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別れ(1)

 ナトが王都に帰るまで、残すところ四日となった。ロビー宅での食事会のあと、完全にとはいかないが、ナトは元気を取り戻したようだ。


 いつものように、オクス達は森で狩りをしている。


 オクスが鹿を狙って弓を構え、矢を放つ。矢は淡く黄色い光を発している。矢は鹿の臀部に当たり、鹿が痙攣したかと思うと、気絶して倒れた。


「よし! 今日も命中した」

「ケツにぶっ刺して喜ぶヤツがいるか! ナトちゃんの魔法がなかったら、逃げられてるぜ」


 口では文句を言っているが、ロビーの顔は嬉しそうだ。


 村に帰ったら、鹿を解体する。オクスが慣れた手つきで、ナイフを使って鹿の肉から皮をはいでいく。

 村での生活を始めて三週間と少し、毎日のようにこなしていれば板につくものだ。


 相変わらずナトとあまり喋れなかったが、そばにいることはできたので、オクスは満足していた。

 

 ナトが王都に帰るまでこの生活が続くとオクスは思っていたが、その日の夜に事件は起きた。


 静かな夜の村に突如として、カンカンカンカンと異常を知らせる規則的な鐘の音が鳴り響く。

 鳴り続ける鐘の音で目を覚ましたオクスは、扉越しにロビーに呼びかけられた。


「オクス、起きたか⁉ 行くぞ!」


 ロビーとオクスは家を飛び出す。


「ロビーさん!」

 村の青年がロビーを見つけると、駆け寄ってきた。


大狼(デハドウルフ)です! 村の西側にいます。数人が、火でけん制しています!」

「急ぐぞ!」


 ロビーが急き立て、オクスは共に村の西側に向かう。

(デハドウルフ? ウルフってことは狼か)


 季節によって仕事が減る猟師たちは、村の自警団の一員でもあった。村に災害が発生すれば、いち早く対応する役割である。


 村の西側に来ると、先に来ていた自警団の村人たちが人だかりを作っていた。オクスは人だかりの隙間から、この騒動の原因である大狼の姿を見た。通常の狼を想像していたオクスは、考えを改めさせられる。


 外見は狼だ。間違いなく。だが、大きさが異常だ。大狼は三匹いて、そのうちの一匹は他の二匹に比べれば小さいのだが、それでも通常の狼に比べて二倍以上の大きさだった。


 たいまつを持つ人だかりとたちは、木の柵を挟んで睨み合っていた。先に動いたら負けとでも言うように、お互いにじっと相手を見据えている。


「この辺に怪物(モンスター)はいないはずだが……。隣の国から迷い込んできたのか? こりゃあ、犠牲を出さないと無理かもな……」


 普段よく軽口をたたくロビーだが、大狼を見たオクスはそれが冗談ではないことを瞬時に理解する。


「俺に任せてくれませんか?」

「はぁ?」


 予想外の言葉を聞いたロビーはオクスの問いかけに、冗談を言っている場合ではないという意味を込めて聞き返す。


 返事をせず、返事を聞かないままオクスは、その場の地面を蹴った。

 オクスは大人の背丈以上ある柵を飛び越えて、大狼たちの前に着地する。


「これは夢か?」


 信じられないものを見たロビーが、思わず声を出す。

 目の前にいきなり現れた青年に、人だかりを作る人々も驚きの色を隠せない。

 一方の大狼たちは、新たな敵の登場に警戒を一層強くし、低いうなり声を上げる。


(うぅ……緊張する……)


 恐怖を感じる初見の生物を目の前にし、人だかりに注目されているオクスは緊張していた。歯はガチガチ鳴り、足はガクガク震えている。それでも、やるべきことを論理的に考える余裕はある。


「さて、まずは大きいのから」


 そう言うと、オクスは消えた。正確には消えたように見えた。

 ずるり、と大狼のうち一匹の首が、ゆっくりと地面に落ち、胴体も遅れて倒れる。断面からは血が流れだす。

 首が落ちた大狼の横には、オクスが立っていた。


(やべっ、強すぎた。殺すつもりはなかったのに……。しゃーねぇ、次だ)


 思い通りにいかなかったが、自分の攻撃が通用したことにオクスは安堵していた。


 オクスがまた消え、今度は別の大狼が悲鳴のような声を上げて悶える。その横にはやはりオクスが立っていた。

(今度は弱すぎた。これくらいか?)


