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第十話 ミカの戦い 後半

 吸血鬼、ヴィン・リーグルは、井川鉄鋼の社員証を首に下げた少女を見上げながら、笑った。 


「くっくっく、逃げるだけじゃ、勝てないぞ」


 やはりそうだ。

 と、彼は確信した。たとえ相手がエリートだろうと、自分の実力は決して劣らないと。


 彼は今までの人生で、屈辱的な日々を送っていた。


 人並みはずれた身体能力と、強力なスキルを持っているにもかかわらず、彼は魔人という理由だけで、井川鉄鋼はおろか、三流ダンジョン企業にすら入ることが出来なかった。

 

 彼はプライドを傷つけられ、そしてダンジョン企業の人間を憎んでいた。


 そして、人間を恨む魔物達の行く末は【魔神教会】。彼はその実力を買われ、魔神教会の七王子支部長にまで上りつめた。


 しかし、それでも彼の心の奥から暗いものは消えず、むしろ魔神教会の仲間に焚きつけられて、それは膨れ上がった。


 彼の根底に潜む感情は、自分がなれなかった企業戦士たちに対する嫉妬。

 そしてその暗い感情は、絶好の好機を得て、爆発していた。


 今、自分は『かの』井川鉄鋼の企業戦士を追い詰めている。


 そして、彼女は未だに私のレジェンダリースキルの効果を理解していない。


 恐れて、逃げ回るだけ。


 勝負の結末は自分が握っている。そう確信していた。


「仲間が殺されたというのに、やる気がないのか。

 アッハッハッハ、人間なんて、所詮群れなければ戦えない。

 誇りよりも命の方が大事ってわけか」


 ヴィンは、積年の人間に対する恨みをぶつけるように、高らかに宣言した。


 これはストレス解消であると同時に、敵への挑発でもあった。


 逃げられて、仲間を呼ばれると厄介だし、自分の能力が解析されて、知れ渡る可能性もある。

 

 彼女(ミカ)はここで対処しなくてはいけなかった。


「どうですかぁ~もしかして、怯えすぎて、なんにも言えなくなっちゃいましたかぁ?」


 ヴィンは顔を愉悦に歪め、さらに高笑いを付け加えた。

(さて、と、これだけやれば、ブチ切れただろうから、逃げるような真似はしないだろう)

 そして期待の目で、電話ボックスの上の少女に視線を向けた。

 

 彼女は殺意に満ちた顔で弓を構え、自分にその先を向けていた。


 ……ヴィンは、つばを飲み込むと、すぐにスキルを発動させた。


 同時に、彼の体は全て気体となった。


 彼が使ったスキルは【気化】。


 肉体を無色透明の気体に変化させ、あらゆる物理ダメージを無効化、

 さらに、その姿は視認できなくする。


 移動速度は下がるし、変化している間は攻撃出来ないが、相手を確実に不意打ち出来る。


(さて、と、さっきは血の匂いで悟られたようだが、今度はそんなヘマはしない)


 ヴィンは風の流れを確認し、風下(かざしも)側から電話ボックスに近づいた。


 これならば、匂いが彼女にバレる心配はない。


 そして電話ボックスの隣に立つと、勢いよく飛び上がり、自分も電話ボックスの上に立った。

 しかし、少女(ミカ)は当然自分の存在に気づいていない。


(これで終わりだ!)


 そう思って、スキル解除しようと思った瞬間だった。

 弓を持った少女は、電話ボックスから飛び降りて、地下鉄の入り口とは反対方向に向かって走り出した。


(え? は? ……逃げた?)


 ヴィンは一瞬、何が起きたか理解できなかった。


 先ほどの彼女の表情からは、怒りが見て取れた。


 それは間違いなかったはず。が、実際、彼女はその俊足を活かして、全力で逃げている。


(なぜだ……クソッ。逃がすか!)

 

 心の中で悪態をつくと、彼は気化を解除して、その後を追った。

 しかし速度では向こうの方が早い。距離は次第に離されていった。


「ハァッ、ハァッ」

(あんのヤロー! 止まれっ!)


 息を切らしながら走り続ける。心の中で、自分よりはるかに年下の少女に、罵声を浴びせながら。

 

 そしてその叫びが神に届いたのか、彼女はふいに立ち止まった。

(止まった!)

 ヴィンはすぐさま気化を発動させ、姿を隠した。


 すると、彼女はヴィンの姿に気づかなかったのか、周囲を警戒しながら、コンビニの中に入った。

 コンビニは電気が止まっているらしく、自動ドアを無理やり押し開くと、彼女は再びその扉を閉めた。

 

(くっくっく、隠れてやり過ごすつもりか。バカめ)

 ヴィンは気体となったままコンビニに近づくと、レジの後ろ、調理器具が置かれている場所の裏にある換気口から店内に忍び込んだ。


(居ないな、どこに隠れた?)


