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006 トリカラ攻略戦2

「鎧の類は全て脱げよ。薄い服一枚になれ。おい、そこっ! 鎖帷子もダメだ。出来るだけ身軽になるんだ」


 陣の一角に集まったレウクトラの騎士に対し、マリウスの指示が飛ぶ。この場にいる20人は皆気心の知れた同胞であり、レオンとともに帝国に駐留しているレウクトラの騎士である。


 彼ら第四騎士団ブラウヴァイスリッターの大多数は帝国人で構成されているが、レウクトラの出身であるレオン、ディアーネ、マリウス、そしてこの20人が中核をなしている。


 今回彼らのみが集められているのは、トリカラの急峻きゅうしゅんな崖を登るにはレウクトラ人でないと難しいからである。


 レウクトラは険しい山に囲まれた国であり、幼少の頃より山を遊び場にして鍛えられている。それゆえ、人口は少なく土地は痩せ、小国に甘んじているのだが、人は精強で兵士に向いていた。

 これが兵力が少ないながら、レウクトラが諸国と渡り合えた所以である。


「まずわたしが登ってロープをかけてくる。ロープが届いたら、皆はそれを使って後に続いてくれ」

 ディアーネは隊の中で最も身軽であり、このような困難な任務を幾度もこなしてきた。ブラウヴァイスリッターの副隊長を務めるのは、なにもレオンの幼なじみというだけではない。


 ディアーネはその細い腰にロープを巻いて括りつけると、壁をスルスルと登っていった。常人にはただの平な壁にしか見えないだろうが、レウクトラの人間はほんの僅かな足がかりさえあれば登ることが出来る。

 なかでもディアーネはとくに登攀とうはん術に優れている。平地に恵まれた帝国の人間では決して出来ない芸当だろう。


 しかも作戦は深夜に実行されていた。帝国の策によってテッサリアの士気は緩んでおり、とくに深夜の警戒はおざなりになっていると予想したからだ。だが、この急峻な崖を月明かりだけで登るのは、よほどの技術と夜目が効かなければ無理である。


 登っていくディアーネの尻を見つつ、マリウスが感心する。

「相変わらず大したものだ。あれで貴族の令嬢とはな」


 マリウスが感心したのはディアーネの登攀術か、あるいは鍛えぬかれた形の良い尻に向けたものだっただろうか。


 ディアーネがこれを聞けば両方だと言うだろう。

 マリウスは類まれな智謀を評価されていたが、私生活は品行方正とは言えなかった。美女と見ればすぐに誘いをかけるような軽薄な面があることでも有名だった。


 彼女はマリウスを軍師として評価していたが、その漁色の面は嫌っていた。何度か注意もしたが、いまではそれも効果がないと諦めている。とりあえず、レオンを支えてくれれば良い、そう考えることにしているのである。


 ディアーネはわずかな窪みを見つけつつ、慎重に崖を登っていった。そして崖の中腹に木を見つけると、そこにロープを括りつける。何度か引っ張って強度を試し、ロープを下に向かって放り投げた。


「来たぞ! ディアーネが上手くやってくれたようだな」


 マリウスはロープを握り、それを支えに崖を登っていく。彼は身体を動かすよりも頭脳の方が得意であるが、そこはレウクトラ人のこと、帝国人よりは山に慣れている。

 だが、この隊に限定すれば落第生のそしりは免れないかもしれない。後から続く騎士たちより明らかに遅く、後ろがつかえていた。


 登り始めて30分後、マリウスはようやくディアーネのところまでたどり着いた。両肩で息をし、しばらく休憩しなければ動けなくなりそうだった。ちなみにディアーネたちは、休んでいる間両手両足につけた鋭い突起を崖に突き刺し、身体を支えている。これもレウクトラの登攀術の一つだ。


「マリウス、女の尻ばかり追いかけてないで、少しは身体を鍛えたらどうだ?」

 ディアーネがマリウスの情けない姿を揶揄やゆする。「尻を追いかけてないで」とはなかなかに上手い表現だ、とマリウスは変に感心していた。実際に彼女の尻を見上げながら登ってきたのだから。


