討伐(2)
体制を崩していた隊員の腕に、石蜥蜴がかみついた。石蜥蜴は腕にかみついたまま頭を激しく動かす。
「ぐああ、やめろおお!」
体勢を立て直した他の隊員が石蜥蜴を引きはがすべく、再び一斉に攻撃する。攻撃にひるんだ石蜥蜴はかみつくのをやめ後退した。
かみつかれた隊員の腕は血で赤く染まり、だらりと力なくぶら下がっている。
オクスはというと、ずっと立ち尽くし、隊員たちの戦闘を傍観していた。ムーガナロから「死人が出そうになるまで手を出すな」と言われていたからである。
(師匠は何を考えて……)
目をそらしたくなるような光景が続くが、オクスは両目を見開き注視する。戦闘中に視線をそらすのは自殺行為だ。
オクスを覗く隊員たちは、致命傷を避けながらもほとんどの隊員が何らかのケガをし、中には重傷の者もいた。それでも果敢に相手に立ち向かう。石蜥蜴も無傷とはいかず、うろこがない関節部分や柔らかい場所を攻撃され、血を流し動きが鈍くなっていた。
オクスの目の前で繰り広げられているのは死闘だ。隊員と石蜥蜴の命のやり取り。前世では命を懸けて闘うことなどなく、今の身体になってからも頑丈ゆえに、オクスは命の危険を感じることは少なかった。
(師匠はこれを見せたかったのか?)
隊員の一人がバランスを崩し尻餅をついてしまった。そこへ石蜥蜴の回転尻尾攻撃がせまる。尻餅をついた隊員は顔をかばうため腕をあげ、恐怖から甲高い叫び声を上げた。
「ひぃぃいいい!」
尻尾が肉とぶつかる音がした。だが、尻餅をついている隊員は衝撃や痛みを感じなかった。痛みを感じないほどなのかと、最悪な結果を想像しながら隊員は恐る恐る閉じていた目を開けた。
目の前にはオクスがいた。尻尾が当たる、すんでのところで、オクスが尻尾を手で止めていた。
(これ以上見てられねぇよ)
オクスは手から尻尾を離すと、尻尾の付け根の部分に移動し、手刀で尻尾を切断した。
(いけね。剣を使うんだった)
剣に慣れるために、剣での攻撃をムーガナロに言いつけられていたオクスだったが、癖になっていた手刀を使ってしまった。
尻尾を切られたことに気づいて距離をとり、石蜥蜴は頭の方向を変えてオクスを見据える。対峙するオクスは剣を鞘から引き抜く。
(うわ……、鞘から抜くのって難しいな。抜刀術なんてとんでもないだろ)
鞘から抜いた剣をムーガナロに倣ったように構える。
尻尾を切られたことに対して怒りの火を目に宿した石蜥蜴は、オクスに向かって突進する。オクスは剣を構えたまま動かない。
石蜥蜴がオクスの間合いに入った瞬間だった。
一閃。周りで見ていた隊員たちにはそう見えた。石蜥蜴の足から力が抜け、足で支えられていた胴体が勢いよく地面に着いた。それ以降、石蜥蜴は動かない。石蜥蜴の頭から胴体にかけて、真ん中に赤い直線を描くように血が滲みだしていた。
「やったのか?」
隊長がそう言うと、隊員たちが石蜥蜴に近づき、慎重に死んでいることを確認する。
「どうやら死んでいるようです」
一人の隊員が代表して報告する。
「おい、お前。こんなことができるなら、なぜ最初からやらなかった?」
隊長がもっともな質問をオクスに投げかけた。オクスは少し考えるとこう答えた。
「……すみません。怖くて足が動かなかったんです」
「お前、ふざけるなよ‼」
重傷を負った隊員がオクスに怒りの声を上げた。
「よせ! もう一匹残っている。まずはそちらを片付けるのが先だ。怪我の手当てもな。重傷者は治療にいけ。歩くのに助けが必要な者はいないな? 戦えるものは団長の隊に合流する。お前も来い。次は怖いとかいう言い訳は通らんからな!」
怒った隊員を制しながら、隊長がオクスの方を見て言った。
隊長の指示通り重傷の者とそうでない者とで別れ、隊長やオクス達、戦える者は団長が率いる隊が向かった方へと進む。
オクス達が到着すると、団長がもう一匹の石蜥蜴にとどめを刺すところだった。
石蜥蜴に刺した剣を引き抜くと、到着したもう一隊に気づいた団長が声をかけてきた。
「おや、そちらはもう終わったのですか」
団長の問いかけに応えるべく、隊長が一歩前に出て姿勢を正し、声を発した。
「はっ! この隊員の一撃によりウォークンリザードは絶命しました」
隊長はオクスの方を見て言う。団長もオクスの方を見る。
「やはり噂は本当だったようですね」
「……ですが、それほどの力を持つにもかかわらず、始まってしばらく戦闘に参加していませんでした。そのため、我が隊のうち二名が重傷を負っています」
隊長がオクスのことについて、団長にそれとなく窺いを立てた。
「オクス……さんでしたか? なぜ戦いに参加しなかったのですか?」
団長がオクスに聞いた。
「初めての戦闘だったので足がすくんでしまって。……それと師しょ、ムーガナロさんの指示があったので」
「お前、さっきはそんなこと言わなかっただろ」
オクスの回答に隊長が反応した。
「まずオクスさん。ムーガナロ様とお呼びなさい。あなたが言ったことの真偽はわかりませんが、私の指揮下に入る以上、ムーガナロ様の指示と言えど、勝手な行動をしてもらっては困ります。今後は他の騎士……仲間に危害が加えられるようなことは慎んでください。良いですね?」
「はい」
「では皆さん、村の入口に全員を集めてください。被害状況を確認します。行動開始!」
オクスは積極的に弁解しようとは思わなかった。団長や他の騎士からの評価などどうでも良かったからだ。団長に怒られている間も別のことを考えていた。
(あ~、ナトに会いたい)
それから最寄りの町に凱旋し、民衆にもてはやされたり、豪華な料理が振る舞われたりしたがオクスはほとんど覚えていない。家に帰りたいという気持ちでいっぱいだった。
その日の晩は町に泊まり、翌日に王都へと出発する。馬よりも早く走れるオクスは、自分一人だけでも先に帰りたかったが、王都への道を覚えていなかったので断念した。
ナトのことばかり考えていると、いつのまにか王都に到着していた。うずうずする気持ちをこらえながら片付けを終え、オクスは一直線にナトの屋敷に向かう。屋敷に着くと玄関扉をノックする。ナトが防犯魔法をかけているためだ。しばし待つと、ナトの声がした。
「どちら様ですか?」
「オクスだよ」
またしばらく待つと、扉が開く。
「おかえりなさい」
ナトが笑顔で迎えてくれた。久しぶりにナトの顔を見たオクスは、少し恥ずかしがりながら言った。
「ただいま」