 だが、店内をぱっと見ただけでは、少女の姿は見えなかった。


 ヴィンはレジの外に出ると、商品棚の間をひとつひとつ見ていく。


 しかし、やはり少女の姿はない。


(おかしいな、このコンビニ、裏口は無かったはずだ。

 絶対に中に居るはず……)


 ヴィンはそう考えながら、店内の端、ペットボトルの陳列されたドリンクコーナーに目を向けた。


 そして、商品の裏に広がる冷蔵室の存在に気づいた。


 ドリンクの入った冷蔵庫は、実は後ろがそのまま低音の倉庫、冷蔵室と直結している。


 そこには大量の商品が置かれていて、隠れ場所に最適だった。


(ああ、分かった。ここに隠れたんだな)

 

 ヴィンは笑って、レジの中から店裏に進むと、重たい密封扉の前に立った。


(……くそ、中は冷蔵室になってるから、密封されてるのか)


 密封されているという事はつまり、気体のままでは進めない。


 が、ふと上を見上げると、そこには通気口があった。


(ふふ、そりゃそうか。通気口がないわけないな)


 ヴィンは天井裏の通気口を通り、更にエアコンの内部を通り抜け、冷蔵室の中に侵入した。


 やはり少女の姿はなかったが、部屋の隅に、一つ妙なダンボール箱があった。


 ダンボールの外にその中身らしいペットボトルが出されている。


 そして、少しだけ開いているダンボールからは、一本の茶色い長髪が垂れていた。


(……おそまつな隠れ方だ、所詮は子供か)

 

 ヴィンは笑い。ダンボールのそばに立つと、気体化を解除、

 同時に、鋭い爪でダンボールの腹を思い切り突き刺した。


「ハッハァッ! これでお前の……ってあれ?」


 だが、感触はない。

 ダンボールの中身は、空っぽだった。


「残念でした。そこそこ強いみたいだけど、戦いの経験値がなさすぎるよ」


(ヤバイッ! はめられた!)

 ヴィンは背中に少女の声を感じると同時に、体を気化させた。


(ふん、いくら狭い部屋に閉じ込めたところで気体になってしまえば……って、熱ッ)


 気体のまま振り向いて少女の姿を見ると、彼女もまた、その姿を変化させていた。

 少女は体に炎をまとって、強烈な熱を放っている。

 

(炎はまずい! 一旦逃げなければ)


 ヴィンは焦り、エアコンの通気口を目指そうとしたが、彼がそこに向かうよりも早く、

「逃さないよ」

 という言葉と同時に、彼女の手から伸びた火柱がエアコンを焼いて溶かし、通気口が塞がれてしまった。


(まさか、俺の能力に、気づいている?

 この密閉空間に閉じ込められた以上……それ以外にはありえないか。

 だが、能力に気づかれていても、まだ不意打ちのチャンスはある)


 ヴィンは逃走を諦め、気化したまま彼女の背後に移動し、距離を詰めようとする。


 だが、彼女に近づくほど、更に熱が強くなる。


(クソッ、これ以上近づけない)


 部屋の中は二百℃を超え、彼女の近く、半径一メートルほどでは三百℃を超えていた。


ボウッ!


 そしてダンボールが自然に発火を始めたことから、ヴィンもこれ以上気化状態を維持するのは危険と判断した。


 気化状態では物理攻撃は通用しないが、熱は危険だった。


 気化した肉体が炎によって化学反応を起こせば、どうなるのか彼自身わからない。

 

 諦めて気化を解除すると、当然、少女はその姿にすぐ気づいた。


「やっぱりね」


「……どうして俺の能力が分かった!」

 ヴィンは言った。


 すると、少女は勝ち誇ったように笑い、


「全部、お父さんの血の匂いのおかげ。

 匂いがしたということは、姿が見えなくても、実体は間違いなくあることが分かった。

 そして私の能力なら、形あるものなら、透明でも見通せる。

 ということはつまり、アンタは『実体があって、形が無いのもの』に変化していた。

 そうでしょ?」


 少女の推測は見事に正解だった。


(クソッ、クソッ、クソッ! ガキのくせに!)


 ヴィン心の中で怒りが暴れまわる。


 結局のところ、こんな小娘に嵌められたんだ。


 そう思うと、自分で舌を噛み切りたい気分になった。


 だが、少し考えて、それはやめにした。


 なぜなら自分が負けても、『最後には彼女も負ける』んだから。


「……くそったれ。でも、良いさ。

 今更もう遅いんだよ。お前たち人間は、俺が手を下さなくても、終わりだからなぁ!」


 そう言って、ヴィンは爪と牙で少女に襲いかかった。


 ブゥン、ガシッ、ドン。


 だが、攻撃は躱され、反対に燃えている少女に首根っこを押さえられて、地面に押さえつけられた。

 

