駆除と感謝の言葉と大歓声
風を切る音が聞こえたんだろう。血塗れの剣を持っている男が怪訝な表情で上を見上げて、それから間抜け面のままに硬直した。
「《浮遊》」
地面が近付いてきたところで、浮遊魔法を発動させてフワリと音もなく着地する。
「な・・」「《圧壊》」
不可視の壁に上から押し潰されるようにして、'グシャッ'という生々しい音と共に、男が原型すら残さずに地面の染みとなって夥しい量の血を撒き散らす。でも、俺はそれに一切構わずに血溜まりに沈む子どもに駆け寄り、
「《治癒》」
最大限の魔力を籠めた治癒魔法を子共に向かって発動させる。
・・・明らかに非戦闘員だろうがよ。こんな小さい子どもなんか・・・
半ば諦めながら、子どもを抱き起こすと同時に《治癒》の光が消えた。
「う・・あ、れ・・・? ボク・・」
「・・間に合った、のか・・・」
「え? あ・・・」
混乱した様子で俺を見上げてきた少女の顔が恐怖で歪んで、耳がペタンと垂れてしまった。
まぁ、当然だわな。俺の容姿から魔族だってのは分かるだろうし。
「でもまぁ、生きててよかった」
「え・・・?」
思わず呟いてしまった俺の言葉に、目を丸くする少女。
「お父さんかお母さんは近くにいるか?」
「え、あ・・」
俺の問いかけに、大混乱の上に大混乱が重なりまくった感じの少女。
むぅ・・・保護者がいるんなら、そっちに逃がしてから残りの屑を始末しようと思ってたんだけどな・・・仕方ないか。このまま放っておいて、また襲われたりしたら洒落にならんし。
「混乱してるだろうけど、とりあえず聞いてくれ。お兄さんはお嬢ちゃんを傷付けたりしない。だから、少しの間だけ、大人しくしててくれるか? 怖かったら、目を閉じてていい。すぐに終わらせるから。いいか?」
俺の再度の問いかけにコクコクと首を縦に振る少女。その素直な反応に、できるだけ優しく笑顔を向けて頭を撫でてやる。
「いい子だ」
そう言って、そのまま少女を抱き上げると、
「きゃっ!?」
少女がやたらと可愛らしい悲鳴を洩らした。
「ビックリさせたか? ごめんな」
俺の腕の中で微かに怯えた表情のままで首を横に振る少女。
「ん。じゃあ、ちょっとだけ目を閉じててくれ。これからお兄さんがここを襲ってる奴らをやっつけるからさ。子どもが見るモンじゃないし」
そう言うと、恐る恐る目を閉じる少女。
素直な子だな。まぁ、ビビってるからなんだろうけど。
そんなことを思いながら軽く苦笑が洩れてしまいつつ、落下途中で発動させておいた《増強》で強化された身体能力を全開にして、逃げた人達を追い回していた連中の方へと駆け出す。
さて、ゴミ掃除といこうじゃないか。
◇
それから、数秒後、村の外れで村人らしき人達を追いかけていた連中を発見して、《圧壊》で文字通りの瞬殺。
地面の染みとなった屑共の向こう側で、剣を構えていた若い村人っぽい男達がいきなりの展開にポカンとなってたりする。その後ろでは、2,30人の村人らしき人達も同じような表情を浮かべていた。
あ~、これ、現実に着いてこれてないヤツだ。まぁ、分かるけどさ。純人族の支配地域にいるってことは、この人達も魔族とは敵対してる種族になるんだろうし。
「まぁ、何はともあれ、お嬢ちゃん、もう目を開けてもいいよ。悪い奴らはみんなやっつけたからな」
抱き抱えたままの少女にそう声を掛けると、恐る恐るといった様子で目を開いた。そのままソッと地面に降ろしてやると、いきなりその場に大きな影が落ちてきた。
「「「「「ひぃっ!?」」」」」
それと同時に、剣を構えていた男達が引き攣った声の悲鳴を上げて、後ろの村人達は腰が抜けたように座り込んでしまい、降ろしてあげた少女は涙目になって俺にしがみついてきてしまった。
そこに、
