017 帝位継承の真実
「貴公は我が家のことや帝位継承のことをどの程度知っているかな?」
バシリオスに問われたレオンはマリウスの方を見る。会見に望んで、マリウスは必ずや事実関係を調べて準備しているに違いない。
「アグリニオン王家は『始祖たる三王家』のうち、最も多くの皇帝を輩出しています。初代皇帝を始めとして、ガイウス4世陛下より前の25代のうち、アグリニオン家は10人、イオアニア家が8人、カストリア家が6人。直近では陛下の先々代の皇帝がアグリニオン家であったはず」
「そうだ、よく調べているな」
バシリオスは笑みを浮かべ、よく勉強したなと言いたげであった。
今上帝ガイウス4世の父ミハエル2世も帝位を継承したが、それはアグリニオン家の先々代皇帝ニコラオス5世からであった。ここ百年ほどは、この両家が帝位を分け合う形になっていた。
「我が祖父ニコラオス5世陛下は、先代の皇帝ミハエル2世の帝位継承に協力した。父は私が言うのもなんだが、芸術などにうつつを抜かす方でな、政治にはとんと向いていない方だった。祖父は父よりイオアニア家のミハエル2世の方が継承者に相応しいと判断したのだ。
だが、無論無条件でミハエルに協力したわけではない。帝位の継承は常に王家同士の駆け引きの上でのこと。その条件とは、次代の皇帝はアグリニオン家から出すことだった」
レオンはバシリオスの言葉を聞いて息を呑んだ。バシリオスは、帝位につくのはガイウス4世ではなく自分のはずだった、そう言っているのだ。
帝国の帝位継承は、常に三王家や選帝侯の勢力争いを反映して駆け引きが行われてきた。イオアニア家とアグリニオン家の間には、バシリオスを次代の皇帝にするという密約があったのであろう。
「ところがミハエル2世陛下は約束を反故になされた。もとより書面で交わすような約束ではないが、破ったことは三王家や選帝侯の者はみな知っている。だが、結局のところガイウス4世陛下の才はわたしの及ぶところではなかった。今に至って、わたしは陛下の帝位継承についてとやかく言うつもりなど無いのだ。だがっ!」
ここまで言って、バシリオスは語気を強めた。
「だが、次代に関してはそうはいかぬ。アルカディウスが凡庸であり、我が子レヴァンの方が高く評価されているのは明らかだ。イオアニア家は約束を破った埋め合わせとして、レヴァンを皇太子にすべきだったのだ。
しかし、ガイウス4世陛下の威勢には誰も楯突くことは出来ない。選帝侯も皇帝に圧力を加えられれば、アルカディウスを皇太子とすることに賛成せざるをえなかった。奴は私情で帝国の皇位継承を私物化したのだ!」
強い調子でバシリオスの言葉が終わり、部屋のなかは沈黙に包まれた。初めて聞く帝位継承の裏側の話に、レオンたちはその内容を頭のなかで吟味していた。
バシリオスは指でこめかみを抑えると、気を落ち着けるように苦笑を浮かべた。
「済まない、少々興奮してしまったようだ。予め話すと決まっていた事なのにな。我々アグリニオン家にとっては、それでも憤りを感じざるを得ないほどの裏切りであったと思って欲しい」
レオンはバシリオスの真意をはかりかねていた。帝位継承の経緯は一部の人間しか知らない秘密であるはず。それを話されたとことにより、レオンはバシリオスから何か重大な要求をされるのではないかと恐れた。
「そのようなお話をお聞かせいただいたのは、我々に何かを期待されているのでしょうか」
「いや、安心したまえ。今回は君と会って話をすることが目的だ。そしてわたしという人間がどういう人間か、それを君たちに知っておいて欲しかったのだ。わたしが将来君たちにとって味方になり得る人間だとね」
バシリオスは直接的には何も要求はしてこなかった。彼は一体自分たちをどう見たのだろうか、レオンはそれを問いたい気持ちを抑えていた。
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「マリウス、バシリオス公の話をどう思う?」
会見の後、三人は馬を並べエルベまでの帰路についていた。
「まず信憑性かな。帝位継承の話はあくまでバシリオス公の言い分のみというのが気になるところだ」
「だが、まさか陛下に事実を確認するわけにはいかないでしょう?」
「それはそうだ」
ディアーネの突っ込みをマリウスは肯定した。
「仮に公の言うことが全て事実だとしても、厳しいことを言えば、ガイウス4世が皇太子に選出されたことは確かにイオアニア家の裏切りと言えるだろう。だが、それはあくまで皇帝の父ミハエル2世の違約の罪だ。
そしてアルカディウスが皇太子に選ばれたこと自体は、両家の間で約を結んでいたわけではない。道義的にガイウス4世はアグリニオン家に帝位を譲るべきだったかもしれないが、約を破ったとは言えまい。ガイウス4世に非があると言えるかな?」
「バシリオス公が逆恨みしていると言うのか?」
「理屈を言えばそうなる」
「ふむ」
レオンはバシリオス公の話の価値について考えていた。マリウスの言ったことは恐らく正しい。ならば自分たちが政治的に利用できる点はないのだろうか。
「だが、我々にとって全く使えない話というわけではない。ともかくもイオアニア家は約に背いたのだ。例えば我々に相応の力があれば、これを大義名分としてアグリニオン家のレヴァンを擁立することは可能だろう」
「……相応の力か。道はまだ遠いな」
レオンは自分の境遇に思いを致さずにはいられなかった。いまレオンはそれなりの力を保有しつつあるが、いまだ下風に立たねばならぬ貴族も多い。第四騎士団の力も帝国を支配するにはほど遠いものだ。
マリウスの話を実現するにしても、それはどれだけ先のことになるのだろうか。
「なに、そう遠い未来ではないだろうよ。さもなくば、俺が早めてやるまでだ」
自信家のマリウスが言いそうなことだった。