 さっき声を上げた大狼が、地面に倒れ伏した。


(よし! 最後)


 間もなく、残っていた最後の一匹もくずれ落ちた。その横にはオクスだ。

 大狼の首を切り落とし、気絶させたのは、オクスの手刀だった。


 初めての大仕事でかつ人前ということもあり、大狼を倒したオクスの心臓は高鳴っている。

(もう終わっちまった。なんかこれ、作業だな……。全然、楽しくない……)


 オクスは無事にやり遂げたことにホッとはしていたが、楽しいとか嬉しいという感情は一切湧かなかった。


 人だかりを作っていた人々は、呆気に取られていた。無理もない。青年が目の前に現れたと思ったら、大狼の首が落ちた。今度は別の大狼が悲鳴を上げたと思ったら、二匹が立て続けに倒れたからだ。

 しかも、それぞれの大狼の横に、オクスの姿が見えたのだ。


「な、何が起こったんだ?」

「夢だろ。皆同じ夢を見てるんだよ!」

「消えたよなあいつ、消えたよな⁉」


 人だかりに交じっていたロビーも同じような気持ちだ。

「あの時の感覚に似ているな……」


 何が起きたのかを必死に整理しようとしている面々に向けて、大狼がいた方向から声がした。


「ロビーさん! 一匹は殺しちゃいましたけど、残りは気絶してます。どうしますか?」


 声をかけられると思っていなかったロビーは驚いた。だが、すぐに返すべき言葉を考え、皆の注目を浴びながら大きめの声を発した。


「残りも殺してくれ。生かしておいても、俺たちにはどうすることもできない」

「わかりました」


 狩りでいつも獲物にしているように、持ってきたナイフで気絶している二匹の首を切り、致命傷を与える。


(親子だったんだろうか)

 大狼たちの大きさの違いから、オクスはそんなことを考えていた。


 大狼の死体は、オクスと他数人で片づけた。その間、残りの自警団は村の柵に異常がないことを確認する。まだ、別の大狼がいるかもしれないからだ。


 国の治安を維持する騎士団に知らせるために早馬も出された。村に一番近い町から兵士が派遣されるまで、自警団は交代で村を見張ることになる。見張り番が日中に決まったオクスは再び床に就いた。


 デハドウルフによる騒動で、ナトが帰るまでの狩りは中止となった。手もち無沙汰となったナトは、魔法で村の人々の困りごとを解決するという仕事を始めた。オクスは日中の村の見張りだ。


 オクスは見張りに向かう途中、村の人々と顔を合わせるが、皆の態度がよそよそしくなったように感じた。異常な力を持つオクスを恐れるという、以前危惧していたことが現実となったのだ。だが、それを覚悟でデハドウルフを退治したオクスは、深く考えないようにしていた。自分も村人の立場であれば、そうなってしまうだろうと。ロビーは相変わらず、いつものように接してくれていた。


 村の見張りを始めて二日目、見張りを終えて家に帰ってきたオクスは、ロビーに呼び止められた。話があるらしい。

 ロビーと一緒に台所に向かうと、ナトがテーブルについていた。この光景は二度目だ。前回と違うのは、ナトが民族衣装ではなくローブを着ていることだ。


「さて、色々と忙しくて話を聞けなかったが。まずは、お前の力について教えてくれ」

「……力を確認したのは、ロビーさんやナトちゃんと会った日の次の日だ。ほら、俺が森の木を切った日だよ。俺がわかってるのは、力が異常に強いこと。体が異常に頑丈なこと。頑丈だからか知らないけど、痛みを感じにくいこと。熊を飛ばしたのは、たぶん俺だ。……そんなところかな。……ああ、体力とか持久力も異常だと思う」

「なんで隠していたんだ?」

「……目立ちたくなかったから」


 ロビーは察したのか、それ以上理由を聞こうとはしなかった。


「俺には教えておいてほしかったな。狩りも、もっと楽になったのによ」

 ロビーは冗談っぽく言ったが、オクスには笑えなかった。


「それで、話は変わるがお前の今後のことだ。この村にいてほしいと思っていたが、お前がそれだけの力を持っているなら話は別だ。お前みたいなのがいると俺たち猟師の商売あがったりだからな」


 ロビーがちらっとナトの方を見た。


「で、ナトちゃんから聞いたんだが、お前、世界を旅したいんだって?」

 オクスは答えず黙っている。


「でもよ、旅をするにも、強いに越したことはないと思わないか?」

 会話の方向性が変わったのに合わせて、オクスの顔が不思議そうな表情に変わる。


「ナトちゃんが襲われそうになった時の熊への対処とか、デハドウルフの首を落としたことといい、お前はまだまだ未熟だと思うし、お前もそう思ってるんじゃないか?」


(……その通りだ)


「そこでだ、俺は強い男を知っている。いや、お前みたいに力が異常に強いわけじゃない。技術がすごいんだ。なにせ、この国の兵士の指南役だからな。その人に教えを請いたいと思わないか?」


 オクスはとても興味をそそられる。


「その人は王都にいる。お前が王都に行くとなると、住む場所と仕事が問題になってくるわけだが」


 ロビーがまたナトの方を見る。


「そこでナトちゃんの登場だ。ナトちゃんはご両親を亡くしていてな、王都では広い屋敷で一人暮らしをしていたらしい。治安の良い王都と言っても女の一人暮らしだ、何かと心配ごとがあるだろう」


 オクスには、直前の話とのつながりが理解できなかった。


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