~ちょっと君モデルにならない?~ 一言で始まる光の学生生活
湿気が残って蒸し暑く、蝉がちらほらと鳴き出し、目も開けてられないほど眩しい太陽のもと、キャンパス内をふらふらしていた俺は、ようやくその人を見つけた。周りの女子大生と比べて圧倒的に短く、知性を感じさせる髪型。煩くない化粧、肌は白い。目元は切れ長で唇も薄く、冷たい印象を受ける。少し背が高くて、手足が長い、バランスの良い身体をしてる。薄水のシャツと大きめのベルト、薄茶の麻のパンツで、あの人だけ別空間にいるように涼しげだった。
この人しかいないと思った。次の瞬間には、その人の前に飛び出し、叫んでいた。
「俺のモデルになってください!!!!!」
◇ ◇ ◇
「じゃあ布川くん」
「こーへーでいいですよ!」
「布川くん。正直、私はまだ踏ん切りがつかない。何を着ればいいのかも、どのくらいの人に見られるかもわからない。だからまだ、YESと答えるわけにはいかない」
俺…布川幸平はまだ名前を教えてくれないこの人に引きずられて最寄りの喫茶店に訪れてた。いや驚いた。やっべ言葉足りねーと思った瞬間本当にズリズリ行かれた。付いた時ちょっと説教された。俺初対面の人の襟首ひっつかんで引きずる方もどうかと思った。
「まだデザイン途中なんですよねー。お題が制服っていうのは決まってますよ!服完成するのは文化祭一週間…?くらい前で。あ、デザインしてるとこ見ます!?先輩に聞けば人入りもわかるし!行きましょう!」
「行かない。これから友人に付き合う用事あるし…。そうね、布川くんがまた私を見つけられたら考えてあげるわ。それじゃ」
「今度見つけられたら!名前、教えてください!!」
あの人が出て行く間際、そう言った。すると、ちょっと笑って手を振って出て行ってしまった。考える、という意味合いなのだろう。この程度で諦める俺じゃない!絶対また見つける!!そう決意して、残されたレシートを握りしめた。
◇ ◇ ◇
「みつからねぇ~~~!!!」
あれから一週間毎日のように同じ時間同じ場所に行ってみた。いや決して暇じゃない。できるだけ時間を作り、あの場所で(服のデザインしながら)見張ったし、めぼしい通路はチェック済みで友人にも手伝ってもらったが、見つからなかった。ふてくされて今は談話室にいる。机にもたれてぼやーっとしてると、誰かが俺の頭をわしゃっと撫でた。
「こーうちゃん。どしたの?またなんかやらかした?」
「しょーちゃ~~ん!!いやね!俺服出すじゃん!ぴったりのモデルさん見つけたのに、もっかい見つけろって言われたのが一週間前で、まだ見つかんないんだよ~~!!!」
言葉足らずな俺の話を聞いても抱きついてもしっかり受け止めてくれるくるくる金髪のハデ美人。深い藍の瞳と長い自まつ毛、背も高くてシュッとしてる。バレエやってるから筋肉質だけど、細く引き締まった足。腕まくりした白いシャツと七分丈のジーンズがよくお似合い。そんなこいつの名前は宮城翔斗。もったいないが男だ。
「あら?でも前、あたしをモデルにするって言ってなかった?」
もったいないがオネェだ。
「俺二着考えてんの!しょーちゃんとあの人じゃなきゃ駄目なのーー!!」
「幸平、早めに諦めて別の人探したほうがいいんじゃない?人探しに時間潰してたら、お前の才能もったいないよ」
「そうですけど~~この人しかいないって感じたんですよ~~!」
ありがたきお言葉をくれたのは、帝悟先輩。もっさりとした黒髪と丸メガネと無精髭、目つきは悪め。だる~っとした服を着ているが立派な先輩である。しかも、賞を何個も取っている系の。過去のデザインをいくつか見せてもらったが、俺の少ない語彙では表現できないくらいなんていうかこう、神々しかった。以来憧れの先輩なのだ。
「そうだ!隣のキャンパス!あっこ、でかい門以外の抜け道ってあります!?」
「そーぉだなぁー。ああ、前俺の友人が言ってたが、理由は謎なんだが、塀の一部に人がギリ通れるレベルの穴が空いてるらしい。植物研究してるやつらが育ててる草に紛れてるから目立たないし、外側はポスターが貼ってある。見事な隠蔽工作だよ。あるとしたらそこじゃないか…………って、行ったか」
