだろ? なんにも聞いてないけど」


「何か大事な仕事かな?」


「魔神界攻略よりも大事な仕事なんて、ある?」


「……いや、ないか。本当におかしいな。あの堅物のリリィ室長がサボりってこともないだろうし」


 そう言った後、ミカが神妙な顔で首を横に振った。


「いや、そうでもないかもよ。こうなったら、室長も……あんまり立場が良くないから」


「立場が良くない? どういう意味だ?」


 俺が聞くと、ミカはしまった。という顔で「ピュー」と、下手くそな口笛を吹き始めた。


「ナ、ナンデモナイヨ~」


 うん。嘘だな。


「で、どういう意味なんだ?」


「……これはさ、私から聞いたって言わないでね」


 と、俺に念押ししてから、ミカはあっさりととんでもない話を俺にしてくれた。


 実は、リリィ室長は【半魔人】だというんだ。


 半魔人というのは、魔人と人間のハーフのこと。


 人形の魔物である魔人は当然だが、半魔人も人間社会において立場が良くなかった。


 面と向かって差別するような奴は少ないが、ネット上では【ハンマ】という蔑称で呼ばれて、何か犯罪が起こると、「またハンマか」と、バカにするような連中が多い。


 半魔人の多くは人間にしか見えないから、それを知るには戸籍を調べるか、本人から聞く他になくて、目立った犯罪者なんかは、勝手にハンマ認定されるというわけだ。


 しかし、それだけじゃない。


 某有名大学が半魔人の入試テストの点数を偽造して、不合格にさせたとニュースもあるし、【魔人・半魔人の人権を許さない会】なんて過激な組織もある。


 ……ともかくまあ、半魔人というのはあまり立場は良くないから、多くの場合、そのことをひた隠しにしている。だから、ミカもそのことを言い渋ったんだろう。


 そしてもう一つ驚きのニュースもあった。


「ついでに教えておくけどさ……やっすーコガネさんとも仲良いでしょ?」


「ああ」


「あの人と、リリィさんって、姉妹なんだよ」


 ……どちからかというと、そっちのニュースの方が驚きだった。


「え……全然似てないじゃん。っていうか、それじゃコガネ……さんも半魔人ってことか?」


「うん、そうだよ。ちなみにコガネさんもリリィさんも、元々は第一室で働いてたエリートだっんだ」


 第一室……どうりで強いわけだ。だからそれは別に意外じゃない。


 しっかし、コガネさんとリリィさんが姉妹ってのには驚いた。


 本人からはそんな話、一つも無かったし……何より、性格がまるで正反対じゃないか。

 コガネさんは明るい変人、リリィさんは冷静で生真面目。


「炎と氷というか、光と闇というか、水と油というか……ともかく、二人は正反対だよな」

 

「そう? 二人共クールで似てると思うけど」

 ミカが不思議そうに首をかしげた。


 あ、ミカはコガネの裏の性格を知らないのか。

 ロックンロールと叫びながら斧を振り回す姿を見たら、そんな意見も変わるだろう。


 その後、俺はリリィ室長のことが気になって、探してはみたものの、

 彼女の姿は見当たらなかったし、その行方を知っている人間も居なかった。


 電話しても繋がらないし……どうしたんだろう?


 ただし、コガネには普通に電話が通じた。


 彼女は、魔神界攻略作戦には参加せず、救助活動に心血を注いでいるらしい。


 ……彼女ほどの実力者なら、魔神界攻略の助けになるだろうに。

 

 おそらくだけど、コガネも半魔人という生まれのせいでメンバーに選ばれていないんだろう。

 そんな勘ぐりをしながら、緊張して眠れない夜を過ごした。


 そして翌日。


 朝の九時、俺は井川鉄鋼の精鋭5チームと、D&Q&Nの20チームの中に混ざって、魔神界へと入った。


 ☆

 

