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国境での戦い(2)

 全軍を指揮しつつ、カンムイは丘の上の大軍をにらんでいた。丘の上の大軍は戦局を窺っているのか、動く気配はない。


 相手が動かないことには、ケンレン軍も対処の仕様がない。とりあえず、目の前のバーヘンザ軍を迎え撃つ。


 丘の上の軍が動いたのは、日が暮れ、両軍ともに陣地に引き上げる最中だった。こちらに攻め入ってくると思っていたカンムイやケンレン軍の考えとは裏腹に、丘の上の軍はバーヘンザ軍の方へ向かう。


(一旦、バーヘンザ軍と合流するのか? 我々をたたくのなら、疲弊している今が好機のはずだが……)


 自陣のテントの中で思慮を巡らせていたカンムイの元に、一報が入った。


「カンムイ様! あの軍勢はビオユチェンゾです。数は三万。我が軍に加勢してくれるそうです」

「ビオユチェンゾ⁉」


 カンムイには寝耳に水だった。ビオユチェンゾに援軍の要請をした覚えはない。そもそもケンレンとビオユチェンゾに国交がない。それは、ビオユチェンゾが他国を受け入れない排他的な国だからだ。そんな国がなぜ援軍を送ってきたのか。


 ビオユチェンゾはバーヘンザの隣に位置している。そんなビオユチェンゾが、バーヘンザがケンレンへ侵攻するのを見て、自国への危害を憂いて先手を打った。と、それらしい理由は思いつくが、それはビオユチェンゾに確認してみないとわからないだろう。


 とにかく、一報が事実であればこれほどのチャンスはない。

 意見を求めようと、周りにいる参謀たちの顔を見渡す。皆一様に希望に満ちた顔をしている。中には無言でうなずく者もいた。どうやら、皆同じ事を考えているようだ。


「この好機を逃す手はありません。最低限の兵を残し、バーヘンザ軍に突撃します!この戦いに終止符を打つのです」

『おぉぉぉ‼』


 援軍を騙った敵の罠である可能性は否定できない。だが、罠であることを考慮し突撃をやめたとしても、遅かれ早かれ三万の援軍を得た敵と戦うことに変わりはない。なれば、こちらの援軍であることにケンレン軍は賭けたのだ。

 様子を見る時間がなかったというのもある。疲弊しているとはいえ、バーヘンザ軍の兵はまだまだ数が残っている。今、突撃しなければ、三万しかいないビオユチェンゾの援軍を見殺しにしてしまう。


 ケンレン軍はビオユチェンゾ軍に続き、バーヘンザ軍に攻撃を仕掛けた。

 ケンレン軍の勢いは、今まで溜めていたものを一気に爆発させるようなものだった。

 逆にバーヘンザ軍は戦意を喪失していた。有利に事を運んでいたと思っていた矢先の、得体の知れない敵の増援。疲弊していたバーヘンザ軍の戦意をそぐには十分だった。


 ケンレン軍とビオユチェンゾ軍は破竹の勢いでバーヘンザ軍を蹴散らしていく。

 バーヘンザ軍が撤退するまでにそう時間はかからなかった。


「勝どきを上げよ!」


 ケンレン軍が勝利の雄たけびを上げたころには、国境付近にバーヘンザ軍の姿は見当たらなかった。


 夜営の準備が進む中、カンムイたちケンレンの指揮官数名は、ビオユチェンゾの指揮官がいるテントを訪ねた。


 中にいるビオユチェンゾの指揮官は女性だけだった。なかには、以前オクスをさらったヴィスの姿があったが、ケンレンの指揮官との面識はほとんどない。

女性しかいないのは、ビオユチェンゾに多く住んでいるユブチェユ族のほとんどが女性で、男性が生まれるのがまれだからだ。それを知っていたケンレンの指揮官たちはその光景に特に驚くことなく、代表してカンムイが話を始めた。