「あたし、行ってきますよ。あの子が惚れた子、見てみたいし」
「おう……お前さんもよくやるね」
「お気になさらず~」
誰もいなくなった談話室で、帝悟は置き忘れられている幸平のデザイン用紙を手に取る。
「……こいつもよくやるわ」
◇ ◇ ◇
「ここで会ったが百年目!!!モデルの依頼!考えてもらいますよ!!!!」
「……まじか」
例の穴から出て、ポスターをめくる途中のあの人の前で俺は仁王立ちをしていた。
「うん……私も考えてんのよ。でもさ、私よりいい人いるんじゃないの?もっと可愛い子なら山ほどいるじゃない」
「いや!貴女じゃなきゃ駄目なんすよ本当!!探してる間も思ってたんですけど、全然イメージ合う人いないんです!」
「あらー熱烈な告白じゃない。美人!頭良さそうだし、よく見つけたわね~~」
穴から抜けてチリを払ったあの人が、しょーちゃんをびみょ~~な目で見る。
「うわハデ……布川くんの……ご友人?」
「一般的にハデなのはこの子も一緒じゃない?」
しょーちゃんが俺を指差す。確かに、明るい地毛とピアスとブレスレットをたくさんつけてればハデな部類なのかもしれない。でもしょーちゃんに比べればそうでもないし!俺はちょっとむくれながら紹介する。
「しょーちゃん!俺の友達!一個上だから二人は……二人は……俺歳も知らない!!」
「はいはいみやしろしょーとです。こうちゃんのもう一人のモデル。よろしく~」
そう言ってしょーちゃんは手を差し出す。握手…握手もしてないなぁ…。俺何も考えてなかったんだな…。そこは申し訳ない。でも引きずられた…うん…もういいや…やめよ。
「やまと。歳同じね。よろしく」
「大和さん!覚えたからね!!大和さんこの後予定ある!?ないんだったら見てってよ、俺の服!」
「暇だし、考えるって言っちゃったからなー」
いいよ、と大和さんが言う。俺は引きずられた仕返し、じゃないが、大和さんの重い荷物をひったくり、気分上々で歩く。紳士的ね、と(しょーちゃんが)呟いていたのが救いである。
◇ ◇ ◇
ついていった先は隣キャンパスの隅っこの部屋。入ると、中心にソファと、囲むようにいくつか机があった。会議室みたいな場所のようだ。布川くんは私の荷物を(口にこそ出さなかったがありがたかった)そっとソファの上に置くと、二枚の紙を持ってきた。
「これです!まず完成予定図!そうだ、二人のサイズ計らなきゃ…いや、高校時代の制服のサイズ、あとで教えて!」
ばったばったと色んなものを出してくる。真っ先に出してくれた紙を見てみる。そこには二種類、男女の制服がならんでいた。一般的なものとはちょっと違ったデザインだった。
「どう?素敵でしょ。あの格好からは想像つかないくらい。書き込みもよく読んで、前向きに考えてあげて」
宮城くんの言う通り、細かい書き込みも読んでみる。そこには、私の学生時代の制服に対する不満を解消する全てが書かれていた。この子は、多分、すごい才能がある。問題点を理解した上でこのデザインを叩き出せるのだ。私は、考えたことがないからかもしれないが、私にはきっとできない。でも、私の昔の望みを叶えてくれている。なら、
「幸平くん、なるべく、やる方向で決定」
文化祭まであと一ヶ月半。
幸平くんは設計図を書いていた。時々私ものぞくが、机に向かう姿は別人のように真剣な目をしている。他の先輩方はすでに終わらせて業者に設計図を渡したのか、のんびりと談話している。翔ちゃんも信じられない…と、端正な顔を歪めて呟いていた。部屋に行くときは差し入れを持っていく。幸平くんは私が部屋に入った時の「こんにちは」と、差し入れを渡した時の「ありがとう」くらいしか喋らない。二人っきりのときは、線が引かれる音が心地よく、私の課題もよく進んだ。
◇ ◇ ◇
「できたぁ~~~!!!できたよぉ~~~!!!」
俺がそう叫ぶと、友達や先輩からお疲れー!や、よく頑張ったなー!などと声をかけられた。ついでに髪もかき回される。たまたまきていた大和さんも口をひらく。
