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魔族転生  作者: 桃源郷
第二章 青年期
23/30

閑話 ~それぞれの想い・セシリア編 2~

新章に入る前の最後の閑話は、本作のメインヒロイン視点のものでお送りします。


どうぞ、最後までお楽しみくださいませ。

魔導生命体は、主人に仕える為だけに存在しているものです。一般的な魔族と似通った姿形をしていますが、それはあくまでも外見だけが似ているだけで、全く別の存在です。主人に仕えて、主人の為に尽くすことを無上の喜びとするモノです。他に何かを求めることはしません。それだけが存在意義なんですから。


私も、その筈でした。情緒面に不良を抱えた出来損ないの私も、それだけを喜びとしていた筈だったんです。



なのに、魔獣狩りから帰ってきて、ご主人様(マスター)と一緒にティータイムで寛がせてもらっていると、

「あ~、やっぱりセシリアの煎れてくれたお茶はいいなぁ。美味い」

ご主人様(マスター)にそう褒めてもらえて、それが嬉しくて、気が付けば、私はご主人様(マスター)の腕に抱きついていました。


私は'ご主人様(マスター)に触れていたい'なんていう有り得ない筈の欲求から、その欲求を自覚することもなく、ご主人様(マスター)の腕に抱きついてしまいました。正当化する為の言い訳を必死で考えてまで、ご主人様(マスター)にもっと触れていたいと思ってしまっていたんです。


有り得ない感情を持ってしまっていることとご主人様(マスター)に嘘を吐いてしまったことで困惑と罪悪感に襲われながらも、ご主人様(マスター)に触れていられることが嬉しくて・・・


この溢れ出てきて止められない気持ちが、感情が、何なのか全く理解できない私に、

「セシリア。それはセシリアにとって、嫌な思いか?」

ご主人様(マスター)がそう問いかけました。反射的に激しく首を振って否定します。


嫌な気持ちな筈がないです。ふわふわして、胸が熱くなって、それがとても心地いいんです。いつからか、ご主人様(マスター)の傍にいると感じられるようになったこの気持ちが、嫌なものな筈がないです。


「じゃあ、俺と一緒にそれが何なのか、1つずつ分かっていこう? '魔導生命体'なんて括りは必要ない。セシリアはセシリアだ。昔、カサリナに話したことがあったろ? セシリアは魔導生命体だけど、魔導生命体全てがセシリアなワケじゃない。俺はセシリアが相手だから言ってるんだって」


いつかに聞いた言葉を、その頃から何も変わっていないご主人様(マスター)の言葉を聞いて、溢れ出てくる気持ちが激しく脈打ちました。


「だから、'自分は魔導生命体だから'なんて考えなくていい。自分のことを'出来損ない'だなんて言わないでくれ。俺にとって、セシリアは本当に大切な人なんだ」

そのご主人様(マスター)の言葉に、脈打った気持ちが一気に氾濫してしまいました。




それからは、胸が張り裂けそうなくらいに鼓動が激しくなっているのに、全てが満たされるような幸せで甘い時間をご主人様(マスター)と過ごしました。愛する私のご主人様(マイ・マスター)と愛の言葉を交わして、何度も何度も繰り返し口付けを交わしながら。


そうです。私のこの気持ちは'愛する'ということだと思えたんです。ご主人様(マスター)がまだ幼かった頃から芽生えていた気持ち。ご主人様(マスター)が成長するに連れて大きく激しくなっていくこの気持ちは、私のご主人様(マイ・マスター)を愛しているという気持ちだったんです。魔導生命体として有り得ない正体不明なこの気持ちを、ご主人様(マスター)に受け入れてもらえて、認めてもらえることで、やっと理解できました。







それから、カサリナさんとルーシアさんとの待ち合わせの時間が間近に迫ってきていることに気付くまで、ずっとご主人様(マスター)に抱き締められたまま、ご主人様(マスター)を抱き締めたままで過ごしてしまいました。時間に気付いてからは、少し慌てて待ち合わせの場所に向かうことになりました。


