王都案内
「王都の地図なら書店にあると思いますが、明日ご案内しましょうか?」
ナトがオクスの質問に答える。
「いやいや、場所を教えてもらったら大丈夫だよ。ナトちゃん、レポート書くんでしょ?」
ナトはとても残念そうな顔をして黙ってしまった。オクスとしてもナトに付いてきてほしいが、ナトの学業を妨げるわけにはいかない。
「そうだ! 明日王都を案内させてください。ここに住む以上、王都の施設をある程度知っておくべきだと思うんです」
黙っていたナトが、良いことを思いつきました、といった顔で言う。
「だけど……」
「一日くらいなら大丈夫です。私、オクスさんのお役に立ちたいんです!」
「う、うん……なら、お願いするよ」
(ナトちゃんとデートできるし、まあいっか)
翌日、オクスとナトは王都を歩いていた。ナトの屋敷から離れている場所で、途中までは馬車を使って来た。ナトは例のお出かけスタイルだ。
「こちらが競技場です。昔は闘技だけ行われていて闘技場と呼ばれていたのですが、現在は色んな競技が行われています」
ナトが手で指し示すのは、石で作られた巨大な円形の建物だ。中には大勢の人がいるのか、外にいても喧騒を感じる。時折、ワッーという歓声も聞こえてきた。
「野球はやってないよね?」
「ヤキウですか? 聞いたことはないですね」
前世で野球が好きだったオクスは、ダメ元で聞いてみた。
「だよね……」
(それにしてもナトちゃん、ツアーのガイドさんみたいだな)
オクスはナトがバスガイドの制服を着て、手旗を持つ姿を想像する。
(猫耳バスガイドか、……新しいな。……いや、馬車ガイドか?)
オクスがくだらないことを考えていると、ナトの足が止まった。次の施設に着いたようだ。
「このあたりは色々なギルドの本部が集まっているところです」
そこにはいくつかの建物が密集しており、どの建物も入り口とみられる扉の上部に看板が据え付けられている。その看板には紋章だろうか、どのようなギルドなのかわかりやすいように、商品や道具を模したマークが付いていた。
「へ~。冒険者ギルドはどこなの?」
「冒険者というのはどういった職業ですか?」
「え……、ないの?」
「ギルドは商人や職人さんの集まりですよ」
オクスが言った冒険者とは、ゲームやライトノベルによく出てくる、モンスターを退治したり、アイテムを収集したりして報酬を得る者たちだ。魔法、モンスターとくれば冒険者だろうというオクスの期待は外れてしまった。
(他の国になら冒険者ギルドはあるんだろうか?)
次の場所に着いたオクスは、ナトの案内がなくとも、その場所がどのようなところか一目で理解した。
「ここが王城です」
(ここが王のいる城か)
王城は長方形の石材を積み上げて作られた高い城壁で囲まれていた。その中にさらに高い城壁が確認できる。ぱっと見た印象は大きくてごつい。城壁の周りを水が張ってある堀が囲んでいて、いくつか見える塔は不規則に建てられていた。確かに、ここを攻め落とすとなると一筋縄ではいかないだろう。
「周辺には騎士団の建物や兵士の宿舎、そしてオクスさんが働く予定の訓練所があります」
城壁には堀に木の跳ね橋がかけられた入り口がいくつかあり、両脇には見張りの兵士がいる。おそらく、ナトが言ったそれぞれの施設の入り口なのだろうが、どれも同じように作られており、どの入り口がどこにつながっているのかわからない。
「ですがすみません。城壁の中に入ったことがないので、訓練所の場所はわからないです」
「まあ地図で確認するか、見張りの兵士に聞いてみるよ」
城に用がある人は少ないのだろう、そこにはナトとオクスと兵士以外の人影はなかった。そうなると兵士の目は必然的にオクスとナトに向けられる。兵士たちの突き刺さるような視線に耐え切れず、二人は早々に城をあとにした。
「なんで兵士ってあんなに怖いんだ」
「オクスさんでも怖いんですか?」
「え、怖いけど?」
「私、オクスさんには怖いものがないと思ってました」
「……ナトちゃんの感覚とそんなに変わらないと思うよ」
(ナトちゃんは俺のこと、どういう人間だと思ってるんだ?)
二人は先ほどの城とは対照的に、洗練された建物にやってきた。大きくて立派な建物には窓がいくつもあり、その下には上部がアーチ状になっている入口が並んでいた。
「ここが王立の図書館です。オクスさんに必要な情報が載っている本があれば良いんですが……」
オクスが地図を欲しがった一番の目的は図書館に行くためだ。ゆくゆくは世界を旅したいと思っているオクスは、図書館で世界の情報を収集することを考えている。
「これだけ大きければ本もたくさんあるだろうし、大丈夫だと思うけどな」
今日は本を読む時間はないので、図書館に入ることはなかった。
次にオクスが見た施設は一言で言えば異質だった。
「コ、コンクリート……?」
今までの建物が石やレンガで出来ていたのに対し、その建物はコンクリートのような建材が多く使われていた。実は今までに見た建物の一部にも、同様の建材が使われていたのだが、建物の体積に比べて少量だったため、オクスは気づかなかった。
オクスは建材に驚いたが、デザインや装飾も見事だった。デザインはさっきの図書館より洗練され、壁、柱、窓のサッシにまで装飾が施されている。全体的な印象が今までの建物と違うことから、建築様式が異なることが見てとれた。
「ここが私の通っている魔法学校ですが、どうかされましたか?」
「今までの建物と違うからビックリしちゃって」
「この建物はこの国のものじゃないですからね」
「そうなの?」
「魔法学校は世界の最先端と言われている、フォルセアトル共和国によって作られたんです」
「フォルセアトル共和国……?」
ナトが言うには、その国は魔法の研究が世界で最も進んでいるらしい。魔法だけではなく、様々な分野でも最先端の技術を持っているとのことだ。
(フォルセアトル共和国とやらの情報も集める必要があるな)
オクスは帰りに書店の場所を教えてもらい、二人は屋敷に戻った。帰宅中から夕食の間までずっと、オクスはナトにフォルセアトル共和国について聞いていた。




