忠竜と予定変更と静かな憤怒
カサリナの普段の可愛らし過ぎる仕草や態度に俺がデレデレし過ぎな件について、ルーシアとセシリアがカサリナに詰め寄るようなノリで楽しく騒いでいた3人だけど、硬直してしまった俺に気付いたらしく、揃って心配そうな視線を向けてきた。
「どしたの? ケイ? 顔、引き攣ってるわよ?」
「・・・・砦があった場所、見てみろ」
カサリナの言葉に答えた俺の声が掠れてしまっていたのは無理もないと思う。
「なっ」「え!?」「ウソでしょ!?」
セシリア、ルーシア、カサリナから同時にそれぞれの驚愕の声が上がったくらいなんだから。
スピカの竜の息吹がもたらした結果は、見るからに頑強そうだった純人族の砦を完全に破壊し尽くすという想像以上のものだったのだ。砦の傍には動くモノの姿は1つも見当たらない。動揺しまくってるせいで見落としてる可能性もあるけど、少なくとも、あそこに魔族の軍に抵抗できる戦力はもう残ってない。
・・・そりゃ、英雄譚でも黒竜は討伐されるだけで、従えるような話は出てこねぇわな。単体戦力が桁違いだ。この距離で砦を完全粉砕とか、前世の世界のミサイルか爆弾兵器クラスじゃねぇか。それを生物が独力で撃てるとか、溜めが必要だって言っても反則にも程があるだろ。
・・・・・・俺、よくコイツに勝てたよなぁ。運が良かったとしか言えないぞ、マジで。
「・・・・ケイ、よくスピカに勝てたよね?」
「奇遇だな。俺も正に今、そう思ってた」
「・・・・これからどうします? スピカちゃんがいれば、もう無敵なんじゃないですか?」
「そうですね・・・スピカにはまだまだ余力がありそうですし、軍に合流する必要もないかと思われますが」
「むぅ・・どうするかなぁ・・・スピカの竜の息吹は溜めの時間で威力が左右されるけど・・この威力は、スピカが気を利かせてくれて、ここに着いてからすぐに溜めを始めてくれてたからこそだよな? スピカ」
「ギュァァ」
俺の問いかけに、嬉しそうに首を縦に振るスピカ。自分の行為を理解されてたことに喜んでるんだろう。
・・・やっぱり忠竜だなぁ。こんだけ強いんなら、反抗の意志を持ってもおかしかないのに。
そんなことを思った瞬間に、スピカは激しく首を振って、俺に鼻先を擦り寄せてきた。
「な、なんだよ? どした? 急に甘えてきて」
「ギュァ、ギュルァァ」
擦り寄せてきた鼻先を撫でてやると、なんだか抗議するみたいな鳴き声を上げるスピカ。
「・・・・もしかして、ケイが何か変なこと考えたのを察したんじゃないの? 敵対してもおかしくない、とか」
「あ、それでスピカちゃんが文句を言ってるんですね。そんなことしないって」
「ギュァッ」
カサリナとルーシアの言葉に、おもいっきり首を縦に振るスピカ。
マジか。コイツ、そこまで察しがいいのかよ。何がそこまで忠竜度を押し上げたんだ?