「まずはお礼を申し上げたい。あなた方のお陰で勝利を収めることができた」

「それは急ぎ駆け付けた甲斐がありましたわ」


 テントの最奥にいる女性が答えた。


「……本当にありがたい。……しかし、なぜ……」

「あなたがたに加勢したのか……ですね? それと一緒にお話ししたいことがございます。ケンレン国王陛下に拝謁させていただけないでしょうか」


 数日後、ビオユチェンゾの指揮官数名を連れたカンムイの姿が王都にあった。

 凱旋だ。だが、パレードは行われない。兵たちは未だに国境付近に駐留している。バーヘンザが諦めずに進行してこないとも限らない。勝利と決めるにはまだ時間が必要だった。

 カンムイはいつもとあまり変わらない王都の様子に、懐かしさすら覚えた。


 カンムイが城に着いてすぐにケンレン王との謁見が始まった。


「では説明してもらえますかな。わが国に加勢していただいた理由を」


 王の問いかけに、先日カンムイとも話をした、ビオユチェンゾの女指揮官が答えた。


「はい。我々の国、ビオユチェンゾにドラゴンが襲来したのはご存知ですね?」

「……うむ、その折は支援依頼に応えられなくてすまなかった……」

「いいえ、貴国の状況からすれば仕方がなかったのは理解しております。それに、こちらも謝罪せねばなりません。オクス様のことです」

「何?」


 王は女指揮官の言葉に怪訝な顔をした。


「我々はドラゴン退治のために、貴国の作戦のかなめであったオクス様に同行を願いました。そして、オクス様のお陰でドラゴンを退治できました。ですが、オクス様は見返りを求めず、颯爽と帰って行かれました。我々はその姿に感動し、貴国に加勢する判断を下したのです」

「……なるほど。オクス君が言っていたのは本当だったのだな。しかし、それだけでは動機としては不十分な気がするが……」


 王からすれば、ドラゴン退治の見返りに軍を送るというのは不釣り合いだった。


「元々、我が国はバーヘンザの行いに辟易しておりました。バーヘンザとの国境付近の村や町を、度々バーヘンザ軍が襲撃し、略奪や拉致が行われていたのです。拉致された者たちは、奴隷として人道に反した扱いを受けていると聞きます。我々としてもバーヘンザの消耗は望むところでした」

「だが、オクス君がいなければ、この国はなすすべもなく侵略されていただろう。我々は運が良かった」

「私たちも不思議に思っていたのです。貴国の兵力ではバーヘンザとボーゴーゼを合わせた二国の兵力に対抗することは現実的ではありません。しかし、バーヘンザには、ほぼ互角の戦力を差し向けていた。ボーゴーゼ側はどうなされたのでしょう?」


 王は難しい表情でこう返した。


「言っても信じてもらえないかもしれない。結果を聞いた私でさえ、信じることができていないからな……。……そう、オクス君がほとんどを戦闘不能にしてしまったのだ。ボーゴーゼ軍のほとんどをな。当面、ボーゴーゼは武力を行使することはできないだろう」

「……ど、どういうことでございましょう?」

「では、私が説明いたします」


 ケンレン王の横にいた重臣が、ボーゴーゼ軍へ仕掛けた作戦の概要と結果を説明した。


「そんなことが……」

 ビオユチェンゾの女指揮官は信じられないと言った顔で口に出した。


「ああ、オクス様ぁ」

 指揮官に付いてきていたヴィスが、恍惚とした表情で呟いた。


「そういう訳だ。ともかく、わが国への脅威は退けられた。しばらくは注視が必要だろうがな」


 王とその重臣の話を聞いていたビオユチェンゾの女指揮官の顔が、これまでのものより一層引き締まるとこう切り出した。


「事情は理解いたしました。それで、我々がここへ来たのは貴国に加勢した理由を説明するためだけではございません。私たちの国から二つの提案がございます」

「聞きましょう」


 少しゆるんでいたケンレン王の表情も引き締まり、話の続きを促した。


「一つ目は私たちの国と友好条約を結んでいただきたいということです。貴国と友好な関係を築きたいのはもちろんですが、もう一つの提案の足掛かりにしたいという思いが強うございます」

「ふむ、してもう一つの提案とは?」

「バーヘンザ軍を退け、ボーゴーゼ軍も大半が戦闘不能。と、なればこれほどの好機はございません。私たちは憎き(にっくき)バーヘンザへの侵攻を提案いたします。バーヘンザ侵攻には、私たちの国は協力を惜しみません。バーヘンザにはわがユブチェユ族以外にも、多くの亜人が奴隷として扱われています。ぜひ、この機会に同胞たちを解放し、脅威を排除しようではありませんか!」


 すこしの沈黙ののち、周りの重臣に目配せをしてから、ケンレン王が答えた。


「貴国の申し出は理解した。まず、友好条約は断る理由がない。すぐに良い返事ができると思う。バーヘンザの侵攻については、検討する時間をいただきたい。同胞を解放したいという思いは我々も同じだ。だが、さまざまな事柄が関わっていて、多様な観点から考える必要がある。それに、貴国へのお礼も考えねばならぬしな。検討する間、是非王都に滞在していただきたい。丁重におもてなしさせてもらいますゆえ」

「ありがとうございます。良い返事が頂けることを期待しております」


 ビオユチェンゾの指揮官たちに、提案への回答があったのは謁見の日から三日後だった。


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