「ケイクイルさん!!」「ケイ!!」「ケイくん!!」
影の主の背中から、3つの影が跳び降りてきて一斉に抱きついてきた。それと同時に、重い物が地面に着地する音がした。
「っとと。心配させたか? ごめん。つい、頭に血が昇っちまってな」「ふぎゅぅぅぅ・・」
「「「え?」」」
俺の謝罪の言葉に重なって聞こえてきた、潰された子どものような声にセシリア達は驚いて少し体を離した。
'潰された子どものような'っつーか、そのまんまなんだけどな。セシリアの胸で押し潰されてたし。
「大丈夫か? お嬢ちゃん」
「う、うん・・ぴゃっ!?」
俺の言葉に返事をしながら顔を上げて、よく分からない悲鳴のようなモノを上げながらまた俺にしがみついてきてしまう少女。
あ、スピカにビビってるのか。そりゃそうだよな。黒竜だもんな。純人族の支配地域にもいるのかどうかは分からないけど、このデカさと迫力で生半可な魔物じゃないってのは分かるわな。
「スピカも心配掛けて悪かったな」
「ギュァァン」
甘えた鳴き声を上げて、鼻先を擦り寄せてくるスピカ。軽くその鼻先を撫でてやる。
「よしよし。んで、悪いけど、ちょっとだけ伏せててくれるか? お前の迫力に村の人達がビビっちまってて話ができそうにないんだよ」
「ギュァ」
俺のお願いを素直に聞いてくれて、大きな体を地面に伏せさせるスピカ。感謝を籠めてもう1度スピカの鼻先を撫でてやってから、しがみついてきてる少女に視線を戻す。少女はそのやり取りを聞いてたせいか、目を真ん丸にしながら、俺を見上げてきていた。
「さて、お嬢ちゃん、聞こえたろ? この黒竜はお兄さん達の仲間だから、怖がらなくていいよ。いやまぁ、ビビるだろうけど、こっちから攻撃したりしなけりゃ絶対に暴れたりしないから、安心していい」
そう言うと、コクコクと首を縦に振る少女。
「よし。聞き分けのいい子で助かるよ」
そう言いながら頭を撫でてやると、少女はハッと何かを思い出したかのように顔を伏せて、ギュッとしがみついてきた。
どうしたんだ? あ、まぁ、そんなすぐには安心できるような状況でもないか。スピカはド迫力だし。でも、俺、魔族だぞ? 忘れてないよな? 別にいいけど。
「ケイくん、その子は?」
「俺がプチッといっちまった理由。屑に殺されかけてたんだよ。正直、まさか助けられるとは思ってなかったけどな」
「・・・ちっさい子が好きとか言わないわよね?」
「言うか!! ロリコン扱いせんでくれます!?」
ジト目になって言うカサリナに、全力でツッコミを入れて否定する。
アホなことを言い出しやがって・・最初に口にする心配がそれか? いや、俺の身の心配は行動で示してくれてたけどさ。
「さて、そこで腰抜かしてる人達も、敵対しなけりゃ何もしないから安心してくれ。見た感じ、剣は持ってても兵士とかってワケでもなさそうだし」
「・・・あれ? この人達、もしかして獣人?」
「今気付いたのかよ」
溜め息混じりにそう言ってやると、少し赤くなりながら目を逸らすカサリナ。と、セシリア、ルーシア。
お前らもか。どんだけ俺しか視界に入ってなかったんだよ。
カサリナの言った通り、俺にしがみついてる少女も、腰を抜かしてへたり込んでいる村人達も、全員が何かしらの獣の特徴をその体に宿している獣人と呼ばれる種族だ。俺も見るのは初めてだし、知識として知ってるだけの種族なんだけど・・・
いや待て俺。いくらこの子を助けられて気持ちが落ち着いたからって、オタク心を擽られまくるケモミミがいるからって、ここでテンション爆アゲになるのはマズイ。っつーか、ヤヴァイ!! 腰を抜かしてる村人達の中には、若い女性もいるだけに、後のセシリア達が怖い!! ここは平静を保って行動と言動には注意せねば!! まだ全部が片付いたワケでもないだろうし!!
