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図書館

 あくる日、オクスはナトに教えてもらった書店の前にいた。


「図書館は……、ここだな」


 書店で買った王都の地図を見ながら、図書館の場所を確認しているようだ。

 地図を見ながら移動し、やがて図書館にたどり着く。


 昨日ナトに案内されて一度訪れてはいたが、買った地図の内容や縮尺の確認がてら、別の道を通って図書館まで歩いてきた。


 おずおずと図書館の中に入ると、嗅いだことがあるような、ないようなそんな匂いがオクスの鼻腔に広がった。古い本の匂いである。


(前の世界の図書館もこんな匂いだったっけ。微妙に違うような……。それにしても、図書館なんて何年ぶりだろう)


 図書館の中は広いが所狭しと、いくつもの本棚が並べられていた。本棚の側面には番号が書かれている。


 物色しようと本棚に近づいたオクスは、記憶にある図書館とは異様な光景を目にした。

(これは……、盗難防止?)


 本が鎖でつながれていたのである。分厚い本の一つ一つに鎖が付いており、その鎖の反対側は本棚に固定されていた。

 本棚に収まる本のほとんどは、背表紙が奥側で小口が前面に出ており、一目ではその本がどういったものか判別できない。


(まいったな、これじゃあ本を探すのに時間がかかるぞ)


 適当に近くにある本を棚から引き抜いて確認するが、目的の本ではない。いくつかの本棚で目的の本を探したが、見つかる気配はなかった。


(仕方がない、司書さんに聞いてみるか)


 オクスは本の管理者を探す。図書館の中を歩き回っていると、カウンターのような机がある場所に、中年の男女一名ずつが座っていた。女性の方は机に向かって作業をしているようだ。男性の方に意を決して聞いてみる。


「すみません。未開の地についての本を探しているのですが」

「未開の地……というのは、世界の東側の大地のことでよろしいですか?」

「はい、そうです」

「ちなみに、どういった理由でそのような本を探されているのでしょう?」

「いやあ世界を旅したい、なんて思っていまして」

「はっはっはっは、ご冗談を。なるほど、本を読んで世界を旅したような気分に浸りたいということですな。あなたのような方はよくいらっしゃいますよ」

「ああ、そう、そうなんですよ」


 オクスは愛想笑いをしながら答える。


(世界を旅するなんて言ったら変人扱いされるみたいだな。気をつけよう……)


「わかりました。魔法で探しますので、少々お待ちください」


 そう言うと中年の男性は呪文を呟き、数十秒後、結果を口にした。


「お待たせしました。百五十一番の棚に何冊かあるようです」

「わかりました。ありがとうございます。……あの、他にも見たい本があるので、また聞きに来ると思います」

「承知しました。どうぞ、遠慮なさらずに」


 再びお礼を言って、オクスは言われた番号の棚に向かう。目的の本を見つけたオクスは、陽が傾くまで本を読みふけ、区切りがついたところでナトの屋敷に帰宅した。


 屋敷に帰ると、ナトが夕食の準備をしているところだった。厨房を覗いたオクスは、「ただいま」と口にする。ナトの「おかえりなさい」という言葉に、オクスは震えるほど感動した。


 食器の用意などをオクスは手伝い、料理が出来上がると二人は夕食をとり始める。

 ナトの屋敷には食堂があるのだが、厨房からだと玄関の間を挟んだ場所にある。料理を運ぶのや片づけるのに手間がかかるということで、厨房にあるテーブルで食事をとっていた。互いに向かい合って座っている。


「図書館はどうでした?」

「目的の本は見つかったよ。今は未開の地について調べているんだけど、まだまだ時間がかかりそうだね」

「そうですか」


 ナトが今日の成果を聞いてきたので、オクスも気になっていたナトの成果を聞き返す。


「ナトちゃんの方はどうなの? レポート進んだ?」

「あんまり進んでないです。レポートはあまり書いたことがないので……」

「報告するんだったら、結論を先に書いた方が分かりやすいんだったかな? 良かったらレポート読んであげようか。一応、前の世界でレポート書いたことがあったし」

「ありがとうございます。じゃあ、下書きが書けたらお願いしますね」


 最初は純粋な気持ちで持ちかけたが、あとになってレポートに自分のことが書かれていたらどうしようとか、格好良く書かれていたら消すのは忍びないとか、余計な心配をするオクスであった。


 翌日もオクスは図書館にいた。日中に自由な時間を持てるのは休日を除いて、オクスが兵士の訓練所で働き始めるまでだ。それまで、オクスは図書館に通い詰めた。午前中から図書館に赴き、屋敷に帰るとナトが作った夕ごはんを食べるというスケジュールだ。


 図書館に通う日々はあっという間に過ぎ、兵士の指南役を訪ねる日が明日となっていた。図書館の帰りに服の仕立て屋に寄り、注文していた服を受け取る。


 屋敷に帰り玄関扉を開けると、いい匂いが漂ってきた。

 ナトの作る食事はおいしく、オクスに不満はない。だが、前の世界で日本人だったオクスは日本食が食べたかった。特に刺身と白いご飯が無性に恋しいのだ。


(海の近くの国に行けば刺身は食べられるか? ワサビと醤油がないか。米は……無理だろうなぁ)


 旅の目的に日本食――に似たものを探すことが追加された。残念ながら、オクスが今いる国は海に面していない。


「オクスさん、どうしたんですか?」

「……ん? あ、いや、なんでもないよ。ナトちゃんが作ってくれたご飯がおいしいなあって」

「ふふ、ありがとうございます」


 オクスが日本食に思いを馳せていたのは、夕食中だった。


「それに、一人じゃなくて二人で食べると楽しいよね。前の世界だと一人暮らしで、長い間一人で食べてたから」

「私もです。食事も作り甲斐がありますし……。私、オクスさんに出会えてよかったです」

「俺もナトちゃんに会えてよかったよ」


 二人の目が合い、数十秒間互いを見つめ合う。オクスはその間、時間が止まったような、時間が間延びしたような、そんな感覚に陥った。恥ずかしくなったのか、お互いほぼ同時に視線をそらす。


「……そうそう、図書館で読んだ本にさ――」


 オクスはドキドキしていたが、何事もなかったかのように話を再開した。


 寝る準備を整えたオクスはベッドに入る。寝る前に今日あったことを回想するのが日課になっていた。


(まずは図書館で調べたことを整理するか)


 まず、世界の東側にある未開の地については、怪物(モンスター)がはびこっているという既知の情報以外、ろくに本に書かれていなかった。ただ、東側の怪物(モンスター)がオクス達がいる西側に来ないのは、大陸中央部の北に生息するドラゴンがにらみを利かせているからというのは分かった。中央部の南側にはナトが言っていたフォルセアトル共和国があり、その国と未開の地周辺にある国が緩衝地帯となっているのも理由の一つらしい。


 次に南の大陸だが、オクスが今いる大陸とは地続きでなく、海で完全に分断されている。オクスがいる大陸で南の大陸と交流があるのはフォルセアトル共和国を含む数か国のみ。


 このように、この世界のことを調べると大体、フォルセアトルの名前が出てくるのだ。

(フォルセアトルがとっかかりだな。最初に行くべきはそこか)


 結論を出したオクスは、今日の夕食時の出来事を思い出す。

(この幸せがいつまでも続くといいなあ)


 旅立つこということは、ナトと離れ離れになるということだ。考えても良い解決策は浮かばないので、オクスは考えないようにしていた。


 そして、どうしてもフラグを立てないと気が済まないオクスであった。


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