表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/47

「それじゃあ行ってくる」

「気をつけてね、お兄ちゃん」


 ナトの屋敷の玄関先で身支度を整えたオクスを、心の底から心配そうなナトが見つめていた。


「ごめん、試験期間中なのに。俺のことは気にせずに試験に集中してくれ」


 そう言うと、オクスはナトの頭にポンッと手を置いて撫でた。


「……」


 ナトが受けている卒業試験はひと月ほどかけて行われる。そのさなか、国境付近の村に怪物(モンスター)が現れたが、現地では対応できないと王都に討伐の要請が入った。オクスも討伐隊の一員として現地へ赴くことになったのだ。


 しばらくナトとはお別れだ。オクスは思う存分ナトの姿を目に焼き付けると、名残惜しそうに屋敷をあとにした。


 オクスが怪物討伐に同行するのは二度目だ。討伐隊の面子は騎士団長を始めとして前回と同じ騎士が何人もいた。そのためか、オクスが馬に乗らず自分の脚で走って付いて行くというのを聞いて、驚く者は少なかった。


 怪物に襲われた村は所々が焼けていた。到着した討伐隊の目に、村の惨状が否が応でも入ってくる。


 その村の中、焼けた家の屋根の上にそれはいた。今回の討伐対象の怪物だ。特筆すべき特徴は、翼のような器官を持っていることだろう。それは、今回の怪物は空を飛ぶという、オクスが聞いていた情報と一致する。怪物を閉じ込めている結界も、オクスが以前見た壁のような結果ではなく、覆うようなドーム状の結界であることもそれを裏付けている。


(プテラノドンみたいだな。くちばしと角は尖ってないけど)


 羽毛はなく、岩のような皮膚に覆われている怪物を見てオクスはそう思った。怪物は目をつむり翼をたたんだまま、あまり動くことはなかった。眠っているのだろうか。


 討伐隊が集められ、団長から作戦の説明があった。


「今回の討伐対象は見たことがない怪物です。どのような攻撃をしてくるのか未知数。各自、予想外の攻撃に備えて作戦に当たってください」


 前置きのあと、団長が横に目をやりこう言った。


「今回はこの網を使います」


 団長が言った作戦を要約するとこうだ。


 結界を解いたあと、網を持った部隊が屋根の上に登り、眠っている怪物に網をかける。それと同時に弓矢の一斉掃射を行い、弱った怪物を地面に引きずり降ろし、全員で一斉攻撃するというものだ。


 オクスは作戦に対して不満はなかった。と言うより、他に有効な作戦を思いつくことができなかった。討伐隊が呼ばれたということは、怪物に対して生半可な攻撃や魔法が効かないということだ。有効な攻撃があったとしても、空を自由自在に飛ぶ怪物に、攻撃を当てるのは難しいだろう。対象の動きを封じるしかない。


 団長の説明が終わると、隊員が一斉に配置についた。怪物が眠っている間に、作戦を実行する必要がある。網を持った隊員は、怪物がいる屋根の上に登り、結界が解かれるのを待つ。


 団長の合図のあと結界が解かれ、怪物に向かって網が投げられた。さらに大量の矢が射掛けられる。矢には駄目元で、特性を付与する魔法が色々と掛けられている。


 網をかけられた怪物は、異変に気付き動き出す。そこに大量の矢が注いだ。矢が効いたのかはわからないが、怪物は暴れながら隊員に網ごと引っ張られ、屋根から地面に叩き落された。


 とどめを刺そうと、隊員達が怪物の元に集い出す。隊員たちが一斉に怪物に切りかかろうとした時だった。突如として隊員たちの目の前が真っ赤になる。


「うわあああああああああああ‼」


 当たりは急激に熱気に包まれた。悲鳴を上げた隊員たちは黒焦げになり、身動き一つしなくなった。


「な、なんだ⁉」


 怪物は息を大きく息を吸い込んだ。怪物を覆っている網は燃えているが、怪物は意に介さない。そして、怪物の口から巨大な火球が隊員たちに向かって放たれた。


 さっき疑問の声を上げた隊員は理解する。自分たちもこの炎によって焼かれることを。


 オクスはそれを、少し離れた場所から見ていた。怪物が放った火球には既視感がある。闘技場での闘いで受けた魔法だ。あの時はダメージを受けなかったが、今回はどうだろうか。だが、そんなことを考えている時間はない。オクスは一瞬のうちに移動し、火球の射線上に立ちはだかった。


 目前に迫る火球は想像以上に大きかった。以前闘技場で見たものの二倍くらいか。死が頭をよぎったオクスは目をつぶった。脳裏に、この世界に来てからの出来事が走馬灯のように駆け巡る。ほとんどがナトとの思い出だ。


