情勢
オクスは王城の一室で説明を受けていた。隣国からの書簡の内容を受けて、協力を求められたからだ。
オクスは宣戦布告の一報までの流れをいぶかしんでいた。兵士が入ってきたのが手合わせを終えて、王の言葉が終わる寸前だったが、タイミングが良すぎる。兵士が入ってくる前に、王に有事の際の協力を要請されたのも怪しい。おそらく、手合わせのあとに宣戦布告の一報があったのではなく、宣戦布告の一報が先んじてあり、オクスに協力をさせるために一芝居打ったのだろう。
オクスはそう考えていたが、確認してもはぐらかされるに違いないので、やめておいた。それに、芝居だったとしてもオクスは協力したいと思っていた。
国に必要とされるほど、オクスの力は強力だ。だが、この力はオクスが自ら鍛え上げたものではなく、棚から牡丹餅で手に入れたもの。そのため、これまで闘ってきた強者のムーガナロ、シセ、カンムイに、オクスは引け目を感じていた。その引け目を解消するためにも、オクスは自分の力を他人のために使いたいと思っていたのだ。加えて、この国を守るということは、ナトやロビーたちを守ることにもなる。ロビーへの恩返しだ。
まず、この国周辺の説明からだ。オクスのいる国の名前はケンレン王国と言う。ケンレンは三つの国と隣接している。バーヘンザ王国、ボーゴーゼ王国、ビオユチェンゾだ。
(ビオユチェンゾってすごい名前だな。言いにくくて、かなわん。他の国も変な名前だし)
バーヘンザとボーゴーゼは、元は一つの王国だったが内紛が起き、今では二つの国に別れている。
宣戦布告の書簡を送ってきたのはバーヘンザ。書簡の内容はこうだ。
このたび、バーヘンザはボーゴーゼと同盟を結ぶことになった。そこで、貴国にも同盟を提案したい。同盟の条件は貴国からの定期的な物資の提供。特に、毎月奴隷十人の提供は譲れない。その他の物資については後日調整したい。期限は一月。貴国の色よい返事を待っている。拒否するようなことがあれば、貴国を平和を乱す悪と判断し、バーヘンザとボーゴーゼが正義の鉄槌を下すだろう。
兵士が事実上の宣戦布告と言ったのは書簡の内容の通り、同盟の条件として受け入れがたいものを提示してきたからだ。同盟というより属国に近い。
これまでは、ケンレンとバーヘンザ、ボーゴーゼの国力がほぼ同じ国それぞれが敵対し、三つ巴の関係を保っていたことで、偽りの平和を享受していた。特にバーヘンザとボーゴーゼの仲が悪いため、その二国間での小競り合いばかりで、ケンレンに被害が及ぶことはまれだった。
だが、どうしたことか、仲が悪かったはずのバーヘンザとボーゴーゼが手を組み、ケンレンをその支配下に置こうとしている。
ビオユチェンゾだが、国の位置的にそれらの争いに巻き込まれることはなく、ケンレンとは友好関係とまではいかないまでも、国交はあった。
これらの説明を受けたあと、オクスは一旦、家に帰ることになった。まだ、バーヘンザと戦争をするとは決まっていないからだ。
ケンレンには穏健派も多く、話し合いでの解決も検討されている。しかし、手を組んで優位に立った二国に、ケンレンから手を引かせる良い案があるとは考えにくい。それに時間がない。一月という時間は、対策を考えるにも、戦争の準備をするにも短い。もちろん、それを見越して、一月という期限を設定したのだろう。
戦争をすると決まれば、連日、作戦会議や訓練などで家に帰れなくなると言われた。すなわち、ナトとしばらく会えなくなるかもしれないということだ。
家に帰ったらたっぷりナトに甘えよう。それと、国の機密事項をどうナトにごまかそうかと考えながらオクスは帰途についていた。
「<強制睡眠>」
背後から声が聞こえたオクスは、声のした方を振り返る。しかし、そこには何もない。空耳かと思い前を向き、再び歩き出す。
「魔法が効かない⁉」
「ちっ、私がやる」
今度は間違いなく空耳ではない。だが、周囲に人の気配はなく、オクスが困惑していると、首元や手首など、素肌が露わになっている部分をツンツンとされる感触がする。
「つっ!」
時折聞こえる呼吸音から、焦燥が伝わってくる。
「もう! どうなってるの⁉」
(こっちが聞きてえよ!)
