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004 ダイダロス

 ディアーネ達との話し合いを終え、レオンは宮廷の長い廊下を歩いていた。帝国の力を誇示するようにリネン宮は巨大な建築物であり、内部の構造を全てを把握するには気の遠い時間が必要だろう。


 レオンは今、諸国の地図を所蔵する図書室へ向かっていた。途中、廊下の向こうから見知った男がやって来るのを見つけ、レオンは舌打ちしたげな表情を浮かべた。


「これはレオン殿。此度は大手柄だったとか。テッサリアのような小国相手に、どうすればそんな手柄を挙げられるのか、この不才の身には分かりかねる」


 男は嘲弄する意図を隠そうともしていなかった。体格に優れ、褐色の肌と独特の耳飾りが特徴的である。


「運が味方をしてくれただけのことだ、テオドール殿」


 レオンは男に厳しい視線を向けた。目の前の男テオドールは、第三騎士団(ゲルプグリューン(黄緑)リッター(騎士団))の隊長でありレオンと同等の地位にある。


 帝国内の少数民族の出身で、一兵士から異例の出世を繰り返し、ついには騎士隊長に抜擢された異数の人物である。27歳で隊長となったのは、帝国の歴史上最年少であった。レオンが22歳で隊長となるまでは、だが。


 ようするに、テオドールにとってレオンは出世のライバルであった。実力で現在の地位についた自分に対し、レオンは王子という血筋によって出世したと彼は信じていた。

 それゆえ、テオドールはレオンを視界に入れるたびに不機嫌な表情を隠そうともしない。


 良くしたもので、レオンもテオドールを嫌っていた。酷く嫌われていることへの反発もあるが、どうにも肌が合わないのである。


 王子として育ってきたレオンと一兵士から成り上がってきたテオドールとでは、上手く行かないのはある意味当然であろう。

 悪く言えば、レオンは宮殿の温室の中で育ってきた。テオドールの見え隠れするガツガツとした出世欲が好きになれなかったのだ。


「陛下やアルカディウス殿下は貴様を評価しているようだが、俺はお前を信じない。お前が人質に甘んじ続けるはずはない。どうせ不遜なことを考えているに違いないのだ」


 レオンは心のなかでほくそ笑んだ。テオドールはレオンへの嫌悪感からそのような考えに至ったのであろうが、あながち間違ってはいない。

 ただテオドールも予想できていないことに、レオンは帝国そのものを乗っ取るつもりでいるのだ。


「そこまでにしておくがいい! お前たちは騎士団長であろう。周囲に与える影響を考えるのだな」

 火花を散らせる2人の間に、新たな人物が割って入ってきた。


「これはダイダロスさま。お見苦しい所をお見せして……」

 テオドールが恐縮したようにダイダロスという男に敬意を示し、レオンもそれにならった。ダイダロスは、4つある騎士団の筆頭・第一騎士団(シュバルツ(漆黒)リッター(騎士団))の隊長である。


 名門貴族の出身で、もともとガイウス4世が皇太子の時代に護衛を務めていた。ガイウス4世が皇帝に即位すると、その武勇を買われ、第一騎士団の団長に抜擢されたのである。

 皇帝から最も信任されている武人という評価は、衆目の一致するところである。赫々《かくかく》たる武勲も、周囲に与える重厚な威厳も、まだ2人の遠く及ぶところではなかった。


 テオドールは目上を目上とも思わぬ男だが、ダイダロスの言うことは良くきく。それだけ彼がダイダロスの力を認めているということである。彼は一礼をして去っていった。


 テオドールの背を見送りつつ、レオンは鼻で笑った。2人の対立は毎度のことだが、大抵はテオドールの方から仕掛けたものだ。レオンとしては噛みつかれれば追い払いたくもなるのである。


「テッサリアの攻略は上手くいっているようだな。だが次はあのトリカラ、我が軍が歴史上何度も攻めあぐねた難所だ。何か思案があるのか?」


 レオンもダイダロスに対しては一目置いていた。帝国軍にあって珍しくレオンに敵意を持たない人間である。優遇することもないが、レオンを公正に扱ってくれている。それだけでレオンにとっては敬意に値した。


「ええ、腹案はございます。軍事機密ゆえいまは申し上げられませんが、後で結果でお知らせしましょう」


 レオンの答えを聞いて、ダイダロスはニヤリと笑みを浮かべた。極めて武人らしい無骨なやり取りである。レオンが彼の好む答えを選択しているのだと分かり、その如才無さを頼もしく思ったのだ。


 4人の騎士団長は大軍をあずかる最高指揮官である。時に政治も扱わなければならず、一介の武人では務まらない職務だ。


 レオンが一年前に第四騎士団長に就任した時、皇帝に彼を強く推したのは他ならぬダイダロスであった。大臣の多くや軍の内部に反対する者が多かったが、彼はレオンの功績を公正に評価したのである。

 レオンとしては、数少ない頭の上がらぬ人間であった。


「では貴公の活躍に期待するとしよう。無事に帰って来い」

 ダイダロスがレオンの肩に手をおいて励ました。


 レオンは去りゆくダイダロスの背を見て複雑な感情を抱いていた。

 彼の帝国に対する忠誠は絶対だ。いずれレオンが帝国を手中にしようとする時、必ずや立ちふさがるに違いない。レオンとしては、彼を殺さざるを得ないことになるかもしれないのだ。


 しかし、レオンはふと自らを嘲笑いたい気持ちになった。たとえダイダロスと対立するとしても、それは遠い先のことである。それまで自分が生きている保証などないのだ。

 今の時点で帝国を手に入れるのを想定をするなど、おごりというものであった。

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