001 人質王子
終盤を迎えた「シュバルツバルトの大魔導師」に続く、二作目の戦記モノになります。
僕自身楽しんで書いていきますので、応援よろしくお願いします!
――強い者は栄え、弱い者は虐げられるしかない。そう、無慈悲なこの世界では――
街が燃えていた。戦いに敗れた兵士たち、無力で逃げまどう住人たち、親とはぐれ道端でただ泣き叫ぶ子どもたち。街にはそんな光景が広がっていた。
子どもたちはこのままいけば孤児となるに違いない。あくまでこの場を生きのびることが出来ればだが……。
バサァッ
大きな羽音が鳴り響き、風圧が辺りを襲った。街に炎をまき散らしたドラゴンが広場へと降り立ったのだ。
「家に火をつけろ! 従順な者は捕らえて帝都まで連行せよ。抵抗する者は殺して構わんっ!」
ドラゴンから降り立った青年が、無慈悲にも聞こえる命令を下す。
装飾の入った上等な鎧を身につけ、異常に長い槍を手にしている。背は常人よりかなり高く、この辺りでは珍しい黒髪に黒い瞳をしたかなりの美形である。
「団長、敵の守備隊長と思われる男を捉えました」
「我々に従いそうか?」
部下は頭を横に振った。
「いえ、最後まで執拗に抵抗していました。こちらの質問にも答えようとしません」
「そうか……」
「レオン、どこに皇帝の眼が潜んでいるか分からないわ。奴らに口実を作らせるわけにはいかないわよ」
レオンは自分に近づいてくる女性に顔を向けた。金色の長い髪、女性としては背が高く素晴らしいスタイルをしている。
戦場にいるのが場違いなくらいの美女だが、身につけた鎧にはたっぷりと血糊がつき、ある種凄惨な雰囲気を醸し出していた。
「分かっているさ、ディアーネ。だから心ならずも非道な命令を出しているんだろう」
「その命令、本当に意にそぐわぬものなのかしら?」
「どういう意味だ?」
普段感情を表に出さないレオンだが、自分の言葉でやや不機嫌になっていることをディアーネは理解した。
いつもレオンの側にいる彼女にしか分からないことだ。
「国を守ることを大義名分とし、その実暴力を楽しんでいるのではなくて?」
ディアーネの言葉にレオンは顔をしかめた。
「本当にそう思うのか? そんな無駄なことを俺がするわけがない」
レオンは必要とあれば住民を虐殺することも厭わないが、意味もなく楽しむほど悪趣味ではない。
「それなら良いのだけど……。私は時々不安になる。繰り返される戦いのなかで、レオンの感情が冷たくなっていくのを」
真っ直ぐに自分を見るディアーネの瞳に、レオンは憂いが宿っているのを見た。
彼女の腰に手を回し、頭を軽く撫でる。
「考え過ぎだ。第四騎士団の団長として、必要な措置を講じているだけのこと。
お前も言っただろ? どこに帝国の監視者が居るかわからない。俺たちの誓いは今でも変わらないさ」
「……ごめんなさい、余計なことを言ってしまったわ」
「いいさ。戦はもう終わりだ。副官として撤収の準備を頼むぞ」
レオンはそうディアーネにうながし、部隊の収拾に向かわせた。
「敵の隊長をここに連れて来い」
レオンの言葉に従い、一人の男が目の前に引き出された。
男はすでに命は無いものと観念しているようだった。武人として潔い態度と言えた。
「名は?」
とくに答えを期待していたわけではなかったが、男はレオンの姿を見て意外にも口を開いた。
「我々武人だけでなく、よくも罪もない民まで殺してくれたな!」
男は強い眼差しで睨みつけた。
「運が悪かったな、自分たちの弱さを恨むがいい。侵略された自分たちの弱さを」
「い、いつかお前たちがそうならねば良いがな! 因果は回るものだ!」
その無慈悲な言葉に、男は感情を刺激されたようだった。
「そうかもしれない。だが、それは今ではないのでな」
レオンは動じた様子もなく腰の剣を抜き、無造作に構え、そして男の首を切り落とした。
****
スパルディア帝国の都ソフィア、リネン宮――
「レオン=フィルメダス、此度の戦いご苦労であった。テッサリア王国への進攻、上手くいっているようだな。
そちの能力を余は高く買っているぞ。これからも励むが良い」
レオンを見下ろすのは、スパルディア帝国皇帝ガイウス4世、通称炎烈帝。ここは帝都ソフィアにある宮廷である。
レオンは玉座に向かって深く頭を下げた。