「こんな馬鹿な……」


 日本最強の男、木村さんが呟いた。


 それと同時に、彼の体は人の形をした怪物に踏み潰された。


 おそらく巨人の一種だろうが、その大きさは、ビルほどもある。


 普段の木村さんだったら、それを簡単に避けられただろうけど、彼はすでに左腕を失い、右足はアキレス腱を切られていた。

 

 そして、英雄の死を目撃した仲間たちは、一斉に恐怖の叫びをあげた。


 残る人類の精鋭たちは、恐怖に囚われていたんだ。



「罠だったんだ! 嵌められた!」

 他の誰かが叫んだ。同時に、彼はドラゴンの吐いた黒い炎の濁流に巻き込まれてしまった。


 ……


 俺たちが魔神界に入り、事前の調査で判明していた第一層から第二層への次元門がある場所、通称【闘技場】に向かったところで、この惨事が始まった。


 闘技場は、その名の通り、イタリアにあるコロッセオによく似た建造物だ。


 だが、そこには事前調査と異なり、第二層への道は無かった。


 代わりに、闘技場の中に入り込むと同時に結界が発動した。


 その結界は【魔封結界】の反対、【人封結界】とも言うべきもので、人間は通過出来ず、魔物だけが素通り可能な結界だった。


 つまり、人間はこの闘技場から逃げ出せない。


 反対に、魔物たちはいくらでもこの闘技場の中に入ってこられる。


 D&Q&Nのよりすぐりの英雄たちも、井川鉄鋼のエリートたちも、始めのうちこそその罠を鼻で笑って、やってくる魔物達を圧倒し続けた。


 円陣を組んで、各々が目の前にやってくる魔物を倒し続ける。それで良いはずだった。


 しかし、魔物たちは決して止むこと無く、多種多様かつ、【上位種】、【最上位種】に分類される強力な魔物たちが断続的に襲撃を続けてくる。


 そして魔神界の外へ連絡を取ることは出来ない。


 俺は死ねば体力が回復するから平気だが、普通の人間のスタミナは無尽蔵じゃない。

 

 無限に戦いに集中し続けるのは不可能。


 やがて、一人二人と人間側がやられ始めた。

 

 円陣は一箇所が崩れると途端に脆くなる。そこからは早かった。


 まずはD&Q&Nの連中が全滅した。

 

 彼らは数は多かったが、実力で言えば、ほとんどがミカよりも下って感じの連中だった。


 そして井川鉄鋼の精鋭たちも、その後に続いた。


 一人、また一人とやられ始めて、木村さんがやられると同時に、戦況は壊滅的になった。


「あ……もう、誰も居ない……」


 俺も懸命に戦った。武器を失っても、素手で戦いを続けた。けど……


 ……気づいたら、俺以外の全員が魔物に殺されていた。


 こんなバカな。俺はそう思い、もう戦う気力を失ってしまった。

 

 ☆


 俺は、殺され続けた。


 何度も何度も、何度も、何度も……


 俺以外の仲間が全員死んだ後、数多くの魔物たちは、それでも手を緩める事無く俺を殺し続けた。


 喰らわれ、燃やされ、溶かされ、砕かれ、切られ……それでも俺は死ななかった。


 序盤のうちにナビは完全に破壊されたし、リュックも装備も使い物にならなくなったが、俺の体だけは、敵がどうしようと死ななかった。


 これは呪いだろうか?


 そう何度も思った。不死なんてスキル、なければよかったのにと何度も思った。


 ただし、次第に魔物たちも俺を殺すの飽きたらしい。次第にその数は減っていって、【人封結界】もいつの間にか消えていた。

 

「黒木、お前がここに来るとは思ってなかったよ」

 ずいぶん久しぶりに、人間の言葉を聞いて顔をあげると、そこにはリリィ室長が立っていた。


 周囲に魔物の姿はない。もしかしたら、助けに来てくれたのか?


「り、リリィ室長……助けに来てくれたんですか?」


 良かった。助かった!


