003 作戦会議
「マーシェロンとのことは一先ず置いておいて、まずはテッサリア王国の攻略に集中しよう。全てはそれからだ。
俺たちの踏み台にされて奴らには気の毒なことだがな」
レオンが皮肉げな表情でそう言うと、マリウスやディアーネも意地の悪い笑みを浮かべた。
レウクトラは歴史的にテッサリア王国と関係が悪い。テッサリアは帝国に比べれば小さいが、レウクトラよりは大きい中規模の国である。
そのため隣接するレウクトラは、しばしばその野望の矛先にさらされてきたのである。
だが、レウクトラがレオンを人質として帝国の保護を受けるようになると、それによりテッサリアはかえって帝国の進攻を招くことになった。
無論テッサリアを敵とすることにレオンが遠慮するわけもなく、皇帝がテッサリア進攻を宣言した時、レオンは自らその役目を買って出たのである。
「我らはこの間ピレウスを落としたわけだが、奴らの都ラミアを攻めるには、もう一度大きな戦いをしなければならないだろう」
マリウスはテーブルの上に地図を広げ、指で場所を指し示した。レオンとディアーネの視線がその指先に集中した。
「トリカラ、やはりここを攻めざるをえないか……」
レオンが険しい表情を浮かべたのには理由がある。トリカラはラミアへと続く唯一のルートにあり、難攻不落の要塞として知られているのだ。
左右を山に囲まれた天然の要害にあり、その城壁は高く強固である。テッサリアは、レウクトラを含め歴史上何度か敵国に攻められたことがあったが、全てこのトリカラで防いでいる。トリカラが敵に攻略を許したことは無いのである。
「だが尋常な手段では落ちまい。マリウス、何か考えがあるのか?」
ディアーネが軍師の顔を見つめた。彼女がマリウスと初めて会ったのは、レオンが帝国へ旅立つ日のことである。
ディアーネがそうであったように、マリウスもまたレオンを支える側近として幼い頃から教育され、レオンに付き従って帝国へと来たのである。
武では自分に劣るものの、彼女はマリウスの智謀を高く評価し、レオンを支える同志として友情に似た感情を抱いていた。マリウスならトリカラ攻略についても決して無策なはずがない、そう根拠もなく信じていた。
「一つ方法がある。危険な作戦だがな」
マリウスはレオンとディアーネの二人を煽るように言った。危険と言ったところで、この二人が尻込みするとは思えない。
むしろ必要とあらば、進んで危険に飛び込んでいくような奴らだ。それゆえに、策を立て、彼らを導くマリウスの役割は重要であった。
「まさかレオンをドラゴンに乗せて突っ込ませるんじゃないでしょうね?」
「まさか」
マリウスはディアーネの疑惑を一笑に付した。ドラゴンに乗る、それはこの大陸広しといえどもレオンにしか出来ないことである。ドラゴンライダーはレウクトラにのみ伝えられ、代々門外不出の秘法として外部に秘されてきた。
皇帝ガイウス4世がレオンにこだわるのも、一つには竜騎士を貴重な戦力として考えているからである。恐らくはその技法を我が物とし、帝国にも配備しようとしているのではないだろうか。
「竜を使うとなると、レオンが単騎でつっこむことになる。そんな自殺行為を俺がレオンにやらせるはずがないだろう」
マリウスはやや憮然とした表情になっていた。
竜騎士は強力ではあるが、無敵というわけではない。とくに飛び道具の的になる危険がある。城塞であれば多くの弓やカタパルトの類が備えられているはずだ。
こんな作戦でレオンの命を危険にさらすわけにはいかない。
「じゃあ、どうするのよ?」
「トリカラは真に難攻不落の要塞だ。両側を天険に囲まれ、北は王都ラミアと接し、物資や兵員の補給を受けることが出来る。
攻められるのは帝国と接する南側のみ。それが常識だ。だが、そこにこそつけ込む隙がある」
「他に攻め手があるということか?」
レオンの問いにマリウスが頷く。
「トリカラの東側の山岳には、実は登れるルートが一つある。そこから城内に入り、城門を開けて軍を中に引き入れれば勝機もあるだろう」
「なに? あの城にそんな弱点があるのか? 聞いたことがないぞ」
レオンの疑わしげな問いに、マリウスは口を歪めた。
「一見して登れる道とは見えんからな」
「……ねぇ、本当に登れるんでしょうね?」
ディアーネはマリウスの言い方に不安を覚えた。
「登れる。山岳になれた我がレウクトラの者ならばな」
レウクトラは大陸の最も北に位置し、国土の大部分を山岳に覆われている。そのため、土地は痩せ貧しい地域だ。
だが、そのため人は忍耐強く、兵士に向いている。山岳の厳しい地形にも順応する力もある。豊かな地に慣れた帝国兵で無理な地形であったとしても。
「レウクトラの……ね。なら騎士団の中でも20人ほどしか居ないじゃない」
「だから始めから危険だと言っている」
マリウスはディアーネの責めるような口調に反論した。
「そもそも難攻不落のトリカラを乗っ取ろうというのだ。多少の危険は甘受せねばならんだろう。この別働隊は俺とお前が率いるぞ」
「レオンは本体を率いて城門前で待つのね?」
「そうだ。不服か?」
ディアーネは大きく首を横に振った。
「いえ、それで良いわ。レオンが危険を犯す必要はないもの。それは私たちが引き受けるべきよ」
レオンは第四騎士団の隊長であり、レウクトラの王子である。言わば自分たちの大将だ。
大将は部下を犠牲にしてでも生き残らなければならない。それが指導者が指導者として嫌でも引き受けなければならない責任である。ディアーネは自分の命と引き換えにしても、レオンを生かすつもりである。
「と、言うわけだ。それでいいな? レオン」
「……分かった。二人に任せよう」
レオンは己の本心を押し殺し、危険を買って出た二人の提案に同意する。臣には臣としての責務があるように、君主には君主としての責務があるのだ。
二人の危険を案じるのであれば、それを無駄にせぬよう作戦全体の成功を考えなければならない。
だが――
レオンが自分たちを心底心配していることを二人は分かっていた。だからこそ、彼らはレオンのために命を捨てる覚悟をしているのだ。