「お疲れ様。あとは、業者さんに渡して終わり?」
「いや、俺が作るよ?」
その瞬間、部屋は荒れた。間に合わないって!とか、もうだめだ祈ろう、とか、せいぜい頑張れよーとか言われる。うん、だって俺は自分の作品に誇りがあるから。一発目は、絶対自分で作りたいんだ。今までもそうだったから。
そのとき、背中をバシッと叩かれる。
「やれよ」
しょーちゃんだった。うぅん男らしい低い声。目付きもなんだか鋭いが、期待に燃えてるようにも見えたのだ。だから、俺は自信を持ってこう答える。
「やるぜ」
ってね。
◇ ◇ ◇
文化祭三週間ほど前の暮れ時だった。その部屋にはもう鉛筆を滑らかに走らせる音はなく、生地にハサミを入れる音、針を刺す音、ミシンの音が響いていた。幸平くんは用事がないからと言って、かれこれ四時間ほどぶっ通しで作業をしている。私と翔ちゃんも何かしらしていたが、もちろん休憩は入れている。結構むちゃするなぁ…声をかけようかと思ったとき、ぐぁあ~~と言いながらのびをした。
「こうちゃんお疲れ様。はい、カフェオレ~」
「ありがとね~。さすがに疲れるわー。肩ばっきばきだよ~~!」
むしろ疲れない方がおかしいのではないかと思ったのは私だけではないはず。
「あと一週間で完成しないときついけど、どのくらい進んだのよ」
「二つとも上はまだいい!サイズもデザインもほぼ一緒だし、もうちょっとで完成。タイは出来てる。でも、下がわらわらしててめんどいんだよ~~!!」
「わらわらって」
「設計図見ればわかるって!!え~~っと、このあたりに…あれ。どこ置いたっけ。しょーちゃん探すの手伝って~!」
はいはい、と面倒くさそうに腰をあげる翔ちゃん。二人が部屋を荒らさない程度にがさがさと探しているのを見て、私はあることが頭によぎった。
「あれ、大和さんどこいくの?」
「用事思い出したのよ。幸平くんのことだから、別の部屋に置き忘れてるかもしれないし、ついでに探してきてあげるわ」
「ありがとー!!いってらっしゃい!」
私たちの文化祭を成功させるために、幸平くんのために、舎内を走る。
「……やっぱり、貴方だったんですね」
その人を見つけるころには息が切れていた。外の壁に寄りかかり、紫煙をくゆらせ、予定図を持っていた。
「帝悟先輩。それ、返してください」
「やっぱり、あんたにはわかるかぁ。あんただけは、俺を見る目付き違ったもん。で、俺をどうする?これは返すよ」
私は密に書き込まれた、幸平くんの女子制服の完成予定図を受け取る。
「それでも訴えることは可能ですよ。これを取って行ったので窃盗ですよ。あと、皆さんの服を見せていただきました。先輩の物もありましたね。あまりにも幸平くんのものと似ていませんか?今回だけじゃなく、前にも見たことがあったんじゃないですか?著作権も侵害してます」
「…あんた、異様に荷物重いと思ったら法学部?…そうきたかぁ、訴えるのは勘弁して欲しいなぁ。簡単に負けそうだ」
「訴えませんよ。貴方は腐っても幸平くんが憧れる人。純粋なあの子の夢を壊したくない。反省して、この時期なので服のデザインを少し変えてください」
「あいつ、多分順番俺の後だぜ。時間的に。そうなると、幸平の舞台は荒れる。そうなったら」
そこまで聞いて、私は少し笑う。こうなってしまったら、それはもう仕方ないのだ。それでも
「幸平くん、折れませんよ。きっと、私たちの想像を超えるものになるって私は信じてます。それじゃ」
帝悟は大和の背中を見送り、煙草を握りつぶして携帯灰皿につっこむ。
「俺も…あの子もか。だいぶ絆されたみたいだな…」
◇ ◇ ◇
「幸平くん、あった」
四十五分程経ったところで、こうちゃんが命の次くらいに大切にしている設計図をひらひらさせて、大和ちゃんは帰ってきた。
「どこにあったの!?」
「別の教室の端っこ。置き忘れてたのね」
「そうか…うん…?…ありがとう!!消えた時死ぬかと思ったぁ~!」
「コピーくらいとっときなさいよ。うっかりさんなんだから~」
「うん!じゃあ行ってくるよ!!」
