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大切な本(1)

 オクスが村に来て五日目。この日もオクス達は狩りに出かける。


 狩りの休みは一週間に一回だ。通常、村の猟師の休みはそれよりも多いが、魔法が使えるナトがいる間にできるだけ獲物を獲っておきたいからだ。ただ、探索魔法で獲物が見つからない時は、すぐ村に帰るようにしている。早めに帰った日にオクスは、弓の打ち方や獲物の捌き方などの狩猟技術を教えてもらう。

 休みだった話し合いの日から、一週間は続けて狩りをすることになる。


「今日はこの辺にするか。ナトちゃん頼む」

「はい。<広域探索>。対象、怪物(モンスター)および狼」


 森に入ったロビーたちは、狩りに適当な場所へやってきた。ロビーの指示でナトが探索魔法を発動する。


「いないみたいです。次は熊を調べます」


 熊も魔法の範囲内にいなかった。最後は鹿だ。

 怪物と狼、熊、鹿の順に探すのは、安全を確保するためである。


 怪物とは人間に害を成す超常の生物で、この世界にはそれが存在するらしい。オクス達がいる国では定期的に怪物掃討が行われ、人間が住む場所の近くには、ほとんどいないそうだが。怪物がいた場合は問答無用で逃げ、国の治安維持組織に報告する必要がある。

 狼や熊が複数いれば危険なため場所を変える。狼が一匹の場合も、近くに群れがいる可能性があるので場所を変える。熊が一頭であれば狩る、といった形だ。


「範囲内に鹿が一頭ずつ、計三頭いました。どうしますか?」

「じゃあ、二手に別れよう。三頭のうち二頭をそれぞれが獲る。獲り終えたらここで合流だ。ナトちゃん、三頭の中で大きかった鹿の居場所をあっちに教えてやってくれ。それと、雷特性の付与、一刻で十分だろう」


 ナトが別の班の猫耳男二人から一本ずつ矢を受け取ると、それぞれに同じ言葉を呟く。

「<雷特性付与>。三級。発動条件、人間以外の動物との接触。一刻維持。対象、矢」


 魔法をかけられた矢は、淡い黄色の光を放ちだした。

 雷特性付与という魔法は、雷の特性を対象に与える魔法だ。一級が最も効果が大きく、級が下がるほど効果が小さくなる。同じ級でも個人差があり、ナトの三級は熊を気絶させるほどの威力である。


 魔法をかけるナトを見ながら、オクスは考えていた。

(一日に何回も魔法を使うけど、MP(エムピー)は大丈夫なんだろうか。MP(エムピー)って言うのか知らないけど。いつも聞きそびれるんだよな)


 ナトが魔法をかけ終えると、ロビーが気合を入れるように声を発した。

「俺たちはもう一匹のデカいヤツを獲るぞ。ナトちゃん頼む」


 ナトを先頭に歩き出す。先頭といっても、いつ猛獣が出てきてもいいように、オクスがナトをかばうように付いて歩く。ロビーは後ろを警戒しながら二人のあとを進む。


「このあたりのはずです」

 鹿がいた場所に着いたようだ。ロビーが足跡や糞などの痕跡から移動先を探る。結果が分かるまで時間が掛かかるナトの探索魔法は、できるだけ使わないようにしていた。


「いたぞ、あそこだ」

 ロビーが小声で呟きながら鹿を指さす。鹿は風景に溶け込んでいて、ロビーに言われなければオクス達にはわからなかっただろう。


(やっぱり何か違うんだよな)

 鹿を見たオクスは何かが引っかかる。前世で見た鹿と何かが違うのだ。もしかすると、最初に見た熊も、前の世界の熊と違ったかもしれない。


「オクス。射てみるか?」

 ロビーが小声で聞いてきた。

「ん? ……ああ」

 前世の記憶を思い起こしていたオクスは生返事をする。


 狩りが終わったあと弓の練習をしていたオクスは、射たうちの何本かは遠くの的に当たるようになっていた。


(何事も経験だ)


 ナトに矢を一本渡し、雷特性を付与してもらう。致命傷を狙う必要はない。体のどこかに当てればいいのだ。


 鹿の少し上を狙い、弦を引き絞って弓を構える。鹿は都合が良いことにあまり動かない。

 オクスは張り詰めた弦から手を離し、矢を放った。放たれた矢は、鹿の――少し上を通り過ぎ、奥の茂みへ吸い込まれる。矢が茂みに飛び込んだ音に驚いた鹿は、慌てて逃げ出した。