そんなことを考えながら、アゲアゲになりそうなテンションを必死に押さえ付けて口を開く。
「セシリア達はここでこの子達を守ってやっててくれるか? 屑の残党がまだいるかもしれないから、排除してくる」
「ん~・・・それなら、あたし達がやってくる」
「そうですね」
「ん? 別に問題ないだろうけど、なんでだ?」
「そちらの獣人の子どもは、ケイクイルさんから離れたがらないでしょう。無理矢理に引き剥がすより、私達が動いた方がよいかと思われます」
「へ?」
セシリアの言葉にカサリナとルーシアが頷いて、俺は間の抜けた声を洩らしながら、ヒシッと俺にしがみついたままで動こうとしない狐耳の少女に視線を落とす。
そうなのか? 女同士の方が安心するかと思って、俺が動くつもりだったんだけど。
「んじゃ、そういうことだから、よろしくね」
「スピカちゃんはここで待っててくださいね。せっかくケイくんが助けたのに、馬鹿なことをされたら全部台無しになっちゃいますから、しっかり威圧してあげておいてください」
「ギュァァ」
ルーシアの言葉に、伏せたままで返事をするスピカ。
い、威圧してあげてって・・・いやまぁ、確かに、ここで敵対行動を取られてブチ倒すようなことになったら台無しにはなるけど、なんだかなぁ。
「捜す相手って、武器を持ってる奴でいいよね?」
「はい。村人ならこちらの方々と同じ獣人かと思われますので、純人族で武装している者を対象にすれば問題ないかと思われます」
「ケイくんが始末した相手は純人族みたいでしたしね」
「じゃあ、純人族の武装した奴ね。《探索》」
カサリナが魔法を発動させると、見た目には何も起こらないけど、何かが体を通り抜けていくような感覚がした。
「・・・この中にはもういないけど、外の森の中を走って遠ざかってる連中が7人。スピカを見て逃げ出したっぽいわね。あんまり離れてないわよ。って言うか、足、遅っ!? 本気で走ってんのかしら? これ」
「大した相手じゃないってことですね。でも、万が一を考えて、一応3人で行きましょうか」
「はい。敵の実力が不透明な以上は念には念を入れておくべきかと思われますので。ケイクイルさんならそうします」
「だね。じゃ、サクッと片付けてこよっか。こっちよ」
「はい」「はいっ」
カサリナの言葉に、セシリアとルーシアが返事をしてから、《増強》を発動させて、カサリナを先頭に森の中に姿を消していった。
・・・うむぅ・・・過剰戦力としか思えない・・まぁ、油断せずに慎重に行動してくれるのは安心できるから、これはこれでいいか。
「さて、こっちはこっちで済ませることは済ませとくか」
未だにへたり込んだままの村人達の方に顔を向けると、全員がビクゥッと体を震わせた。その反応に溜め息を吐きつつ、話を始めることにする。
「まず、そっちの中で怪我してる奴はいるか? 必要なら治してやる」
俺の言葉に、意表を突かれたような顔で互いに顔を見合わせる村人達。その中で、意を決したように剣を持ったままでへたり込んでいる狼顔の獣人が口を開いた。
「な、何が望みなんだ? お前らは魔族だろ?」
「質問に質問で返すのは感心しないな。まぁ、警戒するのは分からんじゃないけど、力付くで言うことを聞かせるつもりだったり略奪とか虐殺とかが目的なら、こんなことを聞く意味がないのは分かるだろ? お前らが追い詰められてた相手を瞬殺したのは俺だし、こっちには黒竜もいるんだ。力の差は歴然なんだからな」
俺の言葉に、恐る恐る頷く狼顔の獣人。
メチャクチャ怖がられてるなぁ。本に載ってた通り、争い事が苦手な(本の内容を意訳したら、そんな感じっぽかった)種族なのかね? それとも、スピカ効果が強すぎなだけか? まぁ、どっちにしても、話がスムーズに進むのは面倒がなくていい。
「まぁ、交渉したいことはあるけど、無理強いするつもりはない。ダメならとっとと出てくから安心してくれ。非戦闘員に手を出す程落ちぶれたくないし。だから、俺が怪我人の有無を聞いてるのは物のついでってヤツだよ。首を突っ込んだから、一応できることはしておこうかって程度のな。んで? 治療が必要「た、助けてくださいっ!! こっ、この子がっ!!」」
俺の言葉を遮って、切羽詰まった悲鳴のような懇願の声が響いた。動揺する他の連中は無視。しがみついたままの狐耳っ娘を片腕で抱き上げて、声の主の所に駆け寄ると、腹から血を流してグッタリしているウサミミの子どもが、その母親らしき女性に抱かれているのが目に入った。
「チッ。《治癒》」
狐耳っ娘に治癒魔法をかけたときと同じく、全力でウサミミの子どもに向けて、治癒魔法を発動させる。みるみる内に出血が止まり、青白くなっていた顔色が血色を取り戻していく。その様子に、戸惑いの声を洩らす他の獣人達。
こんな酷い怪我してるってのに、なんですぐに言わな・・・まぁ、当たり前か。敵対種族が圧倒的な力を見せつけてから'助けてやる'とか言われても、素直に信じられるワケないわな。でも、子どもが意識を失ったかして、形振り構ってられなくなったって感じかね?
