気付いたときには手遅れ(気付くとは言ってない)
「ふふっ、ブレイズ様はとても魅力的な御方なのですね」
ロリコンとして目覚めそうになった後、何とか平常心を取り戻した俺はハンモックに寝転がりながら、椅子に座ったエメラルドブルーの髪の少女と話をしていた。
「多分そういう風に言うのはアンタだけだな。他のやつにこの話をすると変人扱いだぜ」
廊下に飾ってある甲冑をレイアだと勘違いして、誕生日のプレゼントをケーキと歌を添えて渡そうとしたのは、兵や召し使いの中では伝説になっていると言っても過言ではない。
それを見ていたレイアは珍しく大笑いしていたし、そこに居たものは皆笑いすぎて息が出来なかった。
「周りの方々を笑顔に出来るのは、素晴らしいことですから」
「決め顔も音痴な歌も、相手を間違えて居たからこそ笑えただけだと思うがなぁ。ま、何事にも全力になれるのは羨ましいけどな」
「はい。私にも何かあると良いのですが」
なんとなく、悲しげな表情になった気がした。
「何か得意な事とかないのか?」
「ごく稀に外に出られる日以外は、本を読んでいるだけです」
「マジか」
「ま、じ……?」
そう言ってキョトンとしていた。どうやらマジの意味が分からないらしい。どこの深窓の令嬢だ。
「マジってのは真面目を省略したものでな、本気とか真剣とか、そういった意味でも使われる言葉だな。今回は本当かよって意味だな」
「……まじですか」
俺の説明を聞いた少女は、手のひらを合わせ、頬のラインに沿って顔の横に置き、頭を少し傾ける。
俺を出血多量で倒すつもりなのだろうか。鼻血出そう。
「もっかいお願い」
「まじですかっ」
今度は胸の辺りでグーを作って力強く。控えめに言って最高です。
「あっ、また血が……」
「や、これは大丈夫。すぐ収まるから」
「……まじ?」
「マジマジ」
そう答えると満面の笑顔を返してくれる。新しい言葉を覚えて、それを使えるのが嬉しいのだろう。
「また今度他の言葉も教えるよ」
「はいっ、お願いします!」
「ん、任された。そうだ、普段することがないなら中央中庭のピアノを弾いてみたらどうだ?城に入れるなら、可能だと思うぞ。親に頼みにくいなら、俺が許可を貰ってきても構わないが」
そう言うと、目を丸くして驚いていた。
「ピアノがあるのですか?お外に出ることが出来ても、此処以外にはあまり行ったことがないものですから。お恥ずかしながら、あまり他の所はあまり存じていないのです」
「おう、結構な上物だぞ。弾き方が分からなければ、レイアに頼んで手引き書を作ってもいいしな」
弾けるかはわからんが、レイアなら何かしらの知識はあるはずだ。
「あの、その、手引き書をお願いしても良いですか?お父様にピアノを使用しても良いか、一度聞いてみようと思います」
「完成したらピアノの椅子の上に置いとくな。っと、そろそろ時間だな」
「お願いします。レイアさんという方にも、ありがとうございますとお伝えしてもらっても良いですか?直接御礼を申し上げたいのですが、いつ会えるのか分からないので」
立ち上がって深く頭を下げながらそう言った少女に対して、分かったと返すと
「ありがとうございます」
と、もう一度頭を深く下げた。
「んじゃ、そろそろ時間だから行くわ。一緒に話せて楽しかったよ」
「はい、こちらこそありがとうございました。あの、……また会えますか?」
「ピアノを聞きに行ったときにでも会えるさ」
恐る恐る聞いてきた彼女に対して、そう軽く返した。
「じゃ、またな」
「またお会いしましょう……あっ、お名前を聞いていませんでした。私のことは……リンとお呼びください」
「俺はレオンハルトだ。好きに呼んでくれ」
「はい、レオン様」
手を振りながらその場を去っていく俺に、笑顔で手を振りかえすリン。と、少し離れたところで隠れながらも、此方にお辞儀している侍女。
護衛付きとは、偉く過保護な親もいたもんだ。
……………………。
ふと汗が頬を伝う。
恐らく名前は偽名だとしても、リンドヴルム姫と条件が重なっているような気もする。いやいや馬鹿な。
怖くなってきた俺は考えることをやめた。
「という訳だ。初めてのピアノの手引き書の作成よろしく」
「何がという訳なのだ。経緯を説明しなければ分からんぞ。はぁ……、手引き書は作っても構わない」
リンと別れた後、すぐにレイアの執務室に突撃した。飛び込んできて一言目にという訳だ、とか失礼なこと抜かしても嫌な顔一つしないレイアはやはりお人好しだ。俺ならぶん殴る。
いや、相変わらず甲冑お化けなので表情は分からないのだが、そこは気にしてはいけない。
「それにしてもピアノか。懐かしいな」
「やってたのか?」
「あぁ、子供の頃に母上殿にな。あの頃は鍛練がしたくて、よく逃げ出していたなぁ」
今も鍛練狂いは変わらんと思うが。
「何だその目は」
「いやなにも」
「……。それにしても貴様がピアノとは、これまた面妖なこともあるものだ」
心底驚いていることがわかる声音だった。
「お前俺のこと何だと思ってるんだ。お生憎様、弾くのは俺じゃない。今日中庭で会った女の子がな、引きこもりで出来ることが無いって言ってたんで、中庭のピアノを使ってみたらどうかと思ってな」
「ふむ、どこぞの貴族の御令嬢か?随分窮屈な想いをしていそうだが」
「さあな。護衛も居たし健康ではあったし、親にお願いが出来るからには大切にはされているだろうな」
「随分楽しかったようだな。勤務時間中だというのに」
「それでな」
「おい」
「髪も瞳もエメラルドブルーで凄く綺麗なんだよ」
「…………まさか」
「御淑やかで優しいから、お前も気に入ると思うぜ」
「あ、あぁ」
「今度はお前とブレイズも加わって話せるといいな、あのリンって子と」
「……そうだな」
「どした?」
書類を捌きながら話を聞いていたレイアの手が、いつの間にか止まっていた。
「いや、何でもないさ」
「そうか?」
「ああ。知らない方がいいことも世の中にはあるし、気にしないで良い」
たまに良く分からん事を言うし、気にしなくても良いだろう。
「粗相だけはするなよ」
「分かってるよ」
「頼むぞ」
やけに念押ししてくるレイアに対して片手を上げて答え、執務室に戻ることにした。
「うぅ……。胃が痛い。恨むぞレオン」
未だにロクな転生要素が無い模様。
一応あるにはあるのですが、描写が無いため全く分からない、無くても今のところ影響が少ないという。
例え相手が子供でも、相手が高貴そうな相手であればブレイズでさえ言葉に気を付ける。
略語などを広めたのがレオンハルト。あまりそういう考えがない。
といった部分です。
死亡フラグ先輩が準備を始めています