「かぁ、おしい! 追うぞ!」

 ロビーの掛け声で三人が一斉に鹿を追う。


 鹿を追いこんだところで、ロビーが雷特性を付与した矢を当て、鹿を気絶させた。

 ロビーが短剣で鹿の首のあたりを切り、止めをさす。


「ナトちゃん、鹿を冷やしてくれるか?」

「はい」

 ナトが冷却魔法で鹿の体温を下げる。鹿の腐敗を防ぐためだ。


「村に帰ってからまた弓の練習だな。けど、いい線いってたぜ」

 いかにも一仕事終えたという感じのロビーが、オクスに言った。慰めているようだ。


「ロビーさん、終わりました」

「よし! じゃあ、オクス運んでくれ。冷たいからこれ使え」


 ナトが冷やし終わったので、オクスに鹿を運べということだ。オクスに向かってロビーが皮の手袋を投げる。


 鹿を持ったオクス達は合流地点に向かう。丁度良い機会だと思ったオクスは、ナトに質問した。


「ナトちゃん」

「はい」

「あのさ、魔法を使うと、エム……何て言うのかな……、何か消耗するの?」

「魔力のことですか?」

「魔力って言うんだ」


(すごく普通だったな)


「一日に何回も使うから、魔力がなくなったりしないのかなって思ってさ」

「魔力が切れることはほとんどないですね。自然に回復しますし」

「俺にも魔力はあるの?」

「はい、命を持つものは全て魔力を持つとされています。オクスさんにかけている翻訳魔法は、オクスさんの魔力を使っているんですよ」


「矢にかけた魔法はどうなんだ?」

 ロビーが興味津々に聞いてきた。


「矢は魔力を持っていないので、私の魔力を矢に込めるんです。だから、オクスさんにかけたような魔法は永続化できるのですが、矢のような物にかける魔法は途中で解けてしまうんです」

『あ~』

 納得したように、オクスとロビーが声を上げた。


 そのあと、オクスたちはもう一頭の鹿を仕留めた別の班と合流し、村へ帰った。

 村に帰ったあとオクスは、鹿の捌き方を恐る恐る教わり、最後は弓の練習をして一日を終える。


 一週間をこんな感じで過ごし、初めて休みを迎えたオクスは、極度の疲労からその日のほとんどをベッドの上で過ごした。常人離れした肉体のおかげで身体的疲労は皆無だが、精神的な疲労が大きかった。

 初めて経験することが多く、また、熊や狼などに注意を向けてナトを守るために、常に緊張状態でいた。さらに、転生後の肉体からすれば年上である猟師たちに気も遣うためだ。ナトに嫌われないように振る舞うことも疲労の理由の一つ。それなのに、狩りの時はいつもロビーが付いていて、あまりナトと二人きりで喋ることはできなかった。


 オクスが村に来て二週間が経ち、二回目の休みの日となった。狩猟生活に慣れてきたのか、オクスは外に出かけるほどの余裕があった。前世から山に登ることが好きだったので、村から見える山に登ってみたいという考えを実行に移す。気分のリフレッシュに最適だ。


 ロビーに山へ登って来ると伝えたところ、暗くなるまでに登って降りてくることはできないと言われた。オクスは「行けるとこまで」と言い残し、既に村から結構な距離がある山の麓に到着していた。


 人並み外れた強靭な脚力で、人が登らないのだろう、道なき道を通って山をスイスイと登っていく。疲労を感じないので、足を止めることはない。前世の記憶がそうさせるのか、普通の体だと落ちればただでは済まない場所は慎重に行動する。それでも普通の人が登るより何倍も速い。


 山頂に近づくにつれ植物が少なくなり、岩肌がむき出しの部分が多くなってくる。そして、そう時間も経たないうちに、オクスは山を登り切った。


 山頂からの絶景にオクスは息を呑む。

 空は濃い青色で雲がほとんどない快晴。見渡す限り岩肌がむき出しの山々が連なっていた。いくつかある高い山は、頂上付近に雪をたたえている。山々の頭以外を覆い隠すように広がるのは、綿あめのような霧だ。


 絶景に奪われていた心を取り戻し始めたオクスは、ロビーが言っていたことを思い出す。と同時に山頂の気温が低いことに気づいた。


(この山々の下にヒフ族ってのがいるんだっけ? ……ううっ、寒いな)

 体温を上げようと、身体がブルッと震える。


(風邪ひかないうちに帰るか)


 山を降りながらオクスは、山頂からの眺めを思い返していた。

(この世界には、あんな景色が他にもあるんだろうか)

 

 オクスは知らない初めての土地を訪れるのが好きだった。山登りもその一環だ。登ったことがある山に、もう一度登るのはあまり好きではない。


(この世界を巡る旅をするのもいいかもな)

「うおっ⁉」


 考えながら山を降りていたオクスは、切り立った崖で足を踏み外してしまう。両足が投げ出され、ソファーに勢いよく腰掛けるようなポーズで落下し、お尻から岩に着地した。普通の人間なら骨折する高さを、である。


「いてててて……痛くないけど」

 特にケガもなかったお尻をさすりながら、オクスは心底この身体で良かったと思っていた。


(この身体に感謝だな)


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