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010 テッサリアからの使者1

「久しぶりに殿下と親しく話をしたが、あれで将来皇帝が務まるのか疑問だな」


 マリウスが声もひそめずに帝室批判になりかねない事を言った。ここはレオンの私室で、部屋にはレオン、マリウス、ディアーネの三人しか居ないが、危険な発言と言ってよかった。


 レオンはマリウスをたしなめたが、正直なところその意見に賛成だった。

 現皇帝ガイウス4世は、敵対する貴族を撃って国内を一つにまとめ、積極的な外征によって版図を広げ、帝国領を史上最大に拡大した。帝国の歴史上、まず5本の指に入る優れた皇帝と言って良い。


 だがそれだけに、その後継者となる皇太子アルカディウスの凡庸さが、どうしても目立ってしまうのだ。人が良いことだけが救いだが、それだけである。


 皇太子も小国の君主であればそれほど不足はなかったかもしれない。

 だが、いまや帝国は多くの地域、異なる文化的背景を持つ民を支配する巨大な国家に成長している。凡庸な皇太子が無事に率いていけるか、疑問を持たざるを得ないのだ。


 歴史上ままあることだが、親が傑出した人物である場合、その子は凡庸であることが多い。それは、優れているだけに親が自分でやり過ぎてしまい、子が経験を積み成長する機会を奪ってしまうからである。


 ガイウス4世とアルカディウスも、そのような関係にあるのではないかとレオンは見ていた。

 そしてそれは彼にとって好都合でもあった。ガイウス4世の死後、アルカディウスから帝位を奪うのも良し、傀儡かいらいとするのもよし、凡庸であれば色々な選択肢が考えられる。


「我々は殿下に危険がないよう守り、我々を頼りに思っていただく。いまはそれだけで良い」


 レオンは口に出してはそう語ったが、マリウスやディアーネもその真意を理解した。

 いずれにしても、皇太子から信頼されていることは、これから権力への階段を駆け上るにしても武器になる。せいぜい忠誠に励もうではないか、そう言っているのだ。


 その時、部屋をノックする音が聞こえた。


 微妙な会話をしていただけに、三人は話を聞かれたかと警戒する。

 マリウスが扉を開けると、そこには部下の男が立っていた。


「なんだ?」

「失礼します! テッサリアからの使者と申すものが参っておりますが」

「なに、テッサリアから?」


 話を聞いていたレオンが、部屋の奥から声を上げた。


「はっ、閣下にお目通りしたいと申しております」

「講和の申し込みかしら? 今さらな話ね」


 ディアーネが率直過ぎる感想を述べた。まさに彼女の言うとおりであった。それとも降伏するということだろうか、レオンは一瞬の間思案した。


「とにかく会ってみよう。殿下には、まず俺が会って話を聞くと伝えてくれ」


 使者の思惑は分からないが、危険がないとも限らない。皇太子自身が応対する必要はなかろう、レオンはそう考えて広間へと向かった。


 ****


 テッサリア王国は東側を海に、西側をレウクトラに接した比較的歴史の浅い国である。

 かつてスパルディア帝国の勢力がそれほど大きくなかった時代には、帝国と互角に渡り合い、小国のレウクトラを属国としていた時期もある。


 直近では三代前のレーム王の時代に国威を強めたが、現在のダイオス3世の時代になるとスパルディアの進攻を許し、いま滅亡の危機を迎えていた。


「お目通りをお許しいただきありがとうございます。私はテッサリア王国の臣ヨルン、爵位は男爵です」

「男爵、御役目ご苦労、と言いたいところだが、我らに貴公を歓迎する理由はない。率直に目的を述べられよ」


 レオンは肘掛けに肩肘をついて、ヨルンを冷たく見下ろした。物言いの強圧的なところに、現在の力関係が表れていた。


「はっ……、現在我がテッサリアと貴国との間には不幸ないさかいがございますが、これ以上の犠牲を避けるため、我が国は貴国と新たに友好関係を築きたいと考えております」


 レオンは失笑を堪えるのに要らぬ労力を使わなければならなかった。王都が攻撃されようとしている時に友好関係を結びたいとは、とんだピント外れというものであった。


「もはやそのような時期は過ぎている。我らに従うつもりなら、開戦の前に勧告に従うべきであったな」


 レオンの言う勧告とは、皇帝の意向もあり、戦争を始める前に帝国の保護国となるよう使者を送ったことを指している。だが、その時テッサリアは強気な態度で勧告をはねつけたのだ。

 トリカラで食い止める自信があったのであろうが、いまさら使者を派遣してくるとは笑止であった。


「我が国には先の読めぬ愚か者が多いゆえ……」

「いずれにしても」


 レオンはヨルンの非生産的な言い訳を許さなかった。


「テッサリアへの出兵は陛下の御意によるもので、わたしが独断で停戦について判断することは出来ない。貴公が国を救いたいのであれば、皇帝陛下の御慈悲にすがるべきだろう」

「もとよりそのつもりであります。では、通行の許可をいただけましょうか?」


 ヨルンがレオンに面会を求めたのは、必ずしも彼に停戦を求めるためではなかったのだろう。

 テッサリアから帝都ソフィアまで行くには、必ずこのトリカラを通らねばならない。現在トリカラはレオンが統治しているので、通行許可を求めに来たというわけだ。


 レオンはその求めに応じるべきか迷っていた。テッサリア併合を望む皇帝が、この男の言うことを聞くわけがない。

 であれば、この男を通すことは不測の事態が生じるデメリットこそあれ、帝国に何のメリットも無いことになる。


 不測の事態とは、可能性は低いが要人の暗殺を企むということが無いとは限らない。皇太子をこの場に呼ばなかったのは、その危険性を考慮してのことである。


 だが、使者を害さないのは暗黙のルールになっていたし、後々スピロのような人間に批判材料を与えることになっては面白く無い。ここは通しておく方が無難か、レオンはそのような考えに至った。


「よろしい、許可しよう。だが、トリカラからソフィアまで最短の距離でゆくことだ。余計な場所に寄れば、即破壊工作とみなすからそのつもりでいるが良い」

「分かりました。もとより、皇帝陛下との交渉以外に望みはございませぬ」


 テッサリアのヨルンは目的を果たし、揚々として退出していった。

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