ご主人様(マスター)と過ごす時間はこれまでも過ぎ去るのが早かったですが、今回はそれ以上でした。しかし、だからと言って、ご主人様(マスター)の予定に支障をきたすような状況になってしまうなんて、ご主人様(マスター)に仕える魔導生命体として失格です。

そんな私の謝罪に、ご主人様(マスター)は自分も時間を忘れていたからと、恥ずかしそうに言ってくれて、申し訳ない気持ちと同時に、また鼓動が激しくなります。


ご主人様(マスター)も、私との時間を私と同じように感じてくれていたように思えて、それが恥ずかしくて、でもそれ以上に嬉しくて。


また浮かれそうになっていた私に、現実を突き付けるドリューシャ様の厳しい言葉が降り注ぎました。

「チッ。我が一族の恥晒しと出来損ないの人形か。出来損ないの人形に何をさせている!! 恥晒しと言えども、貴様もフォルティス家の一員として見られるのだぞ!! 情けない真似は即刻止めろ!!」

その言葉に、私は夢から覚めたように現実を認識させられました。


私は魔導生命体。ご主人様(マスター)とは違う、主人に仕える為だけの存在。愛を求めたり、ましてや、囁かれるなんてあってはならないこと。


胸が潰れてしまいそうで、もうこのまま消え去ってしまいたいとすら感じて、沸き立っていた感情が急速に冷え固まってしまいそうになりました。でも、私のご主人様(マイ・マスター)はそうなることを許してはくれませんでした。


ドリューシャ様の言葉を否定するかのように、私の認識した現実を打ち砕くように、私のご主人様(マイ・マスター)は私を抱き寄せてくれたんです。


それに戸惑う私に、

「愛してるよ、セシリア」

ハッキリと、堂々と、そう言い切ってくれました。

「セシリアへの俺の気持ちに、嘘も恥じる気持ちも何一つない。だから、セシリアも堂々と俺を好きでいてくれよ。あんな屑に言われたくらいで、俺から離れないでくれ」

そんな風に言われて、認識した筈の現実を夢のような感覚が塗り潰していきます。まるで、覚めない夢の中に引き込まれるように。

「はい。私のご主人様(マイ・マスター)。私はご主人様(マスター)を愛しています。ずっと、愛しています」

気が付くと、私はご主人様(マスター)に体を寄り添わせながらそう言っていました。


ずっと、これからもずっとご主人様(マスター)を愛しています。もう誰に何を言われても、この気持ちを否定したりしません。否定させたりしません。愛しい私のご主人様(マイ・マスター)。私はこれから、ご主人様(マスター)に仕えるだけの魔導生命体ではなくなります。ご主人様(マスター)の'セシリア'になります。


そんな強い想いが胸に宿ります。その想いが、ご主人様(マスター)が'俺のセシリア'と言ってくれて、私の為ではないと言いながらも、初めて目にする程の激しい怒りを見せてくれたことで、より強く、固い決意に変わりした。


もう何も迷いません。悩みません。私はご主人様(マスター)を愛しています。







その後、ご主人様(マスター)はカサリナさんとルーシアさんの気持ちも受け入れました。カサリナさんとルーシアさんがご主人様(マスター)に好意を持っていることは以前から理解していたことですし、ご主人様(マスター)も好意を持たれていたんですから、当然の成り行きだと思います。デートの約束をされたのも、自然なことだと思っています。


でも・・何故か胸がとてもモヤモヤしています。ご主人様(マスター)と屋敷に戻ってきてからも、モヤモヤは全く晴れてくれません。これは何なのでしょうか?


私は何かをしたい? いえ、してほしい・・?