こうちゃんはダッシュで部屋から消える。消えていく背中を目で追って、遠くへ行ったのを確認してから、あたしは口を開く。
「犯人、誰だったの?」
「…わかってるんじゃない?」
「まぁね。時間が経てば分かるってとこかしら」
「そんなとこ」
大和ちゃんと二人だけだと、随分すらすら会話が進む。
「…そうだ、二人って、どこで知り合ったの?」
そうね、と呟いて目を細める。
「会ったのは、今年の四月半ば。あたしまだこの喋り方と性格出せてなくて、バレエの練習もあったし、一人で帰ろうとしてた時だった。そしたら、横から急に飛び出してきて、お兄さんすっごい綺麗だね!!って。その時はなにこの子、って思ったから猫かぶってかわしたんだけど、時々あたしを見つけてはセンスいいね!とかって褒めちぎってくるの。それが、五月始めくらいに虫の居所が悪くってうるっさいわね!いい加減にしなさいよ!って言っちゃって、心臓が止まったわ。そしたらこうちゃんはちょっと驚いてから笑って、お兄さん、今日も可愛いですねって言ってくれたの。泣きそうだった。それからね、仲良くなったのは。…いつだってあの子は積極的で、純粋で、何事も受け入れてくれる」
「…そっか。良かったね、幸平くんが居て」
ふわりと笑う大和ちゃん。ちょっと前までこんなに笑顔は見せなかった。服の感じも明るくなっている気がする。この子も、こうちゃんに影響されている。やっぱり、色んな意味で彼はとてもすごい。
「大和ちゃんも、あの子と知り合えて損はないでしょ?」
「…確かに」
「なに!?なんの話してた!?俺も混ぜて~~!」
あたしたちは、顔を見合わせて笑った。
◇ ◇ ◇
あっという間に文化祭当日になっていた。結局ギリギリまで調整したけど、本人たちを驚かせたいあまり実物を見せてもいないから、ちょっと満足感は薄めだ。満足しない方がアーティストは伸びると聞いたことがあるのでよかったかもしれない。
みんなで協力して広めの講堂に作ったステージの最終調整をして、周りにマネキンを並べて小さな作品を飾って…そんなことをしていると気づけばもうお昼。控え室で朝のうちに買っておいたサンドイッチをむしゃむしゃ食べていると、二人が来てくれた。
「はよーー。二人はもう食べて来た?」
「もちろんよ。お菓子作りサークルのマフィン、中々美味しかったし…」
「コンビニ食なんてもったいないくらいにね。はい、手土産に男子料理サークルの創作おにぎり」
「わ、美味しそう!さすが見る目ある!いただきます!!」
ビニール袋を受け取って、一つ目の焼きおにぎりのラップをはいでかぶりつく。醤油の味が広がる…と思いきや、ソースが塗られていた。中は炒めた豚肉が入っている。なんというか、焼きそばを思いだす味だ。
「うまい!!スタミナつきそう…ありがとう!」
「相変わらず、美味しそうに食べるわねー。あたしも何個か買っとけばよかった」
「モデルとしての意識が低い!食べ過ぎは厳禁でしょ」
「そうか~じゃあ明日買おっと。そうだ、こうちゃん、あたしたち一回も完成品見てないんだけど、ちゃんと出来てるの?」
「もふぃふぉんふぁふぉ!!ふぁんふぉ、んぐっ…」
三個目のおにぎりを頬張っている最中に聞かれ、答えようとするけどそりゃ喋れない。飲み込んでから言えばよかった!!と思っていると大和さんが水をくれる。
「落ち着きなって」
「ぐむむ………。もちろん出来てるし、びっくりさせたかったから見せてないだけだよ!モデルといっても俺の作品を見る人の一人だから。解説する時間もあるから、ギリギリまで楽しみにしてて!!」
「おい幸平、そろそろ始まるぞ!」
「あ、はーい!!じゃあ二人とも、ちょっと待ってて」
◇ ◇ ◇
幸平くんに衣装渡され、周りの人も一緒に声もあげ(られ)ずに全力で驚き、着替えて、幸平くんからはいいね!を貰い…これから、帝悟先輩の発表になる。さすが、名の知れた人と言うべきか、ドレス調にフリルやを付けたりリボンを大きく、派手にするようなアレンジが施されていた。翔ちゃんは少し目を見開いたが、すぐに元に戻っている。演技力の賜物か、幸平くんに自信があるのか。きっと後者だろう。幸平くんはというと、今までみたことない表情で、驚いているような、絶望しているような…。私が見れたのはそこまでで、すぐに顔を背けて持ち場に戻ってしまった。
