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016 アグリニオン王家

「よく似合っているではないか。馬子にも衣装とはよく言ったものだ」


 マリウスはディアーネを見てそうからかった。今日、ディアーネはいつもの男装を脱ぎ捨て、貴婦人の格好をしていたのだ。美しく長い髪は飾りをつけて形をつくり、胸元が大きく開いたドレスによって形の良い胸が強調されている。


 もともとが伯爵令嬢であるだけにおかしくはないはずであったが、日頃の彼女を知る者にとって女性らしい格好をしているのは驚きである。


「ちょっとスースーしているわね。おかしくない?」


 着慣れないドレスを来てディアーネは戸惑っていた。子どもの時より男用の服しか着てこなかったのだ。

 形はよいが小ぶりの胸をいつもは全く気にしていなかったが、このような服を着ると目立つことになる。他人から見てどう見えるのか、柄にもなく気になっていた。


「いや、おかしくはない。本当によく似合っている。綺麗だ」


 レオンはディアーネの腰に手を回して引き寄せ、ダンスをする構えを見せた。リネン宮ではよく晩餐会が行われ、レオンも宮廷の儀礼や文化については一通り身につけている。

 男勝りのディアーネだが、このような格好をしていると思ったよりも腰が細く感じられた。


「ふふ、あなたのダンスのお相手を務めることぐらいは出来そうね」

 ディアーネは若干顔を赤くしてレオンに抱かれている。マリウスはそんな二人の様子を微笑ましく眺めていた。彼はディアーネの思いを知っている。彼女にとっては幸せな瞬間だろう。


「さて、野暮なことは言いたくないが、その辺りにしておいてもらおうか。そろそろ行かないと刻限に遅れることになる」


 ディアーネが貴婦人の格好をしているのには理由がある。彼らは今日アグリニオン王家の当主バシリオス公爵と合うことになっていた。

 アグリニオンは「始祖たる三王家」の一つであり、バシリオスはガイウス4世の治世の下で日陰者の地位に置かれ、世が世であれば皇帝になった可能性もある人物である。


 そのため皇帝派からは政敵と見られており、監視されている可能性がある。ヨルムの情報ではほぼ確実にだ。そんな中でバシリオスと会うのだから、目立たぬよう変装しなければならない。


 当然ディアーネだけでなく、レオンとマリウスも服を変えている。貴婦人に従う下男の格好である。

 レオンは意外とこの変装を楽しんでいた。王子として人に従われる立場というのも肩がこるもの、そうした立場から解放された気がするのである。


「おっと、ここだ」


 マリウスが足を止めたのは、帝都ソフィアのごく普通のホテルである。こうしたホテルは大抵一階がレストラン、二階が旅人用の宿泊施設になっている。このホテルも例外ではなく、帝都にやってくる商人や上層の庶民らが利用する中級ホテルであった。


 三人が中へ入ると、すぐに二階の個室へと通された。先方がすでに話を通しているのだろう。


 部屋のドアを開けると、中には商人風の格好をした男が待っていた。歳の頃は50代半ば、やや太り気味の身体もあり、大商人のような貫禄があった。いうまでもなく商人というのは仮の姿で、アグリニオン王家のバシリオス公爵であった。


「お初にお目にかかります、バシリオス公爵閣下。私はレウクトラの王太子にして、スパルディア帝国伯爵のレオン=フィルメダスと申します」


 レオンは敬礼をして最大限の敬意を示した。相手は何と言っても皇帝となる資格を持った人間である。ただの上級貴族とはわけが違う。


「わたしがアグリニオン家のバシリオスだ。貴公とはずっと会って話したいと思っていた。その願いがかなって嬉しく思っている。そこに座られるがいい」


 王家の当主だけに、バシリオスの言葉には威厳と強制力のようなものがあった。レオンたちは勧められた椅子に腰をかけ、バシリオスを値踏みするように眺めた。


「わたしもこの通りの格好だが、貴公はそちらのお嬢さんの従者の格好か。お互い不自由なことだ」

 バシリオスの冗談でレオンたちの緊張がやや緩んだ。


「わたくしは案外と楽しんでおりますよ。仮装は現実とかけ離れている方が面白うございますゆえ」

「ははは、その通りだな。わたしも実は楽しんでいる口だ。家来はわたしが商人の格好をすることに反対したのだがな」


 それはそうだろう、とマリウスは心のなかで頷いた。バシリオス公爵は貴人中の貴人であり、レオンのような成り上がりの伯爵とは異なる。

 身分の別もなく、卑しい商人の服を着るなどとんでもないと思うのは、この世界の常識では当然のことであった。


 レオンが見るところ、バシリオス公は話術も巧みでなかなかに懐の深い人物のように思われた。その男が何を提案してくるのか興味があった。


「さて、まずは此度の貴公の勝利にお祝いを述べさせていただこう。テッサリアは我が国にっても因縁浅からぬ国、よくもこの短期間で征服できたものだ」


 バシリオスは三王家の一人だけあって帝国の歴史に精通していた。


「ありがとうございます。ここにいるマリウス、ディアーネの二人に助けてもらいました」

「良い部下をお持ちのようだ。だがこの先も帝国で位階を上るつもりであれば、足元や背後に十分に注意することだ」

 バシリオスの言葉には重い響きがあった。彼自身の現状が十分な説得力を与えているのである。

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