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008 戦い終わって

 トリカラはブラウヴァイスリッターの手に落ち、城塞は勝利にわいていた。戦力で劣るテッサリアがすぐにトリカラを奪還しに来る可能性は低く、帝国軍はテッサリア側の城門に守備隊を配置した上で身体を休めていた。


 この日、トリカラは歴史上初めて敵に攻略されたことになる。レオンの名はこの一事で長く記憶されるに違いなかった。


「欲の小さな奴らだ。俺の名が刻まれるのは、これからのことだというのに」

 部下が自分を称える声を遠くに聞き、レオンは苦笑交じりにそう漏らした。


 レオンに言わせれば、トリカラは確かに難攻不落の要塞だが、たかだか一地方国家の拠点に過ぎない。この勝利で歴史が大きく変わったのであればともかく、帝国がテッサリアを飲み込もうとする歴史の流れは少しも変わっていないのだ。


「まあ、そう言うな。団の士気があがるのは良いことさ」

 マリウスもディアーネに酒をつがせ、いくぶん良い心地になっているようだった。酒を飲まないディアーネからすれば、戦の後の祝宴は、酒をつがされることになって面白くない。いまもその不満が顔に表れていた。


「帝都にはもう使者を送ったんでしょうね?」

 ディアーネの言葉に棘があるのは、無理からぬことである。


「ああ、心配ござらぬよ、女勇者殿。此度は大したご活躍でしたな」

 マリウスがからかうように返事をする。ディアーネは今回の作戦で敵将を捕らえ、第一の功をあげたのだ。


「なら、酒をつがされるのは御免被りたいところだわ」

 不平を並べつつ、ディアーネはレオンに酒をついでいた。文句を言いつつも可愛いものだ、マリウスはその様子を見て笑みを浮かべた。


「使者が勝利を報告し、陛下からの指示が来るまでに大体一週間はかかるか。どうせその間は動けないだろう。ガレスを尋問して情報を引き出し、ラミアを攻める作戦を練らなければな」


 レオンはもう真面目に次の戦いのことを考えていた。戦が終わったばかりだというのに無粋な奴だ、マリウスはそう言いたげな表情を浮かべていた。


 レオンとの付き合いはもう7年になるが、面倒なことが嫌いな自分と比べて、レオンはじっとしていられない性分であった。それは騎士団の団長になってからも基本的には変わっていない。それは美点ではあるが、時には裏目に出ることもある。


「次の戦いか……。その前にレオン、言っておきたいことがあるんだがな」

 いつも皮肉を絶やさぬマリウスであったが、珍しく真面目な面持ちになっていた。


「なんだ? 改まって」

「なぜ助けに来た? ドラゴンで単騎やってくるなど正気とは思えん。弓やカタパルトで狙われていたらどうするつもりだ? お前は死んでいたかもしれないんだぞ」

「迷惑だったか? そのおかげで作戦が成功したんだろうが」


 終わったことを蒸し返すな、レオンの表情にはそう書いてあった。問いを投げかけたのはマリウスだが、実はディアーネも当事者としてそれを聞きたかった。

 確かにレオンの行動によって命を救われたが、一歩間違えば最も大事なレオンが命を落とすことになったかもしれないのだ。


「お前は俺たちの大将だ。いま俺たちの国はないが、国で言えばお前は君主にあたる。君主は時に、大義のためには家臣の命を見捨てなければならないんだ」

「お前やディアーネは単なる家臣ではない」


 実にレオンらしい答だった。マリウスはふと可笑しくなって口元が緩むのをなんとか我慢した。

 レオンが現実家で冷酷であるのは表面上のこと、実は情に厚いところがある。マリウスはレオンのそんなところが気に入っている。


 だが――


「単なる家臣さ。俺もディアーネもその他の騎士と何ら変わりはない。お前は俺たちを見捨てるべきだったんだ。この際、その甘さは美点でなく欠点だぞ」


 ディアーネはマリウスの言葉を聞いて頷くと同時に、心の中に寒風が吹くのを感じた。マリウスの理屈はその通りだが、実際にレオンに見捨てられたら自分はどう思っただろうか。その時の気持を想像すると、寂しさに支配されてしまう。


「いや、お前たちは特別だ。この世界でお前たちだけは、他の奴らとは違う。

 レウクトラから帝国へと旅立つ時、三人で誓ったはずだ。三人で必ず世界を手に入れようと。

 誰が欠けてもいけない。俺たちは死ぬ時は一緒なんだ」


 「ふぅ」、マリウスはわざとらしく溜息をついた。こいつはこの考え方を何を言っても変えようとはしないだろう。だとすれば、それをあらかじめ計算して策を練るのが自分の役割ではないか。

 そして、なぜか嬉しくもあったのだ。


 自分の言ったことは間違っていない。レオンに言ったことは自分の信念である。だが、レオンが自分たちを仲間と思ってくれていることに、「残念ながら」喜びを感じてしまっている自分がいた。


「何度でも救いに行くさ。それがお前たちならな」

「……この馬鹿には何を言っても無駄だな。おい、ディアーネ、気をつけろよ。お前がドジを踏めば、レオンの命が危険になるんだからな」

「あんたには言われたくないわね。それにマリウスが危なくなっても私は助けないわよ」


 二人は悪口の応酬をしつつもどこが楽しげであった。戦いの後、三人は幸せな時を過ごしていた。

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