(ナト‼)


 オクスの立っていたところが勢い良く燃え上がった。火球のターゲットになっていた隊員たちは、自分たちが燃えなかったことに驚き、理由を知るために逃げるような体勢のまま、火が燃え尽きるまでそれを見つめていた。


 そこには人間が立っていた。鎧を着けていることから同じ隊員であることがわかる。だが、火が燃え上がったところに立っていたのだ。その人間がどうなったのか、最悪の想像をするのは当然だ。それゆえ、その人間が動いた時は、その場にいた隊員たち誰もが驚いた。頭が動き振り返ろうとしているのを見て、焼けただれた皮膚の顔を想像する。


 しかし、振り返ったのは、火傷ひとつない顔だった。当然見わけもつく。オクスという新参者だ。隊員の一人が代表するように、オクスに声をかけた。


「お、お前。大丈夫なのか?」

「はい。それよりも早くここから逃げたほうが――」


 オクスがそう答えると同時に、角笛の音が聞こえた。退避の合図だ。


 隊員たちが退避する中、オクスは怪物の方を見た。怪物を捕らえていた網は焼かれ、自由になった怪物がまさに飛ぶところだった。いや、怪物は飛び上がった。


 逃げてしまうのではないかと言う懸念はあったが、空にいる相手に今の状態ではどうすることもできない。怪物が逃げないことを祈りながら、オクスは辺りに落ちていた木の箱に、レンガの破片や石などの硬くて手に持つことができるものを手当たり次第に入れていった。


 オクスが元の場所に戻ってみると、幸運なことにまだ怪物が留まっていた。どうやら他の隊員たちが交代で怪物の注意を引いて、逃げないようにしているようだ。怪物が吐き出す火球の速度はそれほど早くない。上空からの火球攻撃を隊員たちはなんとか避けていた。


 オクスは怪物の方へ近づくと、怪物の気を引くため大声で叫んだ。


「こっちだ‼」


 怪物はオクスに気がつくと、大きく息を吸い込んだ。


(今だ!)


 動く相手に攻撃を当てるのは至難の業だ。弓矢で狩りをしたことがあるオクスは、それを身に染みて知っていた。しかも今回の相手は空を飛んでいる。攻撃を当てることができる好機は、怪物が火球を吐く前の息を吸い込む瞬間だけだった。


 オクスは手に持っている箱の中に入れたものを、片っ端から怪物に投げつけた。オクスが投げたものは怪物が吐き出した火球と交差する。火球の中に飛び込んだ投てき物は、勢いを落とすことなく火球を突き抜け怪物に向かっていく。


「ギャアアアアアアア!」


 怪物は苦痛な叫びをあげると、体制を崩しながら地面に落下した。オクスが投げた物のいくつかが怪物に命中したのだ。


(下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるってな)


 オクスは落下した怪物に近寄ると剣を抜き、止めを刺した。


「やったのか?」


 オクスが声のした方を見ると、討伐隊員たちが集まってきていた。

 隊長格が一人、恐る恐る倒れている怪物に近づき確認した。


「……死んでいるようだ」

『……うおおおおおおおおおおおおおおお‼』


 堰を切ったように周りの隊員たちが歓喜の声を上げた。オクスが止めを刺すのを見ていた数人がオクスの元にやってきて、「やったな」「噂は本当だったんだな」と話しかけてきた。

周りの人間が喜んでいるのに対し、オクスの表情は冴えなかった。


(今回はたまたま勝てただけ……。空を飛ぶ相手への対策が必要だ。……翼か……)


 討伐隊が集められ被害状況の確認と総括が行われ、それが終わったあと、オクスは討伐に同行していた騎士団長の元に呼ばれた。


「オクスさん、ありがとうございました。あなたのお陰で被害を抑えて討伐することができました」


「いえ、たまたま倒せただけです」


 団長の賛辞に、オクスは謙遜ともとれる事実で応えた。


「偶然であれほどの怪物を倒せるほど、お強いのですねあなたは」

「あ、いや、運が良かったというか……」


 団長に皮肉で返されたオクスは、自分の軽率な発言を後悔した。


「……まあいいでしょう。次もよろしくお願いしますね」

「はい、失礼します」


 人見知りであるオクスは、団長の目を見ずに会話していた。そのため、その場を去ったオクスは気づかなかった。団長の羨望の眼差しに……。


 帰りの準備を始めたオクスの頭の中は、もうすでにナトのことでいっぱいだった。お土産でも買って帰ろうかと考えながらオクスは家路についた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