オクスがそう思った瞬間、唇の間に細い管を差し込まれ、そこから液体を注がれた。不思議なことに、その感触はあるのだが、管を目で視認できない。液体を注ぐために、腕で体を拘束されているような感じもするのだが、目には見えない。
液体が口に入ったあと、手で口をふさがれたような感触がする。
(毒⁉)
オクスは口の中に注がれた液体を極力飲み込まないように努めたが、気が遠くなってきた。
(ナ……ト……)
身体中の力が抜け、オクスは地面に崩れ落ちた。
◇
星明かりが差し込む一室に、男が二人。部屋の内装は全体的に悪趣味で、醜悪な生物のはく製がそれを際立たせている。蛇のような体に、虎のような頭が付いたもの。毛が生えていない巨大なネズミのようなだが、牙が鋭く、頭に角が付いているもの。他にも気持ちの悪いはく製を確認でき、いずれも地球に生息する生物ではない。そもそも、そのままの姿で生きていたのか、別の生き物を継ぎ合わせて作られたのかも定かではない。
二人の男は、金の燭台が置かれた細かな装飾のテーブルを挟んで、豪華なソファにそれぞれ腰掛けて対面している。一人は、鮮血のような赤い飲み物が注がれたグラスを手に持ち、今にもあおろうとしていた。もう一人は手をももの上で組んでおり、飲み物はテーブルの上に置かれている。
手を組んでいる男が口を開いた。
「そろそろ、書簡が届いている頃でしょうな」
もう一人の男は飲み物を飲み込むと、こう返した。
「どう出てくるか見ものだな」
「……どう考えても、抵抗してきますよ」
予想した通りの回答が返ってきたのを聞き、つまらなそうにもう一杯飲み込んで、男はこう言った。
「ふん、馬鹿な奴らだ。弱者は強者に素直に従っていれば良いのだ。命を無駄に散らすこともないだろうに。我々としては一気に奴隷を増やすことができて、大歓迎だがな」
「それは私たちが手を組んだから言えることでしょう」
手を組んでいる男が、不敵な笑みを浮かべながら言う。
「ふんっ! 国力では圧倒的にわが国が上よ。お前の国が横やりを入れなければ、この国だけで事足りる話だ」
部屋の空気が一転し、ピリピリと、誤ったところに触れると爆発しそうな雰囲気に包まれる。
「まあ、お前のそういうところが気に入ったから手を組んだんだがな」
グラスを持っている男がこう言って飲み物をあおると、ピリピリした空気は若干和らいだ。
「それは、どうも」
手を組んだ男は笑みを浮かべたままだ。
「それで、そっちの方はどうなんだ?」
「順調ですよ。幸運も重なりましたから」
答えを聞いた男は少し考えたあと、手を組んでいる男から伝染したのか、笑みを浮かべた。飲んでいる酒の助けもあってか、すこぶる上機嫌になってきたようだ。
「しかし、戦争か。血がたぎるな。蹂躙し、殺し、犯す。これほどの快楽は、他ではなかなか得られん」
その言葉を聞いて、手を組んでいる男の表情がわずかに変化したが、燭台と星明かりだけではそれを捉えることは難しいだろう。
「興奮してきたな。俺は発散してくる。お前も付き合うか?」
「私は遠慮しておきますよ」
「尻の穴はいいぞ。特にコンフェービの締まりは格別だ」
「準備が大変でしょうに」
「豪快に浴びながらするのも一興と言うもの。まあ、気が変わったら側近に言ってくれ。では、失礼する」
下品な会話を終え、酒を飲んでいた男は嬉々として席を立ち、勢いよく扉を開けて部屋を出て行った。
それを見送った手を組んでいる男は、小さな声でこう呟いた。
「下品な男め……。亜人は愛でるべきものだ。私のコレクションに加えるべき上物は、ヤツから隔離する必要があるな」
一方、扉を出た男は歩きながらこう言った。
「いけ好かねぇ野郎だ」
性格も考え方も大きく違うこの二人、部屋を出て行ったのがバーヘンザ王。部屋に残っているのがボーゴーゼ王である。バーヘンザで戦争前の最後の打ち合わせを行っている。
この二人、二国が手を組んだのは利害が一致したからだ。二人とも野心に満ち溢れており、領土の拡大、発展を志していたが、そのためには三国の三つ巴の関係を壊す必要があった。その点にだけ限れば、二人の思惑も一致していた。それは、バーヘンザ王が部屋を出たあと、二人が別々に口にした同じ言葉にも表れている。
『ケンレンが終われば次は……お前の国の番だ』




