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料理

 朝食を作っていたナトは、オクスが一階に降りてこないことを意識していた。朝食までに降りてこない時は起こしてくれとオクスに言われていた。休日に限ってだがこれで三度目だ。


 朝食の配膳が終わると、ナトはオクスの部屋へと向かう。前の二度の時は、ドアをノックしただけでは起きなかった。それがわかっているナトは、念のためドアをノックし声をかけたあと、オクスの部屋へと入る。


 オクスは気持ちよさそうな顔で眠っている。無防備な寝顔を見ているとなんだかいたずらしたくなってくるが、我慢して声をかける。


「お兄ちゃん、朝だよ」


 いつもなら声をかけるだけで起きるのだが、今日に限って反応がない。仕方なくナトはオクスの身体を掛け布団の上からゆすった。


「お兄ちゃん、起きて」


 それでもオクスは起きる気配はない。心配になったナトは自分の顔をオクスの顔に近づける。どうやら息はしているようだ。ここ最近、闘技や怪物の討伐で疲れているのだろうか。


「もう……、起きないとキスしちゃうよ……」


 ナトは自分の顔をオクスの顔へとさらに近づける。唇がもう少しで触れるかと言うところでナトは我に返り、慌てて自分の身体を起こして、顔を左右に何回も振った。


 するとオクスの身体がムクッっと起き上がった。突然のことにオクスがゆっくり起き上がったのにもせきかかわらず、ナトは驚いてしまった。


「お兄ちゃん起きてたの⁉」

「ん~?」


 ナトの問いかけに、肯定かどうかわからない返答をオクスがする。


「もしかして、さっきの聞いてた……?」

「ん~?」


 さっきと同じような返事をオクスがする。ナトはオクスがさっきの言葉を聞いていなかったということにした。でなければ、恥ずかしさでどうにかなりそうだった。


「お兄ちゃん、起きたのなら冷めないうちにご飯食べてね。私、下で準備してるから」


 そう言うと、ナトは逃げるようにオクスの部屋から出て行った。

 ナトが部屋から出て行ったことを確認したオクスの顔に下品な笑みが浮かび上がった。


(ぐへへ、全部聞いてました~)


 聞いていたとは言っても、起きてから時間が経っていないことには変わりない。ナトがなぜさっきのような行動をとったのかを考える余裕は、寝起きのオクスにはなかった。せいぜい、唇が触れなかったことを惜しむぐらいだ。


(惜しかったなぁ)


 この日オクスは午前中、食材の買い出しに出ていた。オクスが暇な時はナトに頼まれて買い物に行くことがあるのだが、今日は目的が違った。オクスが夕食を作ると言い出したからだ。


 数カ月の間ナトの料理を食べたり、市場へ買い物へ行ったりしたオクスは、前世の記憶にある料理を作る目途を立てていた。野菜をはじめとする食材のうち前世と全く同じものはほとんどない。そんな中でも味や食感が似ているものはある。

 オクスが作れる数少ない料理のうち、ある料理を作れると見当をつけたのである。


 食材の買い出しを終えたオクスはナトの屋敷へと帰ってきた。荷物を運ぶのを手伝おうとわざわざ自分の部屋から出てきたナトに、オクスは嬉しそうに買い出してきた食材を見せる。特に目につくのはオクスの前にある壺だ。


「ジャーン!」

「……それは()()()という食材なの?」

「いや、ジャーンというのは効果音で……」

「効果音?」


 ナトが効果音を知らないのは無理もない。そこまで頭が回らなかったことにオクスは恥ずかしくなってきたが、そんなことがしたかったわけではない。


「それは後で教えてあげるということで、今日の一番の収穫はこれだよ」


 そう言うとオクスは自分お前にある壺に手を置いた。


「これは食用油だよ」

「油ってことは何かを揚げるのね」

「今日作るのはコロッケだよ」


 オクスが作ることの出来る料理は数少ない。その中で一番手の込んだ料理がコロッケだ。案の定、ナトはピンと来てない様子だ。オクスはコロッケを食べた時のナトのリアクションがとても楽しみになった。


 料理を作るのも久しぶりで、ナトの屋敷の調理器具を使ったことも少ない。それにソワソワする気持ちを抑えられそうにない。夕食まで、まだまだ時間はあるが、オクスは夕食の調理を始めることにした。


 まずはジャガイモに似た芋を茹でる。

(子供のころに、コロッケの作り方を歌ったアニメの主題歌があったんだよな~)


 オクスは魔法で火を出すことはできないので、ナトに手伝ってもらう。ナトは何が出来上がるのかと興味津々だ。


(ナトに作り方覚えてもらって、今度はナトに作ってもらおう。……油があればトンカツとか天ぷらとか、むふふ)


 オクスの顔はニヤついていた。よだれが口内に分泌される。心なしかお腹も減ってきた気がする。


 コロッケの種を作り終えると、衣の準備だ。パン粉は買ってきたパンを砕いて作る。あとは揚げるだけとなった。


 ナトの屋敷には揚げ物に適した鍋がなかったため、オクスは鉄鍋を市場で買ってきた。鉄鍋や食用油は高価なものだが、闘技や討伐で報酬を得ていたオクスは十分なお金を所持していた。


「あとは油を高温にできるかだな。ナト、頼む」

「わかった」


 ナトが火の魔法の出力を上げていく。鍋の上にかざした手に熱を感じ始めたオクスは、試しにパン粉を鍋の油に入れてみた。ジューといい感じの揚がる音がする。

 コロッケの種に小麦粉、卵、パン粉をまぶして、揚げていく。


「衣がきつね色になったら食べごろかな」


 揚げあがったコロッケを皿へと積み上げていく。その数は二人で食べ切れる量ではない。


「作りすぎちゃった。目分量だったからなぁ」


 副采とソースはナトに作ってもらった。


「コロッケは揚げたてが一番だから、もう食べちゃおうか」


 いつもの夕食の時間には早かったが、待ちきれないオクスはナトを促す。ナトもお腹が空いていたようで異論はなかった。


 まずはソースをつけずに、揚げたてのコロッケをオクスが口に運ぶ。


「……これだ! まさしくコロッケの味」


 使った野菜が前世のものと違ったため食べるまで半信半疑だったが、口に入れたそれはまさしくコロッケだった。


「おいしい! ……お兄ちゃんいいお嫁さんになれるね」

「ぶはは、そりゃ良かった」


 オクスに続いてコロッケを食べたナトが声を上げた。喜んでもらえたことでオクスはほっとした。


 次はソースをかけて食べようと、オクスがソースの器に手を伸ばすと、同じくソースを取ろうとしていたナトの手と触れ合った。


「あ、ごめん。お兄ちゃん、先に使って」

「あ、うん、ありがとう」


 おいしい料理を、ナトと一緒に食べることができる。オクスはとても幸せだった。

 作りすぎたコロッケだが、結局二人でかなりの量を平らげた。


(カボチャで作ってもうまいんだよな~。カボチャに似た野菜も探すか)


 夕食を終え自室に戻ったオクスは食べたコロッケの味を反芻しながら、前世で食べた美味しい料理に思いを馳せていた。


(他にも再現できる料理はあるはずなんだけどな)


 人間の記憶ほどあいまいなものはない。それにいつまでの前世の記憶が残っている保証はなかった。


(とりあえず覚えてることを書き残しておくか。案外、書いていくうちに思い出すこともあるかもしれん)


 この日からオクスは主に料理のことから、前世の記憶を書いて残すことにした。この書物は遠い未来、「オクスノート」と呼ばれ、貴重な書物として後世に引き継がれていくのだが、オクスがそれを知るはずもなかった。


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