「酷いですね~。私とのデートのときに、あんなに一緒になってはしゃいで楽しんでくれてたのに」
「ギュルル」
「わ、悪かったって。別にスピカを疑ったとかそんなんじゃないから。ただ純粋に疑問に思っただけだよ。前は運良く俺が勝ったけど、確実に俺より強いだろ?」
ルーシアの言葉に続いて、なんだか泣きそうな鳴き声を出されてしまい、慌てて弁解の言葉を口にした。すると、何故かスピカのみならず、全員から呆れたような顔をされてしまった。
な、なんだよ? その顔は。っつーか、スピカ。お前、黒竜の癖に表情豊かだな、オイ。
「・・・確かに、ケイクイルさんは自己評価が低すぎるところがありますね」
「でしょ? もし、またケイとスピカが本気で戦ったらどうなるかくらい、あたしでも簡単に予想できちゃうのに」
「ギュ、ギュルァァ・・ギュァ、ギュァァ」
「はいはい。大丈夫ですよ。もう《機雷》地獄は始まったりしないですから」
「ギュァ? ギュルル?」
「多分、本気で殺すつもりだったら、もっとエグい魔法使うわよ? ケイなら」
「ギャワッ!?」
「うん。なんか、空気とか熱エネルギーを限界まで圧縮させて爆発させたりする魔法とか、昔は保有魔力量が足りなくて使えそうにないとかって言ってた魔法とかもあるからね」
「ギュァァ・・」
「はい。ケイクイルさんの強さはとてつもないと思います。本気の全力というものは私達もまだ見せてもらったことがありませんから、予想を越えるかもしれませんが」
「・・・なぁ? お前ら完全にスピカと意志疎通できてるよな? 普通に会話が成立してるよな?」
「なんとなく?」
「今の状況と合わせての想像ですよ。スピカちゃんの反応を見ると、そう外れてもいないかと思いますけど」
サラッとそう言われて、なんだか脱力してしまう。
・・種族が違っても女同士の結束ってのは強いんだなぁ・・・
「まぁ、いいや。とにかく、スピカのことはこれからも頼りにするからな」
「ギュァァッ」
喜びの声を上げて、また鼻先を擦り寄せてくるスピカ。
・・・しかし、飛んだままだってのに器用な。竜種にとって飛ぶってのは、俺達の歩いてるのと大差のない感覚なのかね?
そんなことを思いながらスピカの鼻先を撫でてやりつつ、再び砦跡に目を向ける。
「しっかし・・正直、ここまでスピカが凄まじいとは思ってなかったし、3年前はそもそも黒竜が仲間になるなんて想像もできなかったから、徴兵には従ってその中で生き残ることを考えてたけど・・・これなら、素直に軍に加わる必要性も感じないよなぁ。仮定の脅威にビビってたら何もできないし・・・・なぁ? 本来、俺達がこの部隊に合流するのってあと1ヶ月は先の話になるよな?」
「はい。通常であれば、一月半は掛かる道程かと思われます」
「んじゃ、ここですぐに合流しなくても、即座に逃亡者扱いされるようなことにはならないよな。個人を識別できる距離でもないし」
「どこか行くの?」
「純人族の生活圏に踏み込んでみよーかと」
「生活圏に? 先に武勲を立てておく、とかですか?」
「いや、純人族の国と魔族の国が対立してるからって、必ずしも全体が一枚岩なワケでもないからな。ほら、南方の純人族と西方のとが手を組んだとかって迎えにきてた奴が言ってたろ? つまり、魔族と違って純人族には複数の国、もしくはそれに準ずる集団組織があるってことだからさ」
「まさか、ケイクイルさんは純人族と手を組むことを考えてるのですか?」
「ま、まさかよね? もう1000年以上も戦争してる相手なのよ? 絶対無理よ?」
「そりゃ、純人族全体とってのは無理だろうけど、個人とか小さな集落単位ならどうか分からないだろ?」
「そ、それでもかなり無茶だと思いますけど」
「まぁな。でも、軍と完全に決別するんなら、もう魔族の街には戻れない。一生野宿とか、耐えられるか?」
「う・・・それは嫌かも」
「だろ? だから、拠点にできる場所を探す必要があるんだよ」
「では、その結果次第で軍と合流するかどうかを決定するということですか?」
「ああ。セシリア達が軍と合流した方がいいって言うんなら探しにいく必要もないから、このまま陣所の方に行ってもいいけど。ぶっちゃけた話、俺はどっちでもいいから」
「ん~・・どうしよっか?」
「私はケイクイルさんについていくだけですので、お任せします」
「私もケイくんのしたいようにしてもらえれば、特に文句も不満もないです」
「あたしもそれでいいけど、ケイはどっちの方が楽しいと思う?」
「楽しいかどうかはともかく、俺はこの世界の純人族に興味はあるんだよな。元同族みたいなモンだし」
「んじゃ、行ってみよっか。急いで軍に加わることもないんだし」
「「はい」」
カサリナの軽い提案に、声を揃えて賛同を示すセシリアとルーシア。
いーのか、それで。
