イジメっ子と喧嘩と魔法
楽しい時間の後に訪れるトラブルの予感。近付いてくる白魔の男の子達に、主人公はどのような対応をするのでしょうか?
第一章 幼年期 第八部の開幕です。
どうぞ、最後までお楽しみくださいませ。
「おい。お前ら」
先頭の銀髪男子が横柄な口調で声を掛けてくる。それに反応して振り向くカサリナとルーシア。ルーシアは相手を視認した瞬間に顔を引き攣らせて、一気に表情を暗く沈ませてしまう。
はい、ルーシアの関係者決定~。しかも、完全にマイナスな関係者~。さて、トップはどいつかね?
「何か用か? 白魔のガキが」
「なんだと!?」
「紅魔のくせに、ジェイス様によくもそんな口を!」
俺の挑発に、取り巻きの男子が激昂する。
あ~、ホント、単純で分かりやすい。これで誰がトップか一発で確信だ。これで、最初に潰すべき相手は確定、と。
「取り巻きは黙ってろ。それとも、黙らされたいのか?」
「なかなかに自信家じゃないか。だけど、俺のランクを知ってもそんな態度が取れるか? おい、出来損ない」
ジェイスの言葉に、ビクッと体を震わせるルーシア。
「は、は」
返事をしかけたルーシアの口を指先で押さえて、返事を中断させる。ルーシアはまた目を白黒させながら俺を見つめてくる。
「ルーシア。お前の名前はルーシアだろ? <出来損ない>なんて言われて返事をするんじゃない」
指を離してルーシアの頭を撫でてやる。
「ルーシアは優しくて思いやりもある可愛らしい子だよ。今日1日、一緒に遊んでてそれは分かった。だから、ルーシアは出来損ないなんかじゃない」
俺の言葉に、目を潤ませて俺の服の裾を掴むルーシア。
「ハッ。くだらん。我がジニランフ家の[前兆の子]、肉体ランクはたかだかC-。これが出来損ないじゃなくて何だって言うんだ?」
「へぇ。じゃあ、お前のランクは? よっぽど立派なモンなんだろうな?」
「当たり前だ。俺はAランクだぞ」
胸を反らせて誇らしげに言うルーシアの兄貴。
「ふぅん。ガゼットと同じか。なら、実験にはちょうどいい」
ルーシアの兄貴に向き直る俺。
「実験?」
「ついでに、ルーシアへの態度も改めさせてやるとするか」
「なんだと!?」
「ケ、ケイくんっ、ダメッ。兄様はもう鍛練も始めていて、本当に強いんですっ」
「もう遅い!! その生意気な態度、泣いて謝らせて靴の底を舐めさせて後悔させてやるぞ!!」
ジェイスが身構えると、セシリアが俺の前に移動してくる。
「ご主人様に、何をするつもりですか?」
明らかな怒気を孕んだ声で言うセシリア。
うぉ・・何気にスゲェ迫力・・・俺に敵意を向けただけでこの反応ですか?
でも、この魔法はセシリアを俺の盾にしなくてもいいようにする為に研究したものなんだ。ここでセシリアに任せてたら、全く意味がない。それに、本番前のいい実験にもなる。
「セシリア。悪いけど、ここは引っ込んでてくれるか?」
「え?」
セシリアの隣に移動しながら言う俺を、戸惑いを浮かべた表情で見つめるセシリア。
「これは俺の喧嘩だ。セシリアの出る幕じゃない」
「し、しかし」
「心配掛けて悪いんだけどさ、頼むよ」
「・・・・危険と判断したら、何と言われてもお助けします。それでよろしいですか? ご主人様」
「ああ。ありがとう、セシリア」
「何をゴチャゴチャ言っている!? 今さら怖くなったんなら、地面に頭を擦りつけて許しを乞ってみろ!! 惨めに無様に泣き叫んでみろ!! そこの出来損ないみたいになぁっ!!」
ジェイスの放った言葉に、ルーシアは顔を真っ赤にして悔しそうに俯いてしまう。
「ルーシア」
「・・・は、い・・・・」
「クソ兄貴にこれまでの事を全部謝らせてやるからな」
「え・・・?」
「≪増強≫」
これまでのやりとりの間に魔力構成を完成させておいた魔法を発動させて、おもいきり踏み込み、一瞬でジェイスの懐に潜り込む。
「なっ!?」
慌てて距離を取ろうとするジェイスだが、あまりにも反応が鈍い。そのまま、勢いよく拳を腹にめり込ませてやる。
「グフッ」
苦痛に顔を歪めて前屈みになったジェイスの髪を鷲掴みにして、地面に叩きつけてやる。
