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大切な本(3)

 オクスがナトの部屋を訪ねた次の日から、ナトの様子がおかしい。どうも元気がないのだ。オクスやロビーが心配して理由を聞こうとするが、ナトは大丈夫と言って話そうとしない。


 ナトの部屋での会話が原因だろうとオクスは思っていたが、理由を特定できずにいた。


 そのまま一週間が経ち、三回目の休みの日となった。ナトから借りた本だが、オクスはほとんど読めていなかった。なぜなら、狩りが終わって部屋に帰ったころには陽が落ち、暗くて読めないからである。


 ろうそくやランプを灯せば本が読めるだけの明かりを得られるだろうが、居候の身で消耗品を消費するのは、はばかられた。狩りに出る日は朝が早く、早めに寝ていたというのもある。

 

 そこでオクスは、休みであるこの日に、本を一気に読むことにした。せっかく大切な本を貸してくれたのに、読まずに返すのはナトに申し訳ない。元気がないナトに読まずに返せば、ますます悪化するのでは、という心配もあった。


 本の内容はというと、男女の出会いから始まる。この本が特殊なのは、男性は人間なのだが、女性が猫というところだ。猫と言っても言葉を発し、二足歩行で服は着ているらしい。


 猫の女性はその外見から、人間による迫害を受ける。しかし、男性がその女性を守りつつ、ついには猫人間を始めとした亜人に対して、迫害のない国を建国。最後はその男女が結ばれるという物語である。


 前世のオクスなら猫人間などいるはずがなく、ファンタジーな物語だという感想を持つだろう。だが、ナトの言ったこの国にまつわるという言葉、そして、猫耳としっぽを持つ人間がいるという事実。それらから、猫人間は実際にいたのだろうとオクスは解釈した。


 随所に猫の女性を守る男性の美談が出てくるたびに、オクスは(女の子ってこういうのに憧れるのかな?)と思いつつ読み進めていた。


 そして、暗くなる前までになんとか本を読み終えたオクスは、懸案としてあと回しにしていたことを考えだした。


(ナトちゃんの卒業試験が終わったらどうしよう……。ナトちゃんと一緒に王都とやらに行くか? それとも、旅に出るのか、この村に残るのか……)


 この村に残る以外の選択肢は、現状のオクスにはハードルが高かった。王都につてがあるわけがなく、ナトについていく大義名分もない。旅に出るにも情報が少ないし、ナトを連れていくことはできない。


 読んだ本に感化されたオクスは、荒唐無稽なことを考える。

(俺もナトちゃんと国を作りたいよ)


 いつの間にか眠っていたオクスは、ノックの音で目を覚ました。


「オクス寝てるのか? 飯だぞ」


 ロビーに促され、目をこすりながら台所へ向かう。

 台所に着いたオクスは、そこにいた人物を見て一気に目が覚めた。


「ナトちゃん⁉」

「お邪魔してます」


 と言いつつナトは頭を下げる。ナトの格好は、以前ナトの部屋で会った時と同じ民族衣装だ。


「何してんだオクス、早く座れよ」


 ロビーに言われ、オクスは食卓についた。食卓にはいつもより豪勢な料理が並ぶ。

 頭が回りだしたオクスは、ナトがここにいる理由に見当をつけた。


(ナトちゃんに元気がなかったから食事に誘ったのか)