第四騎士団(ブラウヴァイスリッター )を率いるレオンは、皇帝から隣国テッサリア王国の攻略を命じられていた。つい先日、彼は前線の要地ピレウスを攻め落とし、報告のため帝都に帰還したのであった。
「レオン、そなたが帝都に来てから何年になったかな?」
「はっ、七年になります陛下」
「ほう、ついこの間のことだと思っていたらそんなに経っていたか。そちもこれまでよく仕えてくれた。
此度テッサリアを落とした暁には褒美を与えなければな。何か所望するものはあるか?」
レオンは頭を深く垂れた。皇帝から表情が見えぬように。
「いえ、人質の身で陛下にはこれまで良くしていただきました。この上欲するものなどございましょうか」
レオンは小国レウクトラ王国の第一王子であり、16歳で大国・スパルディア帝国へ人質として送られてきた。国力からいってレウクトラは隣接する帝国の足元にも及ばず、国を守るために人質とされたのである。
だが、人質といっても必ずしも悪いことばかりではない。
帝国は、開明的な君主ガイウス4世のもとで近年領土を拡大し、最盛期を迎えていた。その先進的な文化と活気に触れ、レオンとしても学ぶことが多かった。
そして皇帝ガイウス4世は、レオンを人質としてではなく、息子のように遇し丁重に扱ってくれているのだ。
だが――
レオンは心の奥底では皇帝に感謝などしていなかった。大人しく従っているのはあくまで表面的なこと、力をつけた上でいつか帝国を内より滅ぼしてやろう、そんな大それたことを考えていた。
「まあそう言うな。そなたが謙虚なことは分かっているが、功績ある者に報いてやらねば他の者に示しがつかん」
レオンは頭を下げながら、皇帝の真意を探っていた。あまり固辞してばかりでは、かえって皇帝の不興を買うことになる。
ここは何か望みを言った方が良いのだろうか、と。
「ふむ、そうだな。自分から言いにくいというのであれば、こういうのはどうだ。我が娘マーシェロンをそちに娶せようではないか」
皇帝の言葉に場がざわつく。
マーシェロンは、ガイウス4世の次女で当年19歳。皇女らしいたおやかな美女で、「帝国の華」と称されていた。その美しさや帝国とのつながりを求めて、近隣諸国から縁談はひっきりなしに来ていた。
「へ、陛下。レオン殿の功績に目覚ましいものがあることは確かですが、マーシェロン様を与えるなど過剰に過ぎるかと」
左右に並ぶ家臣の列から、初老の男が進み出た。マーシェロンを欲する者は、国外はもちろんのこと、国内の貴族にも数多くいた。男は言外にもっと有効な使いみちがあると言いたげであった。
「スピロか。だがレオンは小国とはいえレウクトラの後継者。あながち資格が不足しているとは言えまい」
「ですが……」
「いや、私も何も無ければさすがにこんなことは言うまい。だが、マーシェロンを見ていれば分かる。娘はレオンのことが気になっているようでな。父として娘の幸せを考えてやりたいのだ」
ガイウス4世は玉座に深く腰掛けつつ笑みを浮かべた。婚姻は政治の駆け引き・道具であり、皇帝の一族に生まれて好きな相手と結婚するなどあり得ないことであった。
「娘の幸せ」など、彼にとっては理由を取り繕うためのものでしかなかった。
レオンに娘を娶せれば、レウクトラは戦わずして帝国のものになる。
小国といえど、レウクトラの兵は強く、労せずして手に入るなら重畳というべきである。孫の世代になれば、彼の血を引く者がレウクトラの王となるのだ。
それにレオン自体にも価値があった。戦士として、そして指揮官としてレオンは得難い才能を持っている。
それはここ数年の功績により、彼を第四騎士団(ブラウヴァイスリッター )の隊長に任じた皇帝自身が良く分かっていた。度重なる外征によって領土を拡大している今、優れた軍人は何より貴重であった。
マーシェロンを与えることによりレオンに強い忠誠心を抱かせることが出来るなら、レウクトラのことは抜きにしても娘を与える価値があるというものである。
「どうだレオン、嫌か?」
「いえ、有り難き幸せにございます陛下」
レオンは即座にそう答えた。皇帝にそう問われて嫌と言えるはずがない。レオンは自分が人質の身であることをよく分かっていた。レオンは更に深く頭を下げた。