寝起きはサンドイッチにかぎる
「ふっふふ~ん♪」
軽快な鼻歌を歌いながら調理する様は素敵な若奥様だっ!
なんて目を奪われても……男なんですよね……
「ん?どうかしたか?」
サラサラな銀髪を耳にかけながら問いかける。
「だが男だっ!」
「は?まだ寝ぼけているのか?」
祈は灰色の石で出来たコップにお茶を注いで、灰色の石で出来たテーブルに置く。
先程まで殺風景だった部屋は『灰色』で埋め尽くされてゆく。
実際にこの部屋に存在する物は水道と冷蔵庫、今僕が腰を掛けているソファーだけだ。
部屋の片隅に灰色の石がレンガの様に切り分けられ、無造作に積み上げられていた。
それを祈は手に取ると、『咎』で物質を操作し、食器へと作り変える。
テーブル、椅子、家具までもが作り出されてゆく。
「さっ、食べるか」
目の前の机を挟み、反対側の石で出来たおしゃれな椅子に背もたれを抱えるように祈が座る。
先程、朝食をとったばかりな気がするが、腕時計を見ると短針は右に首を傾げていた。
少し小腹が空くわけだ。
「じゃあ状況を説明してもらえるかな?」
僕は祈に問いかける。
「お前は『ギルド』について知っているか?」
「『咎人』の不良グループの集まり?」
「ははっ、テンプレな答えだが少し違う」
警戒に笑みを浮かべ、サンドイッチを豪快に食らう。
「『ギルド』というのは、古臭い言い方をするなら『マフィア』が近い。金の為に動く奴。
只、人を殺すために属する奴や、薬に手を出す奴もいる。非人道的な集団だ」
「漫画の話みたいだね」
苦笑いを浮かべる僕とは対象的に、祈は機嫌が良さそうだ。
「それに相対する正義を掲げるギルドもいる。まぁ……なんだ、ちょっと危険な部活動かな」
「いやいや、そんな部活動廃部にしてしまいなよ」
「お、その発想には賛成だ」
祈は満面の笑みを浮かべる。
やはり可愛い。
「そのギルドがどうかしたの?」
少し照れながら問いかける。
「さっき俺を追いかけていたのは、この辺りを縄張りにするギルド『グレゴリオ』の奴らだ。
池袋を中心に傘下ギルドを6つも抱える、そこそこでかいギルドだな。」
「そのギルドは危ないの?」
「グレゴリオ自体は表向きには宗教みたいなものかな。平和を説くというか、『咎』を認めよとか。」
「じゃあ、さっきのは宗教勧誘?」
「ほんとお前は発想がおもしろいな」
祈はカラカラと笑う。
僕はまじめに答えているだけなのに……
「宗教というのは時に『エゴ』に振り回されるものなんだよ。法人団体は金や人や物が集まりやすい。
人がどれほど迄に『聖人君子』を気取っても、欲望には勝てないってことさ。」
「つまり?」
「手に入れてはいけないものまでも欲する。」
「手に入れてはいけないもの?」
「世界だよ。」
祈は不敵に笑う。
「現在、この東京に君臨する『六華』と言われる巨大なギルドは世界を手に入れる為に争っている。
なにせ、災渦の光は日本にしか恩恵をもたらせなかったからな。戦争では有利だろう。」
「そんなことテレビやネットには……」
「『大罪規制』と『特務部隊』のおかげだな。」
「なにそれ?」
「ギルドに関する報道や情報の規制と、ギルドに関わる事件を処理する警察の部隊だな。
実際、アングラなサイトじゃないと情報は拾えないからな。」
「へー、日本は平和じゃなかったんだ」
「お前、驚かないのか?」
「いや、驚いてるよ?ただ……実感はないから」
「そうかもな。ところで、お前は『夢見草』を知ってるか?」
祈は透明なガラスの壺を机の上に置く。
底には土が敷き詰められ、緑の草が生えている。
「勿論、『咎』の性質を測るものでしょ?」
「そうだ。『咎』は大きく分けて、『操作系』、『強化系』、『放出系』、『具現化』、『呪詛』
の5つに分かれる。その性質を測るものだ。」
そう言いながら祈は、『強化』で草を花咲かせ、『具現化』で鋏を出すと、手も触れずに『操作』し、
花を切り落とすと、『呪詛』で草を枯らすと、手から火を『放出』し、燃やし尽くした。
「まぁ、こんなとこだ。」
そう言いながら、壺の横のボタンを押すと草はまた生えてくる。
「凄い!全ての系統が使えるの!?」
そう、この系統に人は『特化』してしまう為、普通は1つの系統しか扱えない。
僕は目の前の光景がマジックのようで興奮した。
「使えるといっても、俺は『操作系』に特化していて、他は幼稚園児のままごとレベルだよ。」
そう言いながら少しドヤる。
やはり可愛い。
「で、だ。器用な俺をギルドに引き込もうと追われていたわけだ。」
「うん。それは解ったけど、なんで僕が此処に?」
「見られたから、口封じをするために」
……
ニコッと祈は微笑むが、納得いかない僕との間に沈黙が流れる。
「はい」
祈は手を差し出す。
「え?」
「身分証をだして?」
可愛いけど、言っていることが怖い。
「従わないなら、不本意だけど……」
祈は手の上に乗せたブロックを鋭利な槍の様に変化させる。
「通報したりしないのに……」
渋々と学生証を差し出す。
「へぇ、『一之瀬 幸成』君ね。同じ歳なんだねー。」
「え、祈って年下じゃないの?ちんまいのに!?」
ヒュッと音を立て、頬を槍がかすめる。
「ユッキー……殺すよ?」
首を傾げて微笑む祈は可愛いやら怖いやら……
「ごめん……ってユッキー?」
「違った?じゃあユキで」
「そんな友達みたいな」
「え?一緒に飯も食ったし、友達だろ?」
……お父様、お母様、不肖の息子は苦節16年、美少女と友達に---
「今、変な事考えてないか?」
祈が石の槍を構える。
「いえ、素敵な友達に出会えた事がうれしくて」
「そかっ!」
祈は機嫌良さそうに足をパタパタさせながら、サンドイッチを口に放り込むと
鼻歌を歌いながら食器を片付けだした。
皆勤賞……なくなったな……
僕はサンドイッチを食べながら、窓から覗く空へと、やりきれない気持ちを浮かべた。