 ロビーがナトに話しかける。


「ナトちゃんにはいつも世話になっているよ。ありがとな」

「いえ、そんな私なんて……。いつも皆さんの足を引っ張ってしまって……」

「そんなことないよ。なあ、オクス?」

「うん。ナトちゃんのお陰で、すぐに獲物を見つけられるからね。ナトちゃんがいなかったら、たぶん一匹も獲れてないよ」

「おいおい、そりゃ俺たちに失礼だろ」


 オクスが笑いだし、つられてロビーも笑う。ナトも笑っているのを見て、オクスは少し安心した。


「ほら、あんたたち。喋ってないで、せっかく作ったんだから、温かいうちに食べてよね」


 奥さんに言われて、全員が料理を食べ始める。

 食べながらロビーがしみじみと喋りだした。


「ナトちゃんともあと少しか。あっという間だったな。ナトちゃんがいる間に、獲れるだけ獲っておかないとな」


 話していたロビーが何かに気づいたように、今度はオクスに話しかけてきた。


「お、そうだ。オクスはこの村に残るんだよな? どうせ行くところもないし、決めてもいないんだろ? お前は見た目のわりに体力あるし、うちは歓迎だぜ」

「そうねオクス君がいると助かるかも」

「……俺は――」


 ロビーと奥さん二人の言葉を聞いて、オクスは嬉しかった。自分の考えを述べようと口を開きかけたが、ナトの言葉に遮られる。


「そうした方が良いです!」


 勢いのある言葉に、オクスは続きを言いだせなかった。


「まあ俺たちに子供ができて大きくなったら、お前には家を作ってもらって、この家を出てもらうけどな」


 笑いながら言うロビーに、ナトが聞く。


「ロビーさん達のお子さんが生まれたら、会いに来てもいいですか?」

「当然。子供ができたら手紙を送るよ。そもそもさ、いつでも遊びに来てくれていいんだぜ」

 といった感じに、別の話題へと切り替わっていった。


 味つけのことだろうか、ナトが料理について奥さんに頻繁に聞いていたのが、オクスの印象に残っている。


 結局、オクスは自分の考えを言えないまま、ナトを招待した食事会は終わってしまった。


「今日は呼んでいただいて、ありがとうございました。とてもおいしかったです」

「ああ、明日からまた頼むぜ。オクス。ナトちゃんを宿まで送ってけよ」

「もちろん。お姫様、エスコートさせていただきます」


 オクスは軽く上げた右手をお腹あたりに持っていきながら、ナトに向かって西洋風のお辞儀をする。


「ブッ! 似合わないな!」

「うるせぇ!」


 ナトはそのやり取りを見て笑っていた。ロビーに笑われても問題はない。ナトに喜んでもらえれば良いのだ。


「あ、そうだ。ちょっと待ってね」


 お姫様という言葉で、ナトから借りた本のことを思い出したオクスは、部屋から本を取ってきてナトに渡す。


「はい。読み終わったから返すよ」

「どうでした?」


 ナトが恐る恐る聞いてくる。

 オクスは歩き出しながら、ナトの質問に答える。


「一人の女性を守るために国を作るってすごいね。あとは、主人公が猫の女性を守る場面がたくさん出てきて印象に残ってるかな」

「そうですよね! あ、ありがとうございます」


 途中にあった入り口の扉をオクスが開けて、扉を持ったままナトを通し、扉を閉めるという紳士的な行為があった。ナトは本を大事そうに抱えながら歩く。


「特に主人公が危機に陥ったお姫様を助け出す場面、私すごく好きで――」

 それから宿屋の近くまで、本の内容を熱く語るナトの話を、オクスは頷きながら聞いていた。


(よっぽどこの物語が好きなんだな)


 普段大人びたナトが見せる幼い一面を見て、オクスは微笑ましかった。


「だから……、あ……、ごめんなさい。私、夢中になっちゃって」

「本当にその物語が好きなんだね」

「はい。お姫様を救った主人公にすごく憧れます。……オクスさんのような」

 小さな声で呟いたナトの最後の言葉は、夜風にかき消けされ、オクスの耳に届くことはなかった。


 宿屋に着くと、ナトがお礼を言ってきた。


「今日は本当にありがとうございました。ロビーさん達にもそうお伝えください」

「うん、伝えておくよ。じゃあまた明日ね。おやすみ」

「はい。おやすみなさい」


 オクスは家に帰りながら、今後のことを考える。


(やっぱり村に残るのが一番現実的かあ。ナトちゃんにも、たまには会えるだろうし。……ナトちゃんと過ごせる残りの時間は大事にしよう。うん)


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