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確認(2)

「力が強いだけじゃ駄目なんだよ……」


 青年が思い返したのは、ナトが熊に襲われそうになった場面だ。

(ロビーの声が聞こえるまで、俺は何もできなかった……)


 ナトが襲われそうになった時から村に帰るまで、表には出していなかったが、青年はずっと自分の行動を反省していた。

 そして失望していた。好意を寄せる少女に危険が迫っていたのに、すぐに体が動かなかった自分に。


 結果として少女は助かったが、たまたま青年が常人離れした力を持っていたからだ。青年の身体能力が低ければ、結果は悪い方へと転んでいただろう。青年が通常の身体能力だったとしても、熊が現れたあとにすぐ動けば、ナトをかばうのは容易だった。

 結局、運が良かっただけだと青年は痛感していた。


(どうだったら動けたんだ? やっぱり経験か?)

 青年の前世の記憶に、熊と遭遇したという経験はない。


(死ぬまでの三十五年、それなりの経験を積んできたつもりだったけどなあ)


 当面従事する狩りの手伝いも、良い経験になるのは間違いないと青年は思った。そして、ナトと一ヵ月は一緒に行動できることを再認識した青年の顔がほころんだ時、聞いたことがある声が聞こえてきた。


「名無しさーん」

(おいおい、ついにナトちゃんの声の幻聴がするようになったか)


「名無しさーん」

 さっきよりも大きく聞こえる。


(何だ本物じゃないか。というか、ナトちゃんにまで名無しが伝染してるし。まあ、他に呼びようがないもんな)


 声が聞こえてきた方向に目を向けると、こちらに向かってくるナトの姿が見えた。

 青年にとってその姿は、暗い森の中にひっそりと咲く一輪の白い花のようだった。


「名無しさん!」


 ナトも青年を見つけたのか表情が明るくなり、小走りで駆け寄って来る。

 それを見ていた青年の鼻の下は、完全に伸びきっていた。ナトが近づくまでに表情を作り直し、立ち上がった青年は、ナトが目の前に立ち止まるのに合わせて質問した。


「ナトちゃん、なんでここに?」


 息が上がっていたナトは、呼吸を整えながら答える。

「ロビーさんがそろそろ話し合いをしたいと仰って。それで行き先がわからなかったので、探索魔法を持つ私が呼びに来たんです」


「ごめん。森に君を来させてしまって。そんなつもりはなかったんだ」

 呼吸が落ちついたナトは、笑顔でこう言った。

「大丈夫です。いざとなったら名無しさんが守ってくれますし」


 最初に自分に頼ってくれて嬉しいという気持ちが湧き上がったが、すぐに、ナトが襲われそうになった時、体がとっさに動かなかったことを思い出す。ナトの言葉はトゲとなって青年の心に突き刺さった。


 押し黙った青年の気持ちを知ってか知らでか、青年の後ろにたくさんの木が倒れていることに気づいたナトは、驚きの声を上げた。


「わっ! 何があったんですか? ……もしかして魔法を使ったんですか?」


 ナトの言葉で平静を取り戻した青年は、(何でも魔法なんだな)と思いながら答える。


「俺は魔法は使えないよ」

「じゃあどうやって? 刃物は見当たりませんが」


 青年は右の拳を突き上げ、ガッツポーズのような形にするとこう言った。

「拳で」


 それを聞いたナトは目をキラキラさせながら「わー、すごい……」と呟いている。冗談にしか聞こえないはずだが、昨日の体験があったナトは素直にそれを信じたのだ。


 純真なまなざしを受けてむず痒い気持ちになった青年は、頭をかきながら話す。

「ちょっとやりすぎちゃった。大丈夫かなこれ?」


 ナトが少しの間考える仕草をする。何か思いついたのか顔を上げ、こう提案した。


「村に木材が欲しいと言っていた人がいたので、その人にあげたらどうでしょう?」

「おお、そうなんだ。じゃあ、とりあえず一本持って帰ろっか」


 青年はそう言いながら腰を下ろすと、自分の近くにあった木をひょいと右手で担ぎ上げた。


「わあ! 小さいころに絵本で見た英雄みたいです!」

(丸太を武器に使う英雄?)