「あ、アツィイイイイ! やめてくれえ! 手を、手を離してくれ!」


 少女の手は1000℃の熱で、ヴィンの首の表面を一瞬で焼いた。

 自分の肉の焼ける匂いが、彼の鼻に届く。


「それなら、全部話して。アンタは何を知ってるの」


「それは……」

 自分の崇高な目的をこの少女に話すべきか、誇りを守って死ぬか。ヴィンは天秤に掛けた。

 そして答えはすぐに出た。


「き、教会だッ! 魔神教会が魔神様復活のために動いてるんだ。

 まずは魔封結界を破壊。そして、次は魔神復活だ。

 分かったら、早く放してくれ!」


 命の方が大切。どれだけ重要な目的であっても、命なしではそれを見届けられない。


 誰に軽蔑されようと構わない。


 首は皮が薄い。


 皮の下を通る頸動脈が焼けて、血管が閉塞(へいそく)するか、あるいは大量に出血すれば助からない。


 だから彼は急いでその手を離して貰う必要があると判断して、みじめに鼻水を垂れ流しながら懇願した。


「まだダメ。どうやって魔神を復活させるのかを教えて」

 しかし、少女は手の力を緩めない。


「ま、魔神界の最下層だ。そこで直接魔神様の神性封印を解くことで、解放出来る」


「そっか。なら、今回の首謀者は誰? 誰に結界を解く力があるの?」


「それは……言えない」


「今更仲間に義理立てするつもり?」


「違う、『言わない』んじゃない。『言えない』んだ。

 細かい事は私も知らない……これで、全部話した。助けてくれ」


 ヴィンは改めて、惨めに懇願した。

 本物の命の危機の前に、彼の怒りやプライドは、もう消えていた。


「そう。なら私も一つ教えてあげるよ。

 さっきアンタが殺した私の『同僚』は、本当は私のお父さんなの」


 部屋も、手も熱いのに。少女の声だけが冷たかった。


 そして熱は更に強さを増していく。


「や、やめてくれ」


「どうなるか、分かるでしょ?」


「違う。人間が悪いんだぁ! お前たちのせいで私達は戦いを始めた。

 私達はただ、正当な復讐を……」


 その言葉が、ヴィン・リーグル最後の言葉になった。

 吸血鬼は体を気化させて逃げようとしたが、気化と同時に彼の体そのものが炎となり、跡形もなく消え去った。


 ☆


 ミカからの緊急呼び出しを受けて、彼女のナビから受け取った座標に向かって移動すると、

 彼女は一軒のコンビニの前に立っていた。


 ……怪我一つ無いな。無傷で勝ったのか。

 

「ミカ! 無事だったのか」


「やっすー、遅かったじゃん」


「……もう倒したのか?」


「うん。まあね。大した奴じゃなかったから」

 ミカが肩をすくめた。確かに、苦戦の形跡はまるでなしだ。

 ……良かった。


「それで、一体何者だったんだ?」


「魔神教会所属の吸血鬼だって。目的は魔神復活らしいよ」


「なっ、それじゃあ急いで会社に戻って、このことを報告しないと。

 今回の事の首謀者かもしれないってことだろ?」


「……そう、だね。でもちょっと待って。先に父さんに別れの挨拶をしてからでも良い?

 多分、葬式をする余裕も、無いだろうし……」


「あ……そう……だな。うん。わかったよ、一人にしたほうが良いかな?」

 

「ううん。すぐ済むから、一緒に来て」


 ミカに言われて、俺は黙って彼女の後に続いた。



 そして、地下鉄の近くで、俺はミカのお父さんの遺体を改めて見せつけられた。


 遺体は胸に大きな穴が空いていて、変わり果てた姿だ。


 一つ幸いなのは、胸以外には目立った傷はなくて、綺麗な遺体だったことだろう。


「お父さん。ゴメンね。私のせいで巻き込んじゃって……」


 ミカは自分の体に血がつくのも気にせずに、死体を抱きしめた。

 ひどく悲しそうな顔。初めて見る表情だった。


「父さん、父さんを殺した吸血鬼は私が殺したよ。

 でも、それだけじゃ済まさない。あの吸血鬼はただの下っ端。

 だから……連中の仲間を皆殺しにするね」


 ……え?


「魔神教会の人間を……いや、魔人たちを、全員、一人も残らず殺すし……いや、それじゃ駄目だ。

 あいつらに復讐するには、魔神を殺さないと。

 連中が崇拝している魔神を殺す。だから、安らかに眠って」


「おいミカ……いくら死人相手とはいっても、そんなデタラメを……」


「デタラメじゃない!」

 ミカが鋭い声で叫んだ。

「魔神だって、殺す」

 

 立ち上がった彼女は、【探知の目】を使っているときの、赤い目をしていた。

 そしてふいに、彼女の全身が小さく光った。


 <特殊イベント発生【神討ちの誓い】。ユニークスキル、【殺し矢】を取得>

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