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王都への旅路(2)

 王都に向かって三日目のこの日は、朝から雨が降り続いていた。学校から路銀は支給されているが、予備の費用はないため、雨でも馬車を走らせることになった。馬、御者、馬車にはナトの防水魔法がかかっている。


「防水魔法って便利だね。前世でもこんな魔法欲しかったなぁ」

「前世では、雨はどうしていたんです?」

「傘を差したり、カッパを着たり」

「傘はわかりますが、カッパというのは?」

「レインコートって言ったらわかる?」

「なるほど、魔法以外はこの世界とあまり変わりませんね。失礼ですが、雨よけはあまり発達してないのですね」

「そうなんだよ。進化してないね」


 窓と扉は雨が入らないように目張りされ、馬車の中は暗かった。

 その暗さを晴らすような、明るく楽しげな声が馬車の中に響く。


「これで私の勝ちです」

「ナトちゃん、つえぇなあ」


 本が読める明るさではなかったので、オクスとナトは会話やゲームで時間をつぶした。

 二人がするゲームとは、口頭で行ったり、手を使ったりする類のものだ。


 特定の数字を決め、一からその数字までお互いに決められた回数まで数えていき、先に最初に決めた数字を言わされた方が負け。


 両手とも指一本から始め、交互に相手のどちらかの手に触れ、触れられた相手の指の本数だけ指を追加し、先に両手の指が五本を超えたら負け。


 両手の親指を掛け声のあとに任意の数上げ、同時に上げられた親指の合計を言って当てるなどのルールだ。


 ナトも同じ類のゲームを知っていたらしく、色々なゲームで盛り上がる。

 しりとりもやってみたが、翻訳魔法では対応できないのだろう、意図しない答えが返ってきてゲームが成立しない。だが、それはそれで面白かった。

 ゲームをやってみて際立ったのはナトの強さだ。ナトが七割近くゲームに勝っていた。


「ナトちゃんって頭良いんじゃないの? クラスでどれくらいの順位?」

「成績ですか? 五番以内くらいでしょうか」

「クラスは五十人くらいだっけ?」

「四十七人です」

「四十七人中、五番以内はすごいよ」


 ナトが嬉しそうに、はにかんだように見えたが、オクスは暗くてよくわからなかったのを残念がった。


 馬車は雨をものともせず、予定より少し遅れたくらいで宿泊地に到着した。


 宿に向かうオクスは祈る。今夜を乗り越えればナトとのバラ色の生活が待っていると。もうオクスの頭の中にあるのは部屋のベッドの数だけだった。宝くじの当せん番号を確認するような気持ちで、宿の部屋を覗き込んだ。


(勝った……)


 ベッドの数は丁度三つ。オクスは今日ずっと降っていた雨が上がったような、晴れやかな気分になった。明日の天気は晴れと確信できるほどの爽快さだ。

 明日から始まるナトとの一つ屋根の下での生活を想像しながら寝るまでの時間を過ごし、昨日と同じく穏やかな気分で床に就いた。


 次の日はオクスの天気予報通り晴れだった。だが、目を覚ましたオクスは目を疑った。


 目の前に馬が寝ているのだ。いや、馬面の御者だ。「うわっ!」と叫んだオクスはベッドから飛び起き、自分の体を確認した。どうやら異常はないようだ。ベッドも確認する。間違いなくオクスが寝ていたベッドだ。


 オクスの叫び声と出した音で目を覚ましたのか、ナトが眠そうな目をこすりながら挨拶してきた。


「オクスさん、起きられたのですか? おはようございます」

「ああ、お、おはよう。ごめん、起こしちゃって」

「何かあったのですか?」

「いやいや、何でもないよ」


 そう何もなかったのだと、オクスは自分に言い聞かせた。寝起きのナトの可憐さと比較すれば取るに足らないことだと。オクスはこの出来事を記憶の底に封印することにした。


(旅の恥は掻き捨てだ。ん? ちょっと違うか?)


 王都に向けてラストスパートと言わんばかりに馬車は走る。今日は晴れていて明るさは十分なので、オクスとナトは馬車の中で本を読む。オクスが呼んでいるのは数学の教科書だ。


(わけがわからん)


 四則演算の記号が違えば、小数や分数の表現方法も違うようだ。翻訳魔法で記号は理解できない。オクスは読むのを止めて、まだ読み終わっていない歴史書に手を伸ばした。


 昼食後は昼寝だ。二人の間で恒例になっていた昼寝は、せいぜい一時間ほど。だが色々な疲れが溜まっていたのだろう、この日に限ってナトは王都に着くまでずっと眠っていた。オクスはその姿を慈愛に満ちた表情で眺める。ナトはオクスの肩に頭を乗せ、体を預けている形だ。残念ながらフードが邪魔して、オクスはナトの顔を見ることはできない。それでも、オクスにとって幸福な時間だった。


(ずっと馬車に二人っきりだし、長旅だし、慣れない宿暮らしだもんな、そりゃ疲れるよ)


 景色を見るのとナトを見るのを交互に繰り返していると、今まで訪れた町と比べ物にならない高くて頑丈そうな城壁が見えてきた。


(これが王都だろうな。やっと着いたな)


 門に着くと、門番の兵士が近づいてきた。王都に入るためには、通行証か身分を証明する物が要る。ナトと御者は当然問題がない。オクスもロビーに作ってもらった村長による紹介状があった。御者が書類を取り出し、兵士に手渡す。


「書類は二枚だな。……魔法学校の生徒に、……村長の紹介か。確かめるから少し待て」


 そう言うと兵士はいったん詰所に戻った。数分後、詰所から出てきた兵士が馬車の座席に近づいてきて、オクスとナトをジロジロと確認する。荷物の方にも目をやり、馬車の先頭の方に行くと、御者に「通っていいぞ」と伝えた。


(ふう。大丈夫とわかっていても緊張するな)


 オクスの緊張が伝わったのか、それとも兵士の声のせいか、ナトが目を覚ましたようだ。

 ナトは軽く握った両手を前方に突き出し、頭を下げながら両手をさらに前に出し、伸びをした。


(お~。猫っぽい)


 オクスは何かで見た猫の伸びと、ナトの伸びをダブらせた。


「王都に着いたのですか?」

「そうみたいだね」


 建物はやはり大体が石造りかレンガ造りなのだが、今まで見てきた町よりも立派で大きい建物が多かった。道路は完全に舗装されている。これからここに住むと考えると、オクスの心はワクワクした。


 御者がナトから指示を貰いながら馬車を繰る。しばらくすると、一軒の屋敷の前で馬車は止まった。ナトの屋敷に到着したようだ。


 御者に手伝ってもらい荷物を下ろし終えると、ナトは御者にお礼を言う。


「お世話になりました。ありがとうございました」

「いえいえ、ナトさんの魔法のお陰で楽に運行できました。……ただ、オクスさんとお別れするのは残念です」


 そう言うと、御者はオクスの手を包み込むように握ってきた。オクスの全身に悪寒が走り、鳥肌が立つ。


「またどこかでお会いできることを楽しみにしてますよ。フフフ」

「アリガトウゴザイマシタ」


 ナトの手前、お礼を言わないわけにはいかない。カチコチに固まったオクスの手から名残惜しそうに手を離すと、御者は馬車に乗り、一礼して去っていった。


 御者がナトに派遣された理由がわかった気がしたが、オクスはそれ以上考えるのをやめた。


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