闘技(2)
オクスは相手の首元に手刀を入れると地面に着地し、すぐに後ろに飛んで距離をとった。
一瞬の静寂の後、観客席が湧きあがる。
「ぶわぁはははははははは!」
「ぶっ! だせぇ」
「なんだよチョップって(笑)」
観客席は笑いに包まれた。オクスの声が聞こえる前方にいた観客は、技の名前を。声が聞こえない後方の観客は、大きな体の相手に軽くチョップしたオクスの滑稽さを笑った。
笑い声が響く中、静かに相手の巨体は崩れ落ち、地面に倒れた。
観客席の笑いが、どよめきに変わる。
(わかってる……、名前がダサいなんて。でも、これしか無かったんだよ……)
ムーガナロと相談した時、オクスという名も周知した方が良いということになった。オクスがまともに使える技は、何回も繰り返し練習し力加減をマスターした手刀だけ。皆にわかりやすい名前となると、おのずと決まってしまったのだ。
始まりと同じような鐘の音が鳴る。闘技の終わりの合図だ。オクスの初めての闘技は、オクスの勝利で幕を閉じた。
オクスが相手のこん棒で吹き飛ばされていたのは全て演技だ。経験を積むためにいくらかは相手の攻撃を受けるように、とのムーガナロからの指示によるもの。大げさに演技していたのは、観客に楽しんでもらうためのオクスなりの配慮だった。
(早く手刀以外もマスターしないと)
闘技場からの帰り道、オクスは目標までの果てしない道のりに思いを巡らせた。
数日後、オクスの二戦目が組まれた。
オクスは意気揚々と観客の目の前に登場する。初戦のときとは違い、小さくない歓声が上がる。
(歓声を受けるのも悪くないな)
気分を良くしたオクスの前に、対戦相手が現れた。オクスのときよりも大きな歓声が上がる。
闘技の際、先に登場するのは格下だ。オクスは常に格上の相手と当たるようにと、闘技の主催者にお願いしていた。
対戦相手はひらひらとしたローブに、豪華な宝飾が施された杖を持っている。ローブも随所に装飾が見受けられ、いかにも高価そうだ。頭には何もつけておらず、猫耳があらわになっている。
(見るからに魔法使いって感じだな)
始まりの鐘が鳴った。オクスは様子を見る。物理攻撃に関してはムーガナロから散々受けていたが、魔法攻撃を受けるのは初めてだった。十中八九、相手は遠距離攻撃主体のはずだ。距離をとって、放たれた魔法を受けることが出来るか判断する。
案の定、相手が杖をオクスに向け、魔法を放ってきた。巨大な火球だ。
(いやいやいや! あんなもん受けたら死ぬだろ)
魔法を受けきれないと判断したオクスは魔法を横に飛んでかわす。相手は有無を言わさず追撃の火球を放つ。それもかわしながら、オクスは相手から感じていた違和感の正体に気づいた。
(呪文を言わなくても魔法が使えるのか⁉)
オクスが見たことがある魔法は全て、呪文によって発動していた。だが、今戦っている相手の口はまったく動いていないし、呪文のような声も音もまったく聞こえない。
(腹話術で呪文を呟いてるとか? ナトに聞いてみよ)
もし呪文が必要ないとすれば、その分魔法発動までの時間が短縮される。そのせいかわからないが、相手は火球を出す魔法を短い時間で連発していた。
そのさなかオクスは、相手が何もないところに杖を向ける仕草をするのを何回か見た。気にはなっていたが、オクスに思い当たる節はなかった。
オクスは魔法を避けるため縦横無尽に駆け回る。オクスが自分に飛んできた火球を今までと同じように横にかわすと、相手が不気味な笑いを浮かべたのが目に入った。
――オクスの視界が変わる。一面、真っ赤でまぶしくなり、ゴォォォォと言う轟音に包まれれ、オクスは何が起きたのかわからなかった。すぐに場所を移動する。
「……あちっ! 熱い!」
熱を感じる場所を見ると、服が上下とも燃えていた。混乱したオクスは着ている服を引きちぎり、自分の身から服を剥いだ。オクスが纏っているのは下着だけになってしまった。
(炎のトラップか、目に見えないのはたちが悪いな)
相手が何もないところに杖を向けていたのは、炎の罠を作るためだったのだ。
「服に防御魔法かけてないとか、あいつバカか?」
観客の一人が言った。ほとんどの観客も同様に思っているだろう。通常の闘技では、事前に調べた対戦相手が魔法使いであれば、体はもちろんのこと、着ている鎧や衣服にも防御魔法をかけて、あるいはかけてもらって戦いに挑むものだ。対戦相手の情報を仕入れず、闘技も初心者のオクスが、それを知る由もなかった。
オクスが炎の罠にかかってからも途切れない相手の火球を、他の罠に当たらないように最低限の動きでかわしながら、オクスは打開策を考えていた。
(とにかくアイツを倒すには近づくしかない。罠に掛かっても体はなんともなくて服が燃えただけだから大したことないけど、パンツを燃やすわけにはいかないからな。見えない罠に当たらないように近づくにはどうすれば……)
相手の魔力は無限ではないはずだ。このまま魔法を避け続ければ、相手の魔力切れで勝てるかもしれない。本来ならそれで経験値を稼ぎたいところだが、どれくらい時間が掛かるかもわからないし、相手が他の手段を使ってくるとも限らない。それに、パンツ一丁のオクスにはそんな余裕はなかった。炎の罠を受けた時の感じから、オクスは一か八かの賭けに出ることにした。
「うおおおおおお!」
オクスは叫びながら、相手に向かって一直線に走り出した。当然、相手から火球が飛んでくる。火球と地面にはわずかながらも間隔があり、オクスはその隙間に向かって足からスライディングした。足と下着は火球から逃れることができたが、上体は火球の中に突っ込む。
(肉を焼かせて、最終防衛ラインは守る‼)
火傷を辞さなかったオクスだが、炎の罠を受けた時と同様、熱さもダメージも受けなかった。
決死のスライディングにより相手との距離を詰めたオクスは、戦闘を終わらせるべく必殺技の名前を叫びながら、相手の首元に手刀を放つ。
「オクスチョップ!」
悠長に叫んでいる時間はないため、短縮版だ。
相手は地面に倒れ伏し、終わりの鐘が鳴った。オクスの勝利である。観客席から割れんばかりの歓声が上がる。
「俺、あいつが防御魔法かけてなかった理由がわかったぜ。わざと裸を見せたかったんだよ」
「なるほど、変態的なパフォーマンスってわけか」
「なんかアイツ、勝利って言うより裸って感じしねーか?」
「あ、それわかるわ」
「いいぞーホゾスー!」
観客席からポツポツと聞こえていたホゾスという言葉は、やがて会場を包み込むほどの大きなホゾスコールへと変化した。
『ホ・ゾ・ス! ホ・ゾ・ス! ホ・ゾ・ス! ホ・ゾ・ス!』
「俺の名前はオクスだあああああああ!」
オクスの悲痛な叫びは、ホゾスコールによって打ち消された。