 希望が胸に湧いた。生きて帰れる! これで、ミカやコガネともう一度会える。


「……しかし、大河原部長は流石だな、まさかこんな人間が本当に一番やっかいな相手になると予想していたなんて……」


「な……何を言ってるんですか? リリィ室長。それよりも早く帰って報告を……」


「食っても、バラバラにしても、灰にしても死なない……後は閉じ込めるくらいしか手がないか」


「……リリィ室長、他の仲間達は? ミカは? コガネは?」


「まだわからないのか? よく周りを見てみろ」


 そう言われて、俺はリリィ室長の背後に、魔物たちが控えている事に気づいた。


 彼らはリリィ室長にひざまずいていて……まるで、そうだ。


 彼女は魔物たちの王様のようだった。


 でも、そんなことって……


「そんな……もしかして」


「そうだ。私は人間の味方じゃない。悪いな」


 リリィ室長は、あのひどく冷たい眼差しで俺を見下ろしていた。


 ……そうだ、この目だ。


 どんなときも、室長は冷めきった目をしていた。


「そんな……一体いつから裏切っていたんですか!」


「安心しろ、君がダンジョン攻略部に来るずっと前からだ。こんな事、君に話しても仕方ないんだが……まあいい、せっかくだから話を聞いてもらうとするか」


 そして、リリィ室長……いや、リリィは話を始めた。


 俺は体をゴーレムに押さえつけられ、耳を塞ぐことも、抵抗することも出来ずに、ただその話を聞くしか無かった。


 彼女(いわ)く、第一室に所属していた時、彼女は最強の企業戦士だった。


 比肩する(ライバル)はなく、最高の功績を上げ続けた。

 しかし……彼女の功績は全て木村昇吾のものにされた。


 なぜなら、彼女は半魔人だから。


 彼女が最強の戦士であるという事実を、誰も求めていなかったし、井川鉄鋼の顔にもふさわしくないと判断されたらしい。


 ……そして間もなく、リリィはその事で木村を半殺しにして、無関係のコガネと一緒に会社をクビになった。


 それを知った大河原統合部長は経営陣に頼み込み、なんとか彼女を第十室の室長に復帰させたそうだが……事件のこともあってか、第一線からは退(しりぞ)き、大した仕事も割り振られなくなってしまった。

 

「本当なら! 私が英雄だった! 見てみろ、木村省吾の惨めな姿を! あんな雑魚が世界最強だと? 笑わせるな!」


「だけど……だからって、どうしてここまでする必要が!?

 人間をみんな殺して、満足なのか?」


「満足さ」


 リリィは笑った。


 ……この時、俺は彼女が笑う顔を見るのが始めてだということに気づいた。


 嗜虐心に満ちた、見ているだけで背中がゾクゾクするような、冷たい笑顔。


 この時、ようやく俺は彼女が裏切り者だということを完全に認めた。


「もっと早くこうしていればよかったと、今になって思うよ。

 あの詐欺師(木村省吾)が死んだ時なんて、本当に心が晴れ晴れとした」


「けど……コガネは? 彼女は? 姉妹ってことはもしかして……彼女も?」


「……うるさいな、お前に質問の権利はない」

 突然、リリィの表情が変わった。


 笑顔が消えて、怒りに満ちて。


 俺の一言が、ひどく気分を害したらしい。


「まあいい、コイツはどこかの牢にでも入れて、見張っておけ。

 殺したければ殺してもいいし、食っても良い。どうせ死なないんだからな。

 ただ、丸呑みはするなよ? 腹の中で再生されたら厄介だからな」


 リリィはそう言い残して、どこかへ消えてしまった。


 残ったのは魔物だけ。


 よだれを垂らして、俺の顔を見ている。


 ドラゴンが、ヴァンパイアが、それ以外にも、多種多様な魔物が……


「やめてくれ……」


 無駄と分かっても、懇願するほかにない。


 また、始まるんだ。

これにて第一部終了です。

ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました。

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