「「「な・・・」」」
ジェイスの取り巻き男子3人が、顔色を青くして驚愕の呻きを漏らす。チラリとセシリア達の方を見てみると、完全に呆気にとられたように、口を半開きにして固まっている。
うむぅ。いくら子どもとはいえ、女の子がそういう顔をするもんじゃないと思うんだけど。まぁ、それだけ衝撃的だったって事かね? C+の、しかも5歳児が、年齢もランクも上の奴を一方的に叩きのめしてるんだから、それも当然か。
肉体ランクの差がそのまま強さの差になるのは、それが肉体強度の差を現しているからに他ならない。ランク差が大き過ぎると、低ランク側の攻撃が高ランクには全く通用しないのだ。勿論、訓練も鍛練もしていなかったら、そこまで極端な差にはならないけれど、訓練の結果の差は如実に現れてくるらしい。だから、訓練を始めたばかりであっても、Aランクの相手に、録に訓練もしていないC+の俺の攻撃がここまでの効果が出る事が普通では有り得ないのだ。
「おや? フォルティス家の[前兆の子]である俺の、しかも、C+程度の攻撃たった2発程度でおやすみか? ジニランフ家のAランクってのは弱々しいもんだな」
「な、なんだ、と・・・」
ヨロヨロと鼻血が流れる鼻を押さえて身を起こしながら言うジェイス。
「聞こえなかったか? 俺の肉体ランクはC+。フォルティス家の[前兆の子]だって言ってんだよ」
「バッ、バカな!? C+程度の攻撃で」
「事実、そうなってる。躱す事も受ける事もできずに、無様に、みっともなく、地面に這いつくばって、挙げ句には現実も直視できない」
「なっ、舐めるなぁっ!!」
激昂して俺に殴りかかってくるが、俺はその拳を軽く受け止めてやる。それを見て、ジェイスは驚愕に固まり、体を小刻みに震わせ始める。
「笑わせてくれるな。この、出来損ないが」
「うっ、うわぁぁぁぁぁぁっ!?」
俺が冷笑を浮かべて言葉を紡ぐと、恐怖に顔を歪ませてメチャクチャに拳打や蹴打を放ってくるジェイス。
ありゃ、もう追い詰められたのか? メンタル弱っ。これまで自分より圧倒的に強い相手に会った事がなかったんだろうなぁ。でも、まだ反抗する気力があるんなら、徹底的に心を折ってやらないとな。少なくとも、2度とルーシアに<出来損ない>なんて言えなくなるくらいには。
拳と蹴りの乱打を躱すのを止めて、両手の拳打をそれぞれ軽く受け止めて、その拳を握り潰すようにキツく上から握ってやる。
「ギャァァァァッ!?」
「どうした? 出来損ない。ご自慢のAランクの本領を発揮してみろよ」
「はなっ、離せっ!! このっこのっこのっ!!!」
痛みに涙を滲ませながら、俺の手から何とか逃れようともがくが、ビクともしない。
当然だろう。いくらAランクで訓練を始めていると言っても、まだ子ども。恐らく、訓練は始めたばかりだろう。B-ランクの大人と同等の成熟した体を持つセシリアにすら力で勝った俺が、そんな相手に負ける道理があるわけがない。
すると、その様子を見ていた取り巻き男子の1人が、顔を引き攣らせたまま踵を返して逃げようとする。
「なぁにを逃げようとしてんだ、よっ!?」
掴んでいたジェイスをそのまま持ち上げて、逃げようとした1人に投げつけてやる。
「「ギャッ!?」」
ジェイスを上にして潰れるように倒れる取り巻き男子A。それを見て、他の取り巻き男子は顔面蒼白になる。
「お前ら全員、俺の友達を苛めてくれてたんだろ? ただで帰れると思ってたのかよ?」
俺の言葉に、突っ立っていた取り巻き男子2人は口をパクパクさせながら激しく首を横に振る。
「ん? お前らは違うって?」
コクコクと首を縦に振りまくる取り巻き男子BとC。
「ふむ。確かに、どいつがやってたとは聞いてないな。白魔の顔も知らん顔ばっかだし」
BとCが安堵に顔を緩める。
「じゃあ、この馬鹿兄貴と、逃げようとしてたこいつだけか、報復と制裁の対象は」
俺の言葉に、ギョッとした顔をする取り巻き男子A。
「じゃあ、お前らは行ってもいいぞ。地獄を見せるのはこの2人だけ」
「ふっ、ふざけんなぁっ!! お前らが面白がってやってたんだろうがよぉっ!?」
