お祝い?
二人の転送実験の数時間後、研究所施設のある部屋の扉が開いた。
「ただいまーっ!お姉ちゃん達。」
部屋に響き渡る黒髪の少女の甲高い声に驚いた二人の金髪の少女。と同時に声の方に振り向いた。
「ななっ!おかえり!」
ななと呼ばれた少女の後ろには同じ背丈位の男の子がいた。
「翔くんもおかえり!」
二人の金髪の少女の名はかなとさな。ほぼ同時に、同じ声でおかえりの挨拶をした。
翔くんと呼ばれた少年はななの横に立ち、二人に挨拶を交わした。
「ただいま。かなちゃん、さなちゃん。」
ななと翔は二人の金髪の少女に近づき、少し悩んだ顔をしていた。
「さぁ、どっちがどっち?」
二人並んだ金髪の少女がいつも通りの言葉なのか二人同時に同じ声で質問をした。
普段はすぐに見分けが付くよう髪型を変えているのだが、瓜二つの金髪の少女がそこにはいた。
「うーんと、いつもだとポニーテールがかなちゃんでツインテールがさなちゃんだったよね。」
「ええっ、やっぱり髪を下ろしている姿だと見分けが付かないよ!」
困惑しているななの前に立って笑っている瓜二つの金髪少女。二人は翔の方には振り向き、
にやにやと笑っている。
「さぁ、翔くん、どっちがどっち?」
翔の方に質問をした瓜二つの金髪少女だったが、実は翔は二人の見分けが付くある癖を知っていた。
だが当ててしまうと彼女達が可哀想に思い、いつも反対の方を答えるのだった。
「僕から見て右がかなちゃんで左がさなちゃんでしょ?」
笑いがピークに達したのかお腹を抱えて笑い出したさな。笑いながら翔の方に近づき、
おでこにデコピンをしたのだった。
「いっつも間違えるのだから・・・、逆でしょ!逆っつ!」
翔はいつもの事なので慣れてはいたのだが、今日は機嫌が良かったのかいつもよりは痛くなかった。
「もう!さな、翔くんにデコピンしたら可哀想でしょ!」
「だって、だっていつも間違えるんだよ!お姉ちゃん。本当は知っているんじゃないかと思って!」
さなに核心を突かれたと思った翔は慌てた様子で痛がった振りをして見せた。
翔が当ててしまうと二人の金髪少女にも本気のデコピンをしていいと言う賭けをしていたのだ。
「本当に間違ったんだよ!本当だよ!」
翔のその言葉を聞いたななは翔に近づき、おでこを擦って上げるのだった。
そしてフォローするかのように、
「私も分からなかったよ。翔と同じだと思っていたよ。」
少し納得の行かない様子だったさなは、かなの方に戻り二人して髪型を変えるのだった。
かなはポニーテールに、さなはツインテールに髪を結んだ。結び終えたかなも疑問に思っていた。
「でも今まで翔くんは一度も当てた事ないんだよね?ななはあるのに・・・」
「まぁこれも一種の才能の内なのかな。」
かなの言葉にほっとした翔。ななと一緒に部屋の隅にある冷蔵庫の方に歩き出した。
「今日もプリン2個ずつお姉ちゃん達の目の前で食べようねぇ、翔!」
プリンを食べる前の機嫌の良いななは冷蔵庫の扉を開けようとした瞬間、
後ろから聞こえた声にビックリするのだった。
「ちょっと、待ったぁあああああ!」
「うわっつ!何々、何事!」
驚いた様子のななと翔は後ろを振り向き、Vサインしている二人の金髪少女が目に入った。
足元を見ると一匹の仔犬がそこにはいた。
「ベスじゃない、ベスがどうかしたの?」
仔犬の名前はベスと言い、ななの飼っているペットだった。少し雲行きが怪しくなっていくなな。
ベスがななの足元に近づき、嬉しそうに尻尾を振っている。
時折、キャイ~ン、キャイ~ンと鳴き声も聞こえた。
冷蔵庫から少し離れたななは仔犬のベスを抱きかかえてお姉ちゃん達の方に体を向き直した。
「もっもっもしかして、実験は成功したの?」
驚きを隠せない様子で質問をしたななに、二人の金髪少女はななに近づいてきた。
翔は冷蔵庫の扉の前でその光景を眺めているのだった。
「今、ななの抱いているベスが証拠だよねぇ、お姉ちゃんっ!」