 だが、それを口にすればディアーネの感情が氷点下になることは分かっていた。


「皆がお前のように体力馬鹿になれるはずもない。お前はもう少し女らしくしたらどうだ?」

「騎士団の副隊長に体力があって何が悪い。女をモノにするにしたって、体力があったほうが良いのではないかしら? あなたは質より量なのだから」


 2人はいつものように憎まれ口を言い合った。実際にはディアーネはかなりの美しさを誇り、戦士としてその野生的な美しさに惹かれている者は多い。


 そしてマリウスも優れた剣技を持ち、一人の戦士として決して劣っているわけではなかった。ディアーネやレオンには敵わないものの、ブラウヴァイスリッターの中で引けを取るものではない。

 つまりは互いに認め合っているからこそ出る軽口であった。


 休憩を終えると、今度は城壁の上まで横に移動しなければならない。これは上に登るよりもさらに難しい作業であった。

 やはりディアーネが先行し、手足の届く範囲で突起を見つけて横方向に移動していく。


(確か山に住むヤギの一種がこんな動きをしていたな)

 マリウスはその様子を見て呆れていた。


 10分後、ディアーネはようやくトリカラの城壁の端に降り立った。身を低くし、辺りに見張りが居ないかどうか探る。テッサリア軍は思った以上に油断しているようだった。崖があることで安心しているのか彼女の居る辺りに見張りは存在しなかった。


(これなら、多少音を出しても大丈夫そうね)

 ディアーネはそう考え、腰にしばりつけていたロープの端を釘で城壁に固定した。


 そのロープを伝い、マリウスたち後続が城壁へと降り立つ。


「よし、ここまでは無事にたどりつけたな」

 マリウスは一同を見渡し、脱落者がいないことを確認する。


「次はその先にある階段を降りて城門まで進む。さすがにこの先は守備兵が居ないということはあるまい。戦闘は避けられないだろうから気をつけろよ」

 みな真剣な顔つきになり、互いに頷き合う。この戦いの勝敗はここからの行動の成否にかかっているのだ。


 ディアーネは先頭に立って、慎重に階段一歩ずつ降りていく。その視線の先に、ようやく見張りの姿が見えた。その数は2人。

 さすがにここから先は見張りを倒さなければ進めないらしい。


「ダミアン、こちらへ来て」

 ディアーネは後ろに続く部下に前に出るよう指示した。彼はナイフ投げの名手として知られ、このような任務では頼りにされていた。


「あなたは右側の男を狙って。左はわたしが倒す」

 あいにくディアーネは飛び道具を持っていない。弓の達人だが、荷物になるため持ってきてはいないのだ。

 彼女は足音を殺し、ゆっくりと背後から見張りに迫る。襲いかかる直前、後ろに向かって手を振り合図を送った。


 まるで猛禽類のようなしなやかな動きで、ディアーネは左側の見張りに飛びついた。左手で口をふさぎ、剣で首を切り裂く。見張りは一瞬で絶命した。


 これと同時に、右側の見張りには背後からナイフが飛んだ。正確に心臓へと突き刺さったが、男は「ゔっ」と唸り即死とはいかなかった。


「て、敵だ!」

 男は力を振り絞り、味方に警告を放つ。ダミアンにとって不幸なことに、見張りは皮鎧の下に厚手の服を着込んでいたのだ。そのためナイフは心臓まで届かず、致命傷にはならなかったのである。


 男の声は決して大きくはなかったが、近くの敵には聞こえただろう。ディアーネは素早く駆け寄り、剣で止めを刺す。


「こうなれば、多少乱暴でも早く城門を確保するより他はない。急ぐぞっ!」

 マリウスがみなに指示を与える。急がないと城門に兵が集まって開けるのが不可能になってしまう。その場合、彼らは城内で孤立し死ぬよりほかなくなるのだ。

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