「「なっ!?」」
取り巻き男子Aの絶叫に、焦った顔をして焦った声を上げる取り巻き男子BとC。
「その出来損ないを殴って蹴って、泣き喚いてるのを面白がってたのはお前らじゃねぇかよ!? 俺があんまりやりたがらないからってジェイスにチクって、俺の事もボコボコにしてたのはお前らだろぉっ!?」
「おっ、お前っ!? そんな事言って後でどうなるかッッッ」
取り巻きBの言葉の途中で肩をポンと叩いてやると、Bは顔をおもいきり引き攣らせてセリフを途切れさせてしまう。
ガゼットとかドリューシャを見てて、魔族の子どものツレの間に仲間意識なんか皆無だろうとは思ってたけど、ここまで見事とはなぁ。まぁ、最初からこの2人も制裁対象なのは分かってたけど。ニヤニヤと弱者を見下した笑いを浮かべるような奴がイジメに加担してない筈がないんだから。
「ほぅ? 俺を騙して、この場を逃れようなんざいい度胸だ」
「ヒッ!?」
ヤケクソになったように取り巻きBとCが同時に殴りかかってくるが、その拳を捌いて後ろに回り、片手ずつ頭を持って地面に叩きつけてやる。
「く、くそ・・・な、なんでこの俺が・・・・」
立ち上がって悪態を吐くジェイス。しかし、完全に膝にキているようで、膝が笑っている。
「ボロ雑巾みたいになるまでヤられてからルーシアに謝るか、今の内に心から謝って今後の態度を改めるか、どっちでも好きな方を選べ」
「なっ・・・」
「どっちでもいいぞ。結末は変わらん。俺の手間が少し変わるだけだ。そこは気にしなくてもいい」
言い切ってから、起き上がろうとしていた取り巻きBの腹を蹴り上げる。
「グゥゥッ」
「そうだな、<地面に頭を擦りつけて許しを乞ってみろ。 惨めに無様に泣き叫んでみろ>だったか?」
さっきのジェイスの言葉を繰り返す俺に、ジェイスは屈辱に顔を歪め、取り巻き達は顔色を白くする。
「勿論、許すのは俺じゃない。許しを乞う相手は、誰だか分かるな?」
「でっ、出来そッッッ!?!?!?」
俺の前蹴りがジェイスの腹に刺さって、ジェイスのセリフを中断させる。さらに、そのまま倒れてもがくジェイスの腹を踏み付けて動きを止めさせる。
「今度はお前らに言うぞ。ルーシアは、<出来損ない>なんかじゃない。俺の大切な友人だ。次にルーシアをそんな風に言ってみろ。殺すぞ」
俺の静かな声に、呻いていたジェイスですら声を無くして震えながら俺を見上げてくる。
「ケ、ケイ、くん? も、もしかして、本気で、怒ってくれてるん、ですか・・?」
「当ったり前でしょっ!? <出来損ない>とか、酷すぎるもんっ!!!」
半信半疑な口調で言うルーシアに、かなり怒った口調で答えるカサリナ。
「まぁ、こういうのは死ぬ程気に入らないからな。ルーシアが見てるのも辛いって言うんならこの辺で止めとくけど、個人的には最低あと4、5発くらいは殴っときたい」
「は・・・はい・・・・は、い・・・・・」
顔を両手で覆って泣き出してしまうルーシア。
「ル、ルーシア?」
ジェイスから足を離してルーシアの側に寄ると、おもいきり抱き締められてしまう。
「・・り、がと・・・ケ・・ん・・・・あた・・こんな・・・」
涙で言葉にならない言葉で言うルーシア。
「こらこら。まだ謝らせてないってのに、礼を言うのも泣くのも早過ぎるぞ? まったく」
俺に抱きついたまま泣きじゃくるルーシアの頭を優しく撫でてやる。
「お、俺は、ただジェイス達に」
「黙れよ、ゴミが」
俺の冷たい声に、息を飲んでセリフを中断させる取り巻きA。
「無理矢理させられてたとでも言うつもりか? それでも結局はルーシアを傷付けたんだろうが。お前もルーシアを<出来損ない>なんて呼んでただろうが」
ルーシアを優しく離れさせて、這いつくばったままの取り巻きAに歩み寄る。
「ヒッ」
恐怖に引き攣った取り巻きAの顎を蹴り上げてやる。
「ブギィィィィッ!?」
そのままのたうち回る取り巻きA。その様子を完全に硬直して見つめるジェイス達。
「さぁ、最初にルーシアに許しを乞うのは誰だ? 好きなタイミングで必死に許しを乞えよ。<地面に頭を擦りつけて><惨めに無様に泣き叫んで>な」