さなはかなの方に振り向き、返事を待っていた。
かなはななの気持ちを察したのか少し声が低くなった。
「えっえっ、そうなの成功したの。」
まだ驚きを隠せないななはベスの体をあちこち確認している様子だった。
顔から手足、尻尾まで隈なく時間を掛けて・・・
足元に降ろしたベスは元気良く部屋の中を走り回っていた。
「本当に大丈夫なのね?」
真剣な眼差しになったななはお姉ちゃん達に確認したのだった。
「時間経過と検査がまだ残っているけどもう大丈夫だよ!」
そう答えたさなに安心したのかほっとしたのか、ななは地べたの絨毯に腰を下ろしてしまった。
翔がななの近くによって、心配そうに声を掛けていた。
「良かったね、ベスが元気で!」
「う、うん。本当に良かった。良かった。でもっでもっ!」
暫くして立ち上がったななはお姉ちゃん達に方に向かって荒い言葉を発し始めた。
「べっ、べっベスが実験の対象になる時は、私も立ち会うって約束したのに・・・」
怒り顔になったななに対して困惑気味になった二人の金髪少女はお互い顔を合わせてから
ななの方に振り向き、かなが口を開いた。
「この前、ななが立ち会った実験の時に凄いショックを受けていたのを思い出したの・・・」
「だから、ななの居ない内に始めようと二人で相談して決めたの・・・」
ななも本当は分かっていた。自分達の飼っている動物達は実験動物なのだと。
ベスは一番ななに懐いていたし、ななも一番に世話もしていた。
だからこそ立ち会うと心に決めていたのに・・・、いたのに・・・
「さっさっ、さかなのばかっ!!」
そう言葉を残してななは部屋から出てしまった。このさかなと言う言葉はななが二人に対して
怒った時に発する言葉で名前が略されてしまうのだ。
こうなると二人が幾ら誤っても駄目で、翔にお願いをするしか手はなかった。
「翔くん、お願いっ!冷蔵庫のプリン全部持っていっていいから!!」
「うん、分かった!」
かなの声を聴いた翔がいつもの事なのか慣れた口調で返事をし、
冷蔵庫の扉を開けてプリンの入った箱を取り出し、
ななの後を追い掛けるように部屋から出て行ってしまった。
やれやれっと言った感じのさなに対して、かなは心配そうに部屋の扉の方を見つめていた。
「あーあっ、今日もあの特性プリン食べられなかったなぁ・・・」
「そっち!!かい!!!」
それもまたやれやれっと言った感じで、さなは部屋の真ん中にあるソファーに腰を下ろした。
かなは指を銜えたまままだ部屋の扉を眺めていた・・・
さなは携帯電話を取り出し、結果報告を母親にしていた。
「実験成功っと、詳しくは後日にてと・・・」
そう喋りながら文字を打ち込むと送信ボタンを押した。
やがてかなもソファーに座り、二人で暫く談笑をしていると部屋の扉が開いた。
そこにはななとプリンの箱を持った翔の姿があった。
二人の姿を見たさかなコンビは声を掛けようとしたが、急ぎ足でソファーに近づき、
ななと翔は隣同士でソファーに腰を下ろした。テーブルにはプリンの箱も置いて・・・
暫く間が空き、かながプリンの箱を眺めているとななが口を開いた。
「ごめんなさい、私・・・、お姉ちゃん達の気持ちも分かるの・・・」
「もっともっと強くならないと駄目だね、私・・・」
ここの皆は誰だって分かっている。ななが一番感受性が強い事も。ただ実験として研究者として
非情になる事も大切だと分かっては欲しかったのだが、ななには少し早すぎると感じてもいた。
「実験成功したんでしょ!プリン一緒に食べようよ、そしてまだ言ってなかったよね。」
「翔っ!せーのっ!」
「実験成功おめでとうっ!!(翔とななの二人で)」
この中で一番笑顔になったのは、かなで間違いがなかった。
実験と言うものは非情に残酷なものだ。失敗がなければ成功はしないからだ。
その成功もいつするのかも分からない。
生命体の実験。実験動物。そのななも翔も例外ではなかったのだった・・・