「え~と、だな・・・セシリアはどんなデート「はいっ!!」が・・・」

ご主人様(マスター)の言葉が言い切られる前に、'デート'という単語に反応してしまって、勢い込んで返事をしてしまいました。ご主人様(マスター)が呆気に取られたような顔になってしまい、とてつもなく恥ずかしくなってしまいます。顔が熱くなって、ご主人様(マスター)の顔を見られません。

そんな私を、ほんの僅かな間を置いて、ご主人様(マスター)が強く抱き締めてくれました。条件反射のように、私もご主人様(マスター)を抱き締め返してしまいます。

「ホンットにセシリアは俺のツボを突きまくってくるなぁ。あんまり可愛い反応ばっかりしないでくれよ。照れ臭くて堪らん」

そんなことを言われて、ご主人様(マスター)を抱き締める腕に勝手に力が入ってしまいます。

「これから、デートもそうなんだけど、それ以外でもセシリアのやりたいこととかしてほしいことを俺に教えてくれ。それに、やりたくないこととか嫌なことも、ちゃんと教えてほしい。俺はどうにも鈍感らしいから、察してるつもりでも全然気付いてないことの方が多そうだからなぁ」

そう言うご主人様(マスター)の顔を見上げると、ご主人様(マスター)は少し赤くなりながら困ったような苦笑を浮かべていました。


先程、カサリナさんとルーシアさんから、今までご主人様(マスター)が気付かずに流していたお2人の気持ちについて沢山伝えられたせいでそんな風に思われているんだと思います。私の場合はそんなことは・・・


「・・・ご主人様(マスター)主人(マスター)を変えるように言われたときは、凄く悲しくて、寂しくなりました」

「うぐっ!? も、もしかして、根に持ってたりする?」

「根に・・・はい。多分、根にもっているんだと思います。今でも思い出すだけで、涙が出そうに、なり、ますから」

言葉の途中から、もう涙が溢れてきそうになってきてしまいました。


ダメです・・ご主人様(マスター)の傍が幸せ過ぎるせいで、'もし、またそう言われてしまったら'と考えてしまうだけで目の前が真っ暗になってしまいます。視界がグラグラ揺れて、狂ってしまいそうです。


「も、もう絶対にそんなこと言わないし考えないからっ!! なっ!? だ、だから、もう泣かないでくれよぉ」

そんな私に、ご主人様(マスター)は慌てた様子で弱りきった声でそう言ってくれました。それだけで、私に生まれた暗く重い気分が吹き飛んでいきました。


でも・・・少しだけ、我儘を言いたくなってしまってもいます・・・・本当にご主人様(マスター)の言葉に甘えて、また我儘を言わせてもらってもいいんでしょうか?


「な、何か俺にできることがあるんなら、言ってくれよ? 改めて思い返しても、アレはホントに最低なこと言ったって自覚してるから。セシリアの気持ちが晴れるんなら、何でもするからさ。な?」

まるで私の迷いを見抜いたかのような言葉をくれるご主人様(マスター)

「・・・では、その・・・・・キ、キスをしてほしい、です」

「へ?」

「ひ、昼間よりも沢山、ご主人様(マスター)とキスがしたいですっ・・・その・・これからも、ずっと・・」

ご主人様(マスター)の言葉に甘えて、私の我儘を伝えてみました。我儘を口にしようとした途端に全身が熱くなってきて、全部を言い切ると同時に、もう胸が破裂しそうなくらいに鼓動が暴れ狂ってしまっています。


だって、言い切ると同時に、ご主人様(マスター)が私の唇を塞いでくれたから。







それから、就寝の時間になるまでずっとご主人様(マスター)と抱き合いながら、軽く触れるだけのような短いキスや絡まり合うような長いキスをしていました。何度も何度も何度も何度も。どれだけ唇を合わせても少しも満足できなくて、ご主人様(マスター)ともっと深く繋がりたくて、少しも離れたくなくて、今夜は一緒に寝てほしいと、また我儘を言ってしまいました。


ご主人様(マスター)も恥ずかしそうでしたけれど、どこか嬉しそうに受け入れてくれて、今夜はキスをしながら眠りに就くことができました。




それは、恥ずかしくて照れ臭くて、でも、とても甘くて凄く嬉しくて、最高に幸せな眠りでした。







その翌日はカサリナさんとのデートの日なので、私はご主人様(マスター)の匂いが残るベッドで帰りを待つことになりました。


どうしてか、何をする気にもなれず、なんだか胸がザワザワと落ち着かなくて、ただひたすらにご主人様(マスター)の帰りが待ち遠しかったんです。だから、せめてご主人様(マスター)の匂いだけでも感じていたくて・・




カサリナさんとのデートの後、ご主人様(マスター)が帰ってきて、私はご主人様(マスター)に飛びついて、そのままベッドに押し倒しながら、ご主人様(マスター)の唇に自分の唇を重ねました。

「セ、セシリア?」

「おかえりなさい、私のご主人様(マイ・マスター)

「た、ただいま。どうしたんだ? 何かあったのか?」

「いいえ。何もありませんでした。でも・・・・」

「でも?」

「・・・・・なんだか、胸がザワザワしていたんです」

「ザワザワって・・・カサリナとデートに出掛けてから、か?」

「・・・はい。でも、ご主人様(マスター)の顔を見たら・・・いえ、違います。ご主人様(マスター)にキスをしたら、全部消え去りました・・・何だったのでしょうか? あの気持ちは・・」

自分でも分からない気持ちの正体を、ご主人様(マスター)に問いかけてみました。理解できていない気持ちを、感情を、ご主人様(マスター)と一緒に分かっていこうと言ってもらえたから。

すると、ご主人様(マスター)は赤くなりながら、照れ臭そうに、嬉しそうに、キスをしてくれました。

「正直なトコ、そうだったらいいなっていう俺の願望が大いに混じってる気がしてるんだけど・・・なんつーか・・俺とカサリナが何をしてるのかとか、気になってたりした?」

「はい。カサリナさんを抱き締めたり、カサリナさんとキスをしたりしていることを予想していました。あと、ご主人様(マスター)はカサリナさんとどこにいるのかが気になっていました」

「あ~、うん・・まぁ、抱き締めたし、キスもしムグッ」

ご主人様(マスター)の言葉の途中で、何かに突き動かされるようにご主人様(マスター)の唇を塞いでしまいました。それからすぐに我に返って、慌てて唇を離そうとしたのですが、何故か体はその意志に反して、ゆっくりとしかご主人様(マスター)の唇から離れようとしてくれません。

「・・・すみッ」

不躾な行動を謝罪しようもしたのに、何故かご主人様(マスター)は私をさらにキツく抱き締めて、激しく唇を重ねてきてくれました。少し離れてもすぐにまた唇を塞がれて、まるで昨日の夜の続きのように唇を貪り合ってしまいます。


どうしてですか? どうして、今、私はこんなに嬉しいんですか? 抱き締められながらのキスが嬉しくて幸せだった昨日よりも、もっとずっと嬉しくて幸せで、なんだか頭がボ~っとしてきてしまいます。していることは同じ筈なのに、どうしてなんでしょうか。でも、そんな疑問なんか、段々とどうでもよくなってきてしまっています。満たされていた胸が、張り裂けそうなくらいにさらに膨らんでいっています。




それからしばらくして唇が離れると、ご主人様(マスター)は嬉しそうにご自分の額に私の額を押し当てました。

「嫉妬、してくれたんじゃないか? 考えてみたら、セシリアが全く見てない所でカサリナと2人になるのって初めてのことだし、セシリアよりも先にデートしてることになるし」

「嫉妬・・・・・・・そう、かもしれません・・で、でも、私はカサリナさんのことを悪く思ってなんかいませんっ。共にご主人様(マスター)の支えとなれればいいと考えていましたし、カサリナさんは優しくて素敵な女性だと思っていますっ」

私の必死な言葉に、ご主人様(マスター)は表情を柔らかくして口を開きます。

「それくらいは俺も分かってるよ。セシリアはカサリナのことも、それに、ルーシアのことも小さい頃から可愛がってくれてたし、今でも仲良くやってるじゃないか。でも、それと嫉妬するのとは全然別の話だと思うぞ?」

「え?」

「いやだって、ヤキモチは焼くだろ。どんなに親しくて良い奴が相手でも、自分の好きな相手と2人きりでいられたりしたら。この世界では複数の恋人とか嫁さんがいるのも普通に認められてるけど、前世の世界だったらそんなことしてたらフツーに刺される」

「そうなん、ですか?」

「それに、恋人を3人も作ってる俺が言うのもなんだけど、セシリアにもカサリナにもルーシアにも、俺だけを見ててほしいぞ? 俺は」

「あ・・・」

ご主人様(マスター)の言葉で、自分の中の形にならなかったモヤモヤした気持ちがハッキリとしました。

「・・・今、分かりました。ご主人様(マスター)の仰ったこととは少し違いますが、ご主人様(マスター)に私のことも見ていてほしかったんです」

「え?」

ご主人様(マスター)が、その・・・カサリナさんだけを愛してしまうのではないかと、私とのキスよりカサリナさんとのキスの方がいいと思われてしまうのではないかと、不安だったんです・・・カサリナさんに、ご主人様(マスター)を・・・取られたく、ないと思っていたんだと思います」

形になった気持ちを言葉にすると、ご主人様(マスター)はまたキスをしてくれました。


ど、どうしてでしょう? このキスは凄く恥ずかしいです。


「そっか。嫉妬ってよりも、自信を無くしかけてたって感じなのかもな。俺がセシリアのことも愛してるってことに」

「自信・・・・」

「ああ。多分だけど。どこかでまだ自分のことを'魔導生命体だから'って思う感覚も残ってるんじゃないか?」

ご主人様(マスター)の言葉に、ビクッと体が震えました。


・・・ご主人様(マスター)はどうしてこんなに私の気持ちを正確に察することができるのでしょうか? 私自身が自覚できていなかったことを、まるでその目には見えているかのように・・・


「・・ご主人様(マスター)は心を読む魔法を使用しているのですか? ご主人様(マスター)が言葉にされるまで、私自身にも自覚がありませんでした」

「ははは。んな便利な魔法があったら、是非とも使いたいね。鈍感って言われることも無くなるだろうし、何をどう言えばいいのかとかどうすればいいのかとかも悩まずに済みそうだし。でも、残念ながら、そういう魔法はないよ。いや、俺が知らないだけかもしれんけど」

「そうなんですか?」

「ああ。カサリナ達には全否定されたけど、前世での経験もあるし、生まれたときからずっとセシリアを見てたおかげで、ある程度以上に相手の感情の動きには鋭くなったんだぞ?」

「私のことを・・・ずっと・・・」

「ああ。レリーナの腹の中にいる頃から意識はもうしっかりとしてたからな。俺がパニック起こして暴れてると、いつもセシリアは歌を唄ってくれてたろ?」

ご主人様(マスター)の言葉に、私は思わず目を見開いてしまいます。

「それがどうしてだか、妙に落ち着かせてくれてな。最初はセシリアが俺の母親かと思ってた。産まれた直後はほとんど目が見えなくて、セシリアがどんな顔してるのかも分からなかったけど、マゼリシオ婆さんがセシリアに俺の世話を命じたときにセシリアの声が聞こえて、ずっと歌を唄ってくれてた相手だってすぐに分かった。あぁ、そう言えば、名前を付けようとしてくれてたときは焦ったぞ? ポチとかタマはないからな?」

「そ、んなこと・・誰にも・・・」

「2人きりだったもんな。あ、でも、赤ん坊の唸り声だけでよくアレだけ正確にこっちの意図を察してくれてたよなぁ。何気に心を読むってのなら、セシリアの方が凄いんじゃないか?」

「い、いえ、なんとなく、そう言われていると感じただけでしたので・・・」


それから語られるご主人様(マスター)の言葉は、私に埋め込まれた知識では到底記憶に残っている筈のない頃の話ばかりでした。それも、私とご主人様(マスター)しか知らない、知りようがない話ばかりで・・・だから、ご主人様(マスター)がずっと私を見てくれていたことに、疑いを持つ術は全くありませんでした。


「ま、そんな風にセシリアをずっと見てきたんだ。ある程度以上には察せられるようになるって」

そう言うご主人様(マスター)に、私は嬉しくて堪らなくなり、またキスをしてしまいます。唇に。額に。頬に。首筋に。何度も何度も何度も何度も。

「コ、コラ、セシリア。こ、こういうのは、なんかこう、メチャクチャ照れ臭過ぎる上に、色々とヤバいからっ」

ご主人様(マスター)の