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015 非主流派

 スパルディア帝国は、もともと三つの王国に分かれていた。すなわち、イオアニア、アグリニオン、カストリアの三王国である。


 この三つの王国は、長い歴史のなかで互いに抗争しつつ、また時に婚姻関係を結んでいたが、今から約500年前、東方のガーラント神教国の脅威に対抗するため一つに合併した。現在のスパルディア帝国の誕生である。


 帝国の皇帝は、この「始祖たる三王国」のうち、いずれかの王家から選ばれることが慣習となっていた。

 

 皇帝の選び方は一種の選挙のような方法であり、投票権はこの三王家と選帝侯と呼ばれる六家の大貴族が保有する。彼らの多数決によって「皇太子」が選出されるのだ。

 この将来の皇帝を定める皇太子の選挙には、帝国内の勢力争いを背景にして、虚々実々の駆け引きが行われてきた。


 現皇帝ガイウス4世はイオアニア王家の出身である。当然の心情として、彼も我が子に帝位を継がせたいと考えている。アルカディウスは凡庸だという評価もあり、他のアグリニオン、カストリア王家の候補が有力ともみられていた。


 だが、幸いガイウス4世は近年まれに見る傑出した君主であり、強大な力を持つ皇帝の意思に表立って逆らう事のできる者はいなかった。

 

 そして彼の長子アルカディウスが皇太子に選出された。それが今から5年前のことである。


 ****


 伯爵となったレオンは、領地として帝都にほど近いエルベ地方を賜った。広さはそれほどではないが、平野の広がる豊かな穀倉地帯で、山に囲まれたレウクトラの人間には新鮮であった。


 レオンはエルベの領地に大きな館を建てたが、それはなにも権威主義に陥ったわけではない。皇女マーシェロンを迎えるとなれば、皇帝に礼を失しないよう、それなりの物を用意しなければならないからである。


 16歳で帝国の人質となってから、レオンは皇帝の御座するリネン宮に一室を与えられ、ずっと宮中で生活してきた。肝の太いレオンにとっても、これは神経をすり減らすような生活であった。ディアーネやマーシェロンとエルベの館で過ごすうちに、レオンは久しぶりに心の平穏を味わっていた。


「いまは戦いが終わった後だから良いが、のんびりするのはそこそこにして、次の展望を考えなければな」

 暖炉の側で酒を酌み交わしつつ、マリウスがそう提案した。


「ほう? 放蕩者のマリウスにしてはいやに勤勉ね」

 ディアーネはマリウスが最近王都へ赴いているのを知っていた。十中八九、娼館に通っているものと予想していたのだ。


「そうだな。俺たちの中で、帝都の様子に一番詳しいのはマリウスじゃないか?」

 レオンの言葉を聞いて、ディアーネはククっと忍び笑いを漏らした。どうやらレオンも帝都通いのことを知っていたようである。


「なんだ、お前たちは連帯でもしてやがんのか? あいにくエルベはあまりに美しすぎて俺には不向きらしい」

 マリウスは娼館が立ち並ぶ帝都の歓楽街を懐かしがっていた。レオンとともに帝国に来て7年、娼館に馴染みの女も多いのだ。


「と、冗談はさておき、お前たちに相談したいことがあるんだ」

 マリウスは苦笑いをおさめ、神妙な表情に変わっていた。マリウスが相談といった場合は、ほとんどが重要な問題のある時だ。そのことを他の二人はよく知っていた。


「実はレオンと会いたいと言っている人物がいる。バシリオス公爵を知っているかな?」

 ディアーネはハテな、という表情を浮かべていた。聞き馴染みのない名前である。


「アグリニオン王家の当主か?」

「さすがだな、レオン。皇帝が強大な力を持つ一方で、アグリニオンとカストリアの両王家は、非主流派として日陰の立場に追いやられている。そのアグリニオン王家のバシリオス公がお前に会いたいそうだ」


 アグリニオン、カストリア王家は、ガイウス4世のイオアニア王家と並び皇位継承権を持つ名家中の名家である。だが、皇太子アルカディウスの地位を脅かす潜在的な危険分子として、ガイウス4世に睨まれていた。

 その当主に会うということは、それだけ危険なことでもあった。


「なぜあなたがそれを知っているのよ? ヨルムの情報?」

「いや、それもあるが、帝都でアグリニオン家の家臣と会っていた」

「なに!?」

 いつの間に、という思いがレオンの顔に浮かんでいた。


「とりあえず探りぐらい入れて置かなければ、お前を合わすわけにはいかないだろう。先方と約束して下交渉をしてきたのさ」

 二人はマリウスが帝都へ足繁く通っていた真の理由を知ることになった。当然娼館へも行ったのだろうが……。


「それで、マリウスの考えは?」

「バシリオス公は『先』を見すえて我々と協力関係を結びたがっているらしい。当然いますぐ皇帝をどうこうしよう、ということではないから、そこは安心していい

 とりあえず会って話をしてみる価値はあるのではないか?」


 レオンは肘掛けを指先で叩きながら、考え込んでいた。

 確かに危険はあるが、これは自分たちの目的にとってもメリットがあるかもしれない。将来的に皇帝と対立した場合、アグリニオン家の後ろ盾があれば地位を守るために役立つだろう。選択肢と保険は出来るだけ多いほうが良いのだ。


「分かった、会ってみよう。過度な期待は出来ないが面識を得ておくのも悪くない」


 こうしてレオンは帝国の非主流派の領袖と会見することになったのである。

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