舞台袖から見ていると、さも自分がデザインしたかのように話している。病んでる…と思ってしまった。あの服のデザインの機能性をしっかり捉えて話しているあたりがタチ悪い。来賓席の人も先輩に目を付けていたようで、こそこそと話をしている。本当に訴えておけばよかったかな…という考えがよぎってしまった。いけない。
あれだけ言われても、きっと、いや絶対に幸平くんはどんでん返しを魅せてくれる。
「二人とも、そろそろ出番!」
そう信じて、私は立ち上がった。
◇ ◇ ◇
会場がざわめく。それもそうだ。先輩の件もあるんだろうけど…何より、白い半袖のシャツにバンダナほどの厚みで短めの赤紅のネクタイを締め、深縹(こきはなだ。深く、紫が入った紺)のブレザーを肩に担ぎ、同じ色の、裾が少し広くなっているズボンを履きこなす大和さんと、同じく白いシャツに同じタイをリボンのように結び、膝を覆うくらいの長さの、ひだのないロングスカートをふわふわさせながら歩くしょーちゃんのおかげだ。
俺もゆっくりとステージに上がり、かく方面の人にお辞儀して、進む。二人が、よくやらかしたなと言うように笑って真ん中を譲ってくれる。俺はマイクのスイッチを入れて、口を開く。
「こんにちは!!一年の布川幸平です!俺は、誰からも愛される制服を目指してデザインしました!今の制服って、可愛いかったり全員が似合ったりっていう利点はあるんですけど、けっこう生徒からの文句は聞きます。だから、俺はそこに目をつけました。大和さんちょっと出て!ありがとう!タイの説明は後でまとめてします。男子側はあまり聞かないんですけど、やっぱり長ズボンが暑い!が多いです。文化祭の時期に合わせて夏用を作りました。生地は泥の跳ね返りも気にして、汚れが落ちやすくて、通気性が良いやつを。あと、ふくらはぎの真ん中あたりから裾まで、違和感がないくらいに広げてあります。よく見る折り返しをしても締められることはありません!」
少し、休憩を入れる。話し声がちらほらと聞こえてくる。少しでも記憶に残って欲しいなと思いながら、再度マイクを握りしめる。
「次翔斗さん前出てー。女の子はよく文句が出てました。まずポケットが片側にしかない!これはもう両端につけてあげました。一個はやっぱり少ないですよ。持ち歩くもの多いしね。二つ目が、スカートがめくれる、です。短くしたいのはわかるけど、それならめくれることに対して文句は言っちゃいけません。なので、少し長くした上で、カーテンの端っこみたいにちょっと重りを入れてます!よほどの強風じゃない限りめくれない!はず!最後に、そもそもスカートが嫌!これは、内側に付けた布といくつかのスナップボタンで再現しました!これで駄目だったら俺の手には負えません。企業にバトンタッチするしかないです。最後に男女共通な点です。シャツにももちろんポケットに、透けないけど通気性重視の生地使ってます。タイは薄くてどこにでも巻けるので、腕に巻こうが足に巻こうがこの通り自由!女子がネクタイ結びすることだってできます。色にもこだわって、タイが赤紅、ズボンなどは深縹っていう、肌によく馴染んで綺麗な日本の伝統色にしました」
二人は俺が言ったことを実演して見せてくれて、とても頼もしかった。しょーちゃんがふざけてタイでねじりハチマキを作り、大和さんにつけさせようとしていたのも、会場の高校生にはよくウケている。ラストスパート。俺は背中を二人に小突かれる。ありがとう。深呼吸して、最後、一番伝えたかったことを、
