闘技(1)
かすかに外の喧騒を感じる殺風景な部屋にオクスはいた。その部屋には木製の長イスだけが置かれており、それにオクスは座っている。周りを見渡しても出入り口以外には石の壁しかない。
オクスが落ち着かない様子でいると、出入り口の扉が勢いよく開いた。
「お前の番だ、出ろ」
扉を開け放った無骨で大柄な猫耳男が、オクスに向かって言う。オクスは立ち上がると出入り口を出て二手に別れる通路を、部屋に来た通路とは別の方へ歩き出す。かすかに聞こえていた音のボリュームが、部屋を出ることで大きくなった。
通路はさっきまでいた部屋と同じように殺風景で、石で出来ている。通路の先は明るく、外につながっているようだ。外に近づくにつれ、聞こえてくる音が大きくなり、それが大勢の人間の声だということがはっきりとしてきた。
オクスは一度立ち止まり、覚悟を決めると通路から外へ出る。
――そこには溢れんばかりの人がいた。オクスがいる砂が踏み固められた場所を取り囲むように大勢の観客が座っている。
それぞれが思い思いに喋っているので全ては聞き取れないが、たまに大きな声や通る声が聞こえたときは内容を聞き取ることができた。
「新人、お前に賭けてんだから、負けるんじゃねぇぞ!」
「なんか体が細くねぇか? あんなんで戦えるのかよ」
オクスがいるのは競技場だ。師匠の元で修行をし始めて二カ月。実戦の経験を積むために師匠の勧めで、闘技を行うことになったのだ。
経験を積むだけが目的ではない。それはオクスが村から出る数日前、ナトの屋敷に一緒に住むことになったあとにもう一度、ロビー、オクス、ナトの三人で集まった時の話が関係する。
「若い男女二人だけで住むことになるから、どうしても変な噂が立つだろうな」
「私は気にしませんが……」
ロビーの心配に対し、ナトが答えた。
「う~ん、気にする気にしないの問題じゃない気がするんだが……」
隣近所との関係に波風を立たせるのは、そこで生活していく上で避けるべきだ。オクスもそういったことでナトに迷惑をかけるのは嫌だった。だが、噂を立てないようする方策は思いつかなかった。
「まあその辺もムーガナロにお願いしておくさ。俺の方でも何か思いついたら追って連絡する」
結局、ロビーとムーガナロ頼みということになってしまった。
王都に来てからはムーガナロが、変な噂を打ち消すために「オクスは異国から来た凄腕のボディガード」という噂を流してくれていた。だが、あくまで噂であって実がない。そこで、闘技で大衆にオクスの強さを知らしめることにしたのだ。
それでも男女二人だけで住んでいることに変わりはなく、恋愛関係の噂は立つだろうが、得体の知れない男であるよりはましだろう。
(これで俺の評判が決まってしまうんだ。がんばらないと)
オクスが意気込んでいると、ワッーと観客席から歓声が上がる。正面を見ると、今回の対戦相手が登場していた。
対戦相手の身長はオクスの目算で二メートルを超える。ズボンだけはいている体は筋骨隆々で肌の色が不健康な緑色だ。耳は普通の人間と同じ場所についているが、耳の先が尖っていた。手には木の巨大なこん棒を持っている。
オクスは対戦相手のことを全く知らない。将来的に未知の世界を旅しようというのだ。事前情報を知っておいたのでは、旅のリハーサルにならない。
(ゲームで見たことあるような人種だな)
そんなことを考えながらも師匠に教えられた通り、相手の容姿や武器を観察し、想定される動きをシミュレーションする。もちろん、予想外の攻撃にも気を配る。
(飛び道具もあるかもしれない。近接タイプと思わせて魔法を使うとか)
闘技で禁止されているのは、相手を死に至らしめることだけだ。重傷を負っても魔法で治すことができる。死にさえしなければ魔法でも武器でも使って良いとされていた。ただし、相手の精神を操作するような魔法は禁止だ。
ゴオオオオオン。
仕合開始の合図である鐘が鳴った。
――と同時に、対戦相手がオクスに向かって正面から突っ込む。オクスが間合いに入るや否や、こん棒を真上から振り下ろした。
オクスはそれを横に飛んでかわす。かわされた相手はすぐさまこん棒を横に振り回した。
「ぐはああああああっ!」
こん棒が当たり、叫んだオクスの体は吹き飛ぶ。オクスは地面に背中から着地するが、すぐに態勢を立て直す。相手は吹っ飛んだオクスを追って既に近くまできていた。オクスに近づきながら再度こん棒を振り回す。
「うわあああああああっ!」
その後もオクスは幾度となく、相手のこん棒で吹き飛ばされ、その度に苦痛の叫び声を上げた。
「ああああああああああああっ!」
「のわあああああっ!」
何度も吹き飛ばされたオクスは、ヨロヨロと立ち上がる。
「はあ、はあ……」
呼吸は荒く、呼吸に合わせて体が上下している。着ている服は砂まみれだ。服についた砂を払っている暇などない。
勝利を確信したのか、相手の顔に笑みが見える。そして、相手の口が開いた。
「とどめだ」
声は聞こえなかったが口の動きから、オクスには相手がそう言ったように見えた。それを証明するかのように、相手は一気に間合いを詰め、オクス目掛けてこん棒を振り下ろした。
渾身の一撃だった。ヘロヘロになった者に避けられるはずはない。だが、こん棒を振り下ろした男はすぐに違和感に気づいた。こん棒が当たった時の肉の感触がないのだ。そして、そこにいたはずの人間がいない。避ける影すら捉えられなかった。
――オクスは相手の後ろに移動していた。相手の身長が大きいため、武器を持っていないオクスが相手の首から上を攻撃するにはジャンプする必要がある。相手に気づかれる前に攻撃するべく、すぐに飛び上がる。そして、必殺技の名前を叫んだ。
「オクスゥゥゥゥ、チョォォォォォォォップ‼」