そう言ってから、それぞれに制裁を加え始めて間もなく、全員がルーシアへと謝罪の言葉を口にした。最後に謝罪したジェイスのその顔と口調には、屈辱と怒りが溢れんばかりに込められていて、とても謝罪の気持ちが含まれているようには捉えられなかったけれど、ルーシアがそれで良しとしたから仕方がない。
「ジェイス。言っとくけど、俺の目の届かない所であろうが、ルーシアを傷付けるような事は一切許さない。今後、そんな事が1度でもあってみろ」
目を合わせようとしないジェイスの髪を掴んで俺の方を向かせる。
「本当の地獄を見せてやる。今日みたいに手加減はしない」
ジェイスの髪を掴む手を離して、顔の側の地面を全力で殴ってみせる。拳が刺さった地面に、顔と同じくらいのサイズのクレーターができて、ジェイスの顔が恐怖に染まる。
当然、この1発以外は全部手加減をしておいたのだ。何せ、ジェイス達の体はまだ訓練途中の発展途上のもの。セシリアの拘束を簡単に外せるくらいに腕力が上がっている俺が本気を出したりしたら、多分、1発で致命傷だ。それだと、反省を促す事も後悔させる事もできないからな。
後悔はしても反省はしなさそうではあるけど。
「分かったな?」
無言でコクコク頷くジェイス。
まぁ、これで少なくとも、ジェイスからルーシアへの直接的な報復の心配はないだろう。このリアクションを見る限り、そんな根性があるとも思えない。即行で謝罪を口にした取り巻き男子3人は論外だろうし。
「さて、それじゃ帰るか」
「うんっ」「は、はいっ」「はい、ご主人様」
三者三様の返事を受けて、俺達は並んで歩き出した。
「ご主人様。手は大丈夫ですか?」
「あ、ホントだ。地面がボコッて凹んでたもんね」
「ソコをツッコむなよ・・・多少は痛いに決まってんだろ。ったく、カッコワリィ」
「そっ、そんな事ないですっ。ケイくん、とってもかっこよかったですっ! あ」
言ってから真っ赤になって俯いてしまうルーシア。
「あ、あの、その、えと・・・・」
「ははは。うん。ありがとな、ルーシア」
照れるルーシアの頭を撫でてやる。
ホンットに、これがもっとデカくなってからのリアクションなら、嬉しい事この上ないんだろうけどなぁ。ルーシアもおっきくなったら綺麗な子になりそうだし。
「手を見せてください、ご主人様。怪我をされているのでしたら、治療を」
「頼む、それは帰ってからにして。本気でカッコがつかないから。5歳児とはいえ、カッコつけるのは男の義務なんだぞ?」
「そ、そうなの?」「そうなんですか?」
俺の言葉に、カサリナとセシリアの疑問の声が重なる。
あ~、なんかセシリアが同い年って実感が初めてちょっとだけ湧いた。カサリナと同じ反応なんだもんなぁ。反応が素直過ぎるっての。
「んで、ルーシア?」
「は、はい?」
「もう大丈夫だとは思うけど、もしまた苛められるような事があったら絶対に言うんだぞ?」
「え? あ・・」
「もう我慢なんかしなくていい。これからは俺が味方だ」
俺の言葉に、また涙を溢れさせてしまうルーシア。
「は、い・・・はい・・・・ありが・・・ケイく・・・」
止まらない涙を拭いながら言うルーシア。
「ケイだけじゃないよっ? あたしもルーシアの味方だからねっ。ケイみたいに強くないけど・・・」
カサリナの言葉に、コクコク頷くルーシア。
その表情は、涙に濡れてはいるけれど、この上なく嬉しそうな笑顔になっていた。
やっぱりカサリナは優しい子だ。これからもずっと仲良くやっていきたいもんだ。勿論、ルーシアともな。
主人公は魔族の子ども流のやり方でジェイス達を撃退しました。主人公の好むやり方ではありませんが、目の届かない所でのルーシアへの報復を考えて、徹底的に懲らしめたのです。
これでルーシアを取り巻く環境が大きく変わるわけではありませんが、今後のルーシアには少しでも楽しい日々が待っているといいですね。
では、これにて第一章 第八部を閉幕とさせていただきます。
お付き合いいただいた皆様に感謝を。よろしければ、次回もまたお付き合いくださいませ。