「いいのか? 確かに、急ぐ必要はないけど、長年敵対してる種族のトコに行くんだぞ? それに、拠点探しをするんなら穏便に動かなきゃならなくなるし」
「特に問題はないかと思われます。小さな集落を目指すのであれば、ケイクイルさんに危険を及ぼすような戦力があるとも考えにくいですので」
「はい。敵対種族同士ですから、見つかった途端に戦いになるかもしれないですけど、穏便に済ませればいいだけですよね?」
「動けない程度にボコボコにしちゃって、それからゆっくりお話しって感じかしら?」
「はい。純人族は肉体ランクが低い種族だそうですから、手加減を間違わないように気を付けないとですけど」
「・・・いやまぁ、それでいいんならいいんだけど、抵抗とか嫌悪感とかないのか? 魔族の中では劣等種族とかって言われてるのに」
「ふふ。それを言っちゃったら、私は白魔でケイくんとカサリナちゃんは紅魔ですよ? お互いに相手のことを自分達より劣った部族だって言い合ってるじゃないですか」
「よね~。大体、ケイが教えてくれたんじゃない。相手が紅魔だとか白魔だとか魔導生命体だとか、そんなのどうだっていいことなんだって」
「へ?」
「だから、ルーシアと親友になれたんだし、セシリアはお姉さんみたいな感じになってるんじゃない」
「ですよね~。魔族の常識の中で考えてたら、カサリナちゃんと親友どころか、お友達にもなれてませんでしたから。そんなのゾッとします」
当然のことのようにそう言うカサリナとルーシアに、思わず明後日の方を向いてしまう。
・・・魔族の常識無視しまくりぢゃねーか。俺の考え方は異端だって言ってたってのに、完全に受け入れてくれてるとか・・・ったく・・
「・・・完全に変わり者の仲間入りしてるな、お前らも」
「はいっ。ケイくんと一緒ですっ」
「あはは。何照れてるのよ」
「うっせ。んじゃまぁ、テキトーに純人族の集落探してみるかぁ」
「うんっ」
「どういった集落を探されるのですか?」
「そうだな・・できれば、田舎の方がいい。騒ぎが伝わりにくいだろうし」
「そうですね。軍を派遣されたりしても面倒ですし、拠点にできなくなっちゃいますし」
「純人族でも友達ができたりするかな? あたし達って極端に友達少ないし」
「できればいいですよねっ。あ、でも、ケイくんの魅力に落とされちゃう女の子が増えたらどうしよう・・ケイくんとの時間が減っちゃったら嫌です」
「あ~・・・そこはケイに頑張ってもらうしかないわよねぇ・・増えるのは仕方ないけど、あたし達が寂しくならないように。ね?」
「いや、増えんから。どれだけ俺がモテると勘違いしてんだよ」
溜め息混じりにそう言うと、セシリアが腕を抱き締める力をギュッと強くして、
「ケイクイルさんは素敵な男性ですから、当然の心配だと思います・・・わ、私も、甘えられる時間が減るのは、嫌、です」
そう言ってきた。そのせいで、また顔が赤くなってしまうのを自覚する。
「だ、大丈夫だっての。セシリア達は小さい頃からずっと一緒だったせいで俺の考え方とか感覚を理解してくれてるけど、こんな異端な変人を受け入れてくれる奴の方が絶対に珍しいぞ?」
「それはそうだろうけどさぁ・・・」
「街では騒ぎにならないように自重して大人しく目立たないようにしてきましたけど、もうそんなこともしないですよね? そうしたら、ケイくんの魅力が全開になっちゃいますから不安なんですよぅ。格好良くて優しくて強くて暖かくて、それなのに謙虚で気配りも細やかで包容力もあって、こんな素敵な男性に落とされない方がおかしいですから」
「ルーシアの俺に対する高過ぎる評価の方がおかしいからな?」
マジで誰のことを言ってんのかと思ったぞ。褒め殺しにも程があるだろ。極当たり前のことを口にしてるみたいに言わないでくれる? メチャクチャ照れ臭いから。
「はいはい。っとに。ケイの自分への評価の低さの方がおかしいってのに」
「そんなところも好きですけどね?」
呆れたように言ったカサリナに、ルーシアがそう言うと、ボッと音を立てそうな勢いで顔を真っ赤にしてしまうカサリナ。
「・・ヤバい。あたし、ケイのことなら何でも好きになっちゃってる・・・」
「え? それ、もうずっと前からですよね?」
「えぇっ!? うっ、ウソ!?」
「自覚なかったんですか? 文句みたいに言ってるときも、カサリナちゃんの顔って常に恋する乙女ですよ? ね?」
「はい。ケイクイルさんが見ていないと、いつでも頬を緩ませていました」
「う、うぅ~・・は、恥ずかしいからあんまり言わないでよぉ」
益々赤くなりながら、俺の肩に顔を埋めるようにして顔を隠してしまうカサリナ。
俺の方がよっぽど恥ずかしいからな!? くそぅっ!! メチャクチャ可愛い上に、やたらと嬉し過ぎること言いやがって!!
「とっ、とりあえず、集落探しに出発とするかっ。よ、よしっ、スピカっ。あっちの山脈に向かうぞっ」
「ギュァッ」
照れ隠しなのは自覚しつつ、強引に話を戻してスピカに指示を出すと、スピカは俺の言った方向に向かって空を進み始めるのだった。
◇
それから、快適でゆる甘な空の旅を続けること10日。
途中で何回か大きな街を見つけることはあったけど、明らかに規模が大きくて騒ぎになったときの面倒が大きくなり過ぎそうだったからスルーし続けた。プリーマアシー峠に向かってたときと同様に、食料はテキトーな魔物を狩ったり木の実や野草を採集したりした物をセシリアが美味しく料理してくれたおかけで何の問題もなく、風呂に関しても魔法で用意できるから問題無し。夜襲対策も、スピカがいてくれるだけで魔物が寄ってきたりすることもないから、必要無しだったりするしで、かなり快適な旅路だった。
ただ、やっぱり野営になると硬い地面の上で寝ることになるから、ベッドが恋しくはなる。それに、出発前に準備した調味料にも限りがあるから、味気のない食事にならないように補充もしたい。
「あ、ねぇ、ケイ。あっち見てみて」
「ん? 何かあったか?」
カサリナが指した方向に顔を向けると、山の麓辺りから煙が立ち上ってるのが見えた。
「煙、だよな?」
「うん。あの辺りに集落があるってことじゃない?」
「ですね。ちょうどお昼時ですから、食事の準備で火をおこしてるんじゃないでしょうか?」
「・・・いえ、そうだとしたら、少し煙の量が多過ぎるかと思われます。かなりの距離があるにも拘わらず、ハッキリと確認できる程の煙が立ち上っていますので」
「じゃあ、面倒事、かな? 魔族の支配地域とは逆方向の場所だから、魔族の軍が戦闘中ってこともないだろうし」
「そうだな。面倒事の内容にもよるけど、場合によっちゃ俺達にとって都合のいい展開になるかもしれない」
「都合のいい?」
「おう。だから、行ってみようか。セシリア達は上手く俺に合わせてくれればいいよ。先に教えとくと、不都合出るかもしれないから、説明は後で」
「了解しました」「分かりましたっ」「は~い」
「んじゃ、スピカ、あの煙に向かってくれ。急ぎで頼む」
「ギュァァ」
俺の言葉に応えると、急加速したスピカは凄まじい速度で煙の発生元へと俺達を運んでいく。
は、速ぇぇ・・こりゃ、あっという間だな。偵察の準備、しとこ。
そう思って《視覚強化》を発動させると同時に、煙の発生元の上空に到着した。そこから眼下の様子が目に入った瞬間に、俺の頭の中で'ブチッ'って音がした気がした。
「・・・セシリア達はここで待ってろ」
「ケ、ケイ?」
それだけを伝えて、カサリナの言葉にも答えてやる余裕も、セシリアとルーシアが驚きと動揺を露にしているのに反応してやる余裕も持てないままに、俺はスピカの背中から跳び降りた。
「ケイクイルさん!?」「ケイくん!?」「ケイ!!」
悲鳴のような俺を呼ぶ声が聞こえたけど、やっぱり反応してやる余裕が持てない。
何故なら、眼下の小さな村には死ぬ程胸糞の悪い光景が広がっていたからだ。
焼けた建物と広がるいくつかの血溜まりに、いくつもの逃げ惑う人とそれを追い回す人の姿。それらが視覚が強化された俺の目にはハッキリと映ってしまったのだ。
血溜まりに沈められる小さな子どもの姿のその瞬間と、それを下卑た笑みを浮かべて見下ろす、血塗れの剣を振り下ろした屑と共に。