「他に怪我してる子どもはいないか? 大した怪我じゃなくても構わない」
「こ、転んじゃって「コッ、コラッ!?」はぶっ!?」
声が上がった方に足を向けると、膝から血を垂らしているイヌミミの男の子が母親らしき女性に抱き締められていた。
ハグで口を塞がれてやんの・・お母さんも必死だなぁ。
「《治癒》」
治癒魔法を発動させると、イヌミミ少年の膝の傷が跡形もなく治る。母親はポカンとした表情で俺を見上げてきて、ハグの力が緩んだのか、イヌミミ少年が母親の拘束から逃れて膝をマジマジと見てから、表情を輝かせた。
「スゲェ~っ!! 全然痛くなくなった!!」
「ホ、ホントに?」
「ホラ、見てみろよっ!! 血が出なくなった!!」
「うわ、ホントだ!?」
「お、俺のも治せる?」
「あ、あたしも転んじゃったの」
イヌミミ少年の驚きと喜びの声に、他の子ども達が集まってきて、次々に怪我の治療を願い出てきた。親達らしき獣人達は顔色を悪くして表情を引き攣らせてるけど、それには構わずに子ども達の怪我を順番に癒していく。その度に沸き上がる歓声に、思わず頬が緩んでしまう。
獣人の子どもは素直な感じでいいな~。魔族のクソガキ共とは大違いだ。まぁ、アレは魔族全体の風習と親の躾の問題だろうけどな。
「兄ちゃん、凄いな!! これ、魔法だろ!?」
「ライザっ! 先にお礼言わないとダメでしょっ!?」
「あっ、そうだった。ありがとなっ! 魔族の兄ちゃん!!」
目を輝かせるイヌミミ少年を猫耳少女が嗜めると、イヌミミ少年は素直に礼の言葉を口にして、それに追随するように他の子ども達も口々にお礼を言ってくる。
「あ・・ありがとう。お兄ちゃん」
ずっとしがみついたままだった狐耳少女が最後にお礼を口にすると、何故かイヌミミ少年達から歓声が大音量で発せられた。
な、何事?
「フレアだよな!? お前、フレアだろ!?」
「よかったね~っ!!」
「え? え?」
「魔族のお兄さん、ありがと~っ!!」
「すっごぉぉぉぉぉいっ!! 悪魔の爪痕が消えちゃったよ!!」
「え・・・?」
いつの間にやら近寄ってきていた重傷だったウサミミ少女の言葉に、狐耳少女が唖然とした表情で固まった。
あ、悪魔の爪痕? なんだ、そりゃ? 随分と不穏当な響きだけど・・・
そこに、セシリア達が戻ってきて、目を丸くする。
「・・・どしたの? なんか、おもいっきり大人気じゃない。子ども達から」
「いや、よぉ分からん。怪我を治してやってただけなんだけどな・・まぁ、それはともかく、早かったな。怪我とかないか?」
「はい。相手にもなりませんでしたよ」
「うん。あたし、結局何もしてないし。セシリアとルーシアがプチッてしちゃったから」
苦笑混じりにそう言うカサリナ。
あ~、うん。《増強》発動中のセシリアとルーシアの速さはとんでもないからね。普通の相手じゃ瞬殺だわな。
そんなことを思いながら、セシリア達が戻ってきたことで静かになってしまった子ども達に視線を戻す。その表情には、怯えじゃなくて、セシリア達の様子を探るようなものが浮かんでいる。
「安心していいよ。このお姉さん達は優しいから。怒らせなけりゃ、だけどな」
「・・・怒った母ちゃんとどっちが怖い?」
「コッ、コラッ!? ライザ!?」
やたらと真剣な顔をして問いかけてきたイヌミミ少年に、顔面蒼白になって焦った声を上げる母親らしきイヌミミの女性。俺はその問いかけの内容に、思わず吹き出してしまう。
「はははははっ。そうだな~、少年にとってはお母さんの方が怖いかもな。だから、あんまりそういうことはお母さんの前では聞かない方がいいぞ? 後で怒られるから」
「ゲッ!?」
俺の言葉に、慌て出すイヌミミ少年。
子どもの判断基準はなかなか面白いモンだな~。
しかし、このイヌミミ少年、ライザだっけか? 俺に対してはもう全然怖がってないでやんの。好奇心旺盛なのはいいけど、ちょっと単純過ぎやしないか? いや、他の子達もか? 狼顔の獣人の口振りからしても、魔族が敵対種族なのは間違いなさそうなのに。親御さん達も他の大人達も戦々恐々としてるぞ?