「危ないから、森から出るまではちょっと離れててね」


 肩に担いだ木を他の木にぶつけたり、枝を引っかけたりしながらも、青年は森を出た。少し遅れて森を出てきたのはナトだ。


 青年は歩みを止めてナトを待った。ナトが横に並んだのを見計らって歩き出す。そして、ナトにずっと言いたかったことを口にした。


「ナトちゃんってさ」

「はい」


「……かわいいよね」

「……え?」


 ナトは青年の方に向けていた顔を前方に向け、うつむいた。フードから覗く白い肌が、みるみるうちに赤みがかる。目を凝らすと、フードから突き出す白いはずの猫耳も薄いピンク色に見えた。


 青年は自分が予想した反応と違うこと、さらにはナトの反応が破壊的にかわいいことにうろたえながらも、会話を続けようとナトの名前を呼ぶ。


「ナトちゃん?」

「ご、ごめんなさい! そんなこと家族以外に言われたことがなくて……。それに私、目は細くないし……。口だって小さいし……」


 話の後になるにつれ、ナトの声はどんどん小さくなっていった。

 最後の方の言葉が気になった青年は、湧いてくる疑問をナトに呈する。


「目が細くないって、目が細い方が美人なの?」

「……はい」

「このせか……、ナトちゃんが思う美人ってどんな感じなの?」

「……目が細くて、垂れ目で、鼻は高くて、口が大きい……人、でしょうか」

「じゃあ、カッコイイと思う男は?」

「垂れ目以外は美人さんと特徴は大体一緒ですね。あ、眉毛は太い方が良いという人が多いです」

「それはナトちゃんだけじゃなくて、他の人もそうなの?」

「村の人はわかりませんが、私がいた王都では一般的……だと思います」


(朝に奥さんが言った意味がわかったな……)


 朝のことが、ぬか喜びだったことに落胆しながらも、青年はうつむくナトをフォローする。


「俺が今までにかわいいと思ったのはナトちゃんだけだよ」


 少し落ち着いたのか、ナトがこちらを向いてこう返してきた。

「わ、私も名無しさんのこと、カッコイイと思います!」


 青年にはお世辞にしか聞こえなかった。青年のナトに対する言葉に偽りはない。だが、ナトにはブサイクな者同士の傷の舐め合いとしか取れないだろう。

 ナトとの間に流れる微妙な空気を感じ、話題を変えようとした時、村の入り口が青年の目に入ってきた。


「そうだ、俺の力のことなんだけどさ。素手で木を切ったりすることね。あれ、ロビー……さんや村の人には内緒にしてくれる?」

「どうしてですか?」

「いや、ほら、俺、あんまり目立ちたくないんだ」

「……わかりました」


 服を脱がされはしたが、村になじみ始めた青年は、今置かれている状況を悪く思っていなかった。青年が持つ身体能力は村に害を成すものではないが、あまりにも普通を超越している。今の立場を変えないためには、隠しておくに越したことはない。


 青年は担いで来た木を、村の入り口の横に下ろした。


(どうやって持ってきたか聞かれたら、ナトちゃんに魔法をかけてもらったことにしよう)


 青年がナトにロビー達の居場所を聞くと集会所にいるということで、ナトと共に集会所に向かう。集会所に着くと、既にロビーを含む三人の猟師が集まって話をしていた。


「やっと来たか。待ちくたびれたぞ。まあとりあえず二人ともこっちに来て座れ」

 青年とナトが空いているイスに腰を下ろす。


「で、いきなりだが名無し。名前は決まったのか?」

「いえ、それがまだ……」


「そんなこったろうと思ったぜ。じゃあ今から名前の候補を言うから、好きなのを選べ。まずはズビバム、古代語で守護って意味だ。次はビキイン、古代語で加護。それからオクス、勝利って意味だ。あと裸という意味でホゾスってのもあるぞ」


「……オクスで」

「おいおい、そんな早く決めちまっていいのか? 俺はホゾスがおすすめ――」

「オクスでいいっす!」


(オクス一択だろ! まあ、(マサル)にも通じてるし)


「わかった。じゃあ記憶が戻るまでお前の名前はオクスだ!」

(オクスとナトか。違和感はないな)


 こうして青年の名前はオクスに決まった。

 それから今後の方針と、狩りの時の位置取りなどが話し合われた。決まったのは、熊を中心に鹿や猪も狩ること。獲物を追い込む時は二班で行動し、一班はオクスとナト、ロビーの三人とすることだ。熊や狼と遭遇した時の対応や、オクスがナトをかばうように行動することなどについても、猟師三人から注意があった。

 

 熊が飛んでいった件も話題に上り、ナトやオクスは事情を聴かれたが、知らぬ存ぜぬで答えは出なかった。


 話し合いのあと、オクスはロビーに森の木を切ったことを話した。怒られることはなく、むしろ感謝されるだろうと思っていたオクスだったが、結局怒られてしまった。森の木は村で大雑把だが管理しており、伐採する時は村の許可が必要だったのだ。また、一人で森に行ったことに対しても説教された。


 名前がオクスになって初めての仕事は、切った木を森から村へ運ぶことに決まった。森の木を切ったことは、木を村まで運ぶことでチャラということにロビーがしてくれた。案の定、木を村まで運んできた方法と木を切った方法を聞かれたが、ナトの魔法で助けてもらったと答えた。


(うん、魔法って便利!)


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