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出会い(1)

 生い茂る不揃いな木々の中、ひときわ幹が太い木の根元に木漏れ日がさしていた。

 その光の先には、木にもたれる目を閉じた一人の青年。何も纏っていない体は無駄な肉がなく引き締まっている。

 やがて、青年のまぶたがゆっくりと持ち上がった。


(……森?)


 自分がいる場所に違和感を持った青年は、五感を動員させる。目にはうっそうとした木々が写り、鼻には青臭い新鮮な空気が入ってくる。遠くから聞こえてくる音は鳥のさえずりだろうか。背中からお尻にかけて硬い幹の感触がある。


(俺、死んだよな?)


 最後の記憶を思いだす。

(風呂場で練炭焚いて……。苦しかった……。もう二度とごめんだ……)

 死ぬ間際の恐怖が蘇り、心と体が震える。恐怖から逃れるために思考を巡らす。


(ということは天国か? イメージと違いすぎる。それとも夢? でも、夢にしては妙にリアルだし……。夢だとしたら自殺は失敗か。もっと確実な方法にしとけば……)


 そんなことを考えていると、前方の茂みからガサッと音がした。自然と視線は音のした方に向く。そこには――


「ひっ⁉」

 驚嘆とも疑問とも取れる音を青年は発した。


(熊⁉)


 そこには動物がいた。いや動物というより獣と言った方が正しいか。体は黒い毛で覆われ、鋭い爪や牙は木漏れ日を反射して白く光っている。体長は青年の身長以上。目尻が吊り上がり、般若のような口も相まって恐ろしい形相だ。


(さすがに天国に熊は出ないよな。……ってことはやっぱり夢か)

 などとのんきに考えている間にも、熊は青年との距離を詰めている。青年は木にもたれかかったままだ。


 青年が(……近いな)と思った瞬間、熊が飛びかかってきた。爪をむき出しにした右腕を、青年の顔目掛けて一気に振り下ろす。

 熊のその一連の動作は、青年にはスロー再生しているようなゆっくりした動きに見えた。右腕の一振りから逃れるために、顔や体を動かすくらいはできただろう。しかし、夢であることを確認するためか、はたまた死んでも良いという気持ちがそうさせたのか、青年の体は反射的に顔を背けるだけだった。

 そして、熊の爪が青年の顔に到達する。


「いたっ! ……くない……」


 熊の爪は青年の皮膚を傷つけることなく、滑ったように空中に放りだされた。

「やっぱり夢じゃねえか」


 致命傷を与えることができなかった熊は、追撃を繰りだす。青年の顔に×印を書くように、両腕で交互にひっかく。

 青年に痛みはないが、指で撫でなれるような感触はある。自分以外にあまり触られたことがない青年にとって、心地良い感触だった。


(触られるなら、かわいい女の子だよな。いや、女の子でもひっかかれるのは駄目か)


 熊の攻撃は止まらない。爪が駄目だとわかれば、今度は首元に噛みつく。しかし、牙が青年の肌に突き刺さることはなかった。


(甘噛みかよ! なんで熊とスキンシップせにゃならんのだ。夢ならもっとマシな夢にしてくれ!)


「いい加減うざい!」

 青年はハエでも払うかのように右腕を振り上げた。


 その腕は熊のみぞおちを(えぐ)るように弧を描く――と同時に熊の巨体が吹き飛び、後方にあった木に叩きつけられる。

 木から軋むような音がし、熊は苦悶の鳴き声を上げながら地面にずり落ちた。


「はあ⁉ ええっ⁉」

 青年が素っ頓狂な声を出している間に、態勢を立て直した熊は一目散に逃げていった。


「なんだったんだ?」


 覚醒して間もない上に、よくわからない光景を次々に目の当たりにした青年は、考えをまとめることができなかった。


「どうしよう……。夢なら覚めてくれ……」

 天を仰いだまましばらくボーとしていると、今度は後方からガサッという草を掻き分ける音がした。ビクッと体が反応する。


(頼む。今度はかわいい女の子。かわいい女の子。かわいい――)


 祈るような気持ちで音のした方に振り返った。

 そこにはかわいい猫耳の――オッサンがいた。


(おしい!)


 猫耳の男は手に弓を持ち、腰には短剣を差している。矢筒と革袋を背負い、皮でできた鎧のようなものを着ていた。肩には縄を巻いて担いでおり、お尻から伸びるしっぽと猫耳が異彩を放つ。歳は二十代後半から三十代前半くらいだろうか。

 猫耳の男は怪訝な顔をしながら、なにやら話しかけてきたが、青年は理解できない。だが、言っている内容は大方の予想がつく。差し詰めこんなところだろう。「お前、こんなところで裸でナニやってんだ?」


 青年は大事な部分を手で隠しながら、「こんにちは」「ヘロー」「キャンユースピークイングリッシュ?」とコミュニケーションを図ってみたが、顔を左右に振られてしまった。


(夢なら普通、通じるだろ!)


 猫耳の男はおもむろに紐が付いた毛皮を革袋から取り出し、青年に手渡した。そのあと、両手で自分の腰回りをなぞるジェスチャーをする。


(これを巻けってことか。なんか、こんな装備品、ゲームであったよな)

 毛皮を腰に巻き、紐を結んでいると、猫耳の男が出てきた方からまたも草の音がする


(もう熊でも、猫耳でも、オッサンでも驚かねえよ)

 青年の考えはすぐに覆された。


 茂みから出てきたのは猫耳の少女だった。この場所に似つかわしくない存在の登場にも少なからず驚いたが、なによりも驚いたのは少女の容姿だ。


 暗い黄緑色のフードつきローブを着ているため、髪型や体形はわからないが、フードから覗く白い肌は瑞々しく輝いている。少しだけ見える髪の毛は濃い紫色だ。目はパッチリして大きく、目鼻立ちは整っていて、美少女と言って過言はないだろう。

 フードの上部には穴が二つ開いていて、そこから白くてかわいらしい猫耳が飛び出していた。右手には杖だろうか、太い木の枝のようなものを持っている。

 つまるところ、青年の好みのタイプに合致したのである。猫耳を含めて。


(……か、かわいい)


 青年は驚きと同時に、不思議な感覚に襲われていた。この少女のことを前から知っていたような、これから長い時間を一緒に過ごすことを既に知っているような感覚。結婚の動機でビビッと来たからと言う人がいるが、それに近いだろうか。


(これが一目惚れってやつか?)


 青年が感慨にふけている間に、猫耳の男と少女は話をつけたらしく、少女がこちらに近づいてきた。

(うわぁ、ドキドキする。何が始まるんだ?)


 少女が杖を掲げて呪文のような言葉を二言三言呟くと、青年は一瞬だけ頭が冴えわたるように感じた。


 そして、少女が口を開いた。

「私の言葉の意味がわかりますか?」


 話し方は自信がない感じだが、声は澄んでいて聞き心地が良い。

 青年は頷くと、返事をしようと口を開きかけたが、少女の手のひらが顔の前に差し出された。


「ちょっと待ってください。<永続化><発話翻訳>。対象、前方の男性」

 少女がそう呟くと、青年の頭がさっきと同じように冴えわたる。

「どうぞ。何か話してみてください」


 口頭でコミュニケーションを取れると思っていなかった上、運命の出会いで頭が真っ白になっていた青年は、何を言えば良いのか思いつかなかった。少女に嫌われたくない一心で言葉を絞り出す。


「お、俺は別にあ、怪しいもんじゃなくて! なんでこんなところに裸でいたのかって聞かれても……、俺にもわからないんだ‼」

「おいおい、初対面の第一声がそれかよ」


 苦笑しつつ、猫耳の男が続ける。

「まずは自己紹介だろ。俺の名前はロビー。猟師をやってる。で、こっちがナトちゃん。魔法使いだ」

「ナトと申します。よろしくお願いします。」


(ナトちゃんって言うのか。名前もかわいいな。けど、こっちを見て喋ってくれない。裸だからか?)(魔法使いって……。えらくファンタジーな職業が出てきたな)(この二人の関係は何なんだ。ちゃんづけで呼びやがって)などと考えていると、ロビーが痺れを切らして聞いてきた。


「お前は?」

「へっ?」

「お前の名前だよ! な・ま・え!」


(名前……。名前って。本当の名前を言うか? でも“マサル”とナトじゃ釣り合わなすぎだろ!)


「じ、実は記憶喪失で何も覚えてないんです。目が覚めたらここにいたんだ。」

「記憶を失って、ここに裸で倒れてたって言うのか? 訳がわからないな」

 ロビーの言葉に、青年は(俺もわからねえよ‼)と言いたかったが、耐える。


「ナトちゃん。記憶を蘇らせる魔法とか、記憶を覗く魔法はないのか?」

「聞いたことはありますけど、私は使えないです」


(あぶねぇ。ナトちゃんにあんな記憶見せるわけにはいかねえよ。)

 青年は死ぬ間際の記憶や、自殺に至った経緯を思い返す。それらの嫌な記憶をナトはもとより、他人には見せたくなかった。


「でも名無しって訳にはいかないし、何か名前を――」

「おい‼ そっちに行ったぞ‼」

 先ほど熊が逃げた方向から声がした。そして、草を掻き分ける音が段々と近づいてくる。


「接近戦は無理だ! 距離を取るぞ!」


 ロビーがそう言うと同時に、見覚えのある巨体が姿を現した。さっきの熊だ。

 ロビーは熊との距離を取るべく走り出している。一方のナトはというと、足がすくんでいるのか、その場から動こうとしない。青年も動かずナトを見据えたままだ。

 

 熊がその場にいる三者を見比べる。足が動くようになったのか、ようやくナトが走り出したが、向かった先はロビーがいる方向ではない。

 熊も合わせて走り出す。後ろには自分を追う猟師。前方には自分を吹き飛ばした青年と、手強そうな猟師がいる。なれば、活路となる自分より弱そうな少女の方向へ。


「くそ‼」


 ロビーは矢筒から矢を取り出し、弓につがえようとする。だが、間に合わないのは誰の目にも明らかだった。

 ナトと熊が同じ方向に走り出すのを見ていた青年。彼の行動の口火を切ったのは、ロビーの怒号だ。


(俺がナトちゃんをかばって――)


 動き出しが遅れたため、ナトと熊の間に割って入ることは青年が常人であれば不可能だ。そう、常人であれば、の話である。


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