「最後です。俺は、あえて二人に男女逆の制服着てもらいました。変なことをして強烈な印象をつけたかったわけじゃなく、ちゃんと意味があります。LGBTが最近よく言われてますよね。あれ以外にもたくさん嗜好はあります。女装が好き、男装が好きというのもその一種です。そんな人にも制服を好きになってもらえるように、どんな人にも着てもらえるように!正直、どっちがどっちの制服を着たっていいと思います!そもそもどっち、というのがある時点でおかしい。いつだったか、イギリスで半ズボンを禁止された男子学生が全員スカートをはいて登校したという話もあります。だから、俺は制服がもっと自由なものになればいいなと、もっと制服で自分を表現できる人が増えたらいいなと、そう思いながら作りました!!」
◇ ◇ ◇
圧倒的だった。何がと言われたら、考えの深さが。先輩のコメントなんて比じゃないくらいに。あの人懐っこい笑顔の裏ではこんなにもたくさんのことを考えていたのだ。
気づくと私は拍手をしていた。たった二着で大きなメッセージ残した彼を、純粋にすごいと思った。翔ちゃんは、幸平くんを揺すり、すごいよぉと泣きながら拍手している。可愛がっていた弟の成長をみたような心境だろうか。
拍手は会場全体に広まった。時間がきて、私たちが舞台裏に下がった後も拍手はしばらく響いていた。
舞台裏ではしばらく幸平くんが先輩方(翔ちゃん含む)のおもちゃと化していた。肩を叩かれて組まれて髪をぐしゃぐしゃにされて…。私たちのところに帰ってきた時にはぼろぼろだった。
そして帝悟先輩が、幸平くんに近づく。
「……悪かった。そして、お前には完敗だ」
先輩は幸平くんに頭を下げた。とても深く。幸平くんは何を言うのだろう。そう思った矢先、彼は眩しいくらいの笑顔を見せる。
「いいんですよ!俺、先輩のやつ潰しちゃったような気もするし。綺麗だったのに。先輩、スランプかなんかなんですよね。俺先輩の作品、大好きなんですよ!繊細な色使いとか、細部までこだわってるところとか。また次の発表会で俺に背中、見せてください!」
先輩は、顔を上げたかと思うと、すぐに下げて目元を押さえる。
「こいつぁ、俺には、もったいねぇや…」
「先輩こそ、俺にはもったいないですよ!!」
ぐっと顔をあげて、幸平くんの肩を叩く。
「次、すげーの見してやる。負けないからな」
「はい!!!」
それから、発表会は終わり、控え室には続々と人が来た。企業の人から、高校生が話を聞きにきたり、モデルさんに握手を求めにきたり…。私と翔ちゃんの話だけど、本当のモデルの依頼まであった。断ったけどね。幸平くんはたくさんの人の相手で忙しそうだった。笑顔を絶やさない彼は太陽のようだった。デザイン業界にとっても、私たちにとっても。
◇ ◇ ◇
軽い打ち上げが終わったあと、俺はどうしても気になっていたことを聞いた。
「大和さん、大和さんの下の名前ってなに?撫子とか?ラインのやつはK.ヤマトだったから違うか。桔梗とか?」
「そういえばあたしもナチュラルに呼んでたけど…」
そう言うと、大和さんはひどくおかしいものを見るような顔をした。俺なんか変な事言った!?
「気づかなかったの?私の名前は木立大和よ」
「マジで!?俺本当に気づかなかった!!かっこいい名前!」
「撫子よりずっといいと思うわ!あたしのと交換してほしいくらい!」
「翔ちゃんは普通にかっこいいじゃない?」
「俺!俺の名前は!?」
「こうちゃんはね……」
こうして、時間は過ぎていく。対してすごいことにではない。くだらないことに、俺が考えたあの制服たちのように、あたり前なことに。
◇ ◇ ◇
気づくと、あの文化祭からしばらく経っていた。本当に、気づかないうちに、という感じで。課題に追われ、テストに追われ…。幸平くんも忙しいのか、いや、いつもあの子は忙しそうだった。連絡もなかった。
翔ちゃんは暇あれば連絡してきたし、連休が合えば遊びに行ってたけどね。
十一月が終わろうとしたころ、私は幸平くんと出会ったキャンパスをとぼとぼと歩いていた。もうあの時から季節はだいぶ変わって、コートがいるかな、というくらい寒い。
暇だなぁ…と、ぼーっとしていると、木陰から黒い人が走り出てくる。
もしや
「大和さん!もう一度俺のモデルになってください!!!!!」
飛び込んできた懐かしくてめちゃくちゃな誘いに、私は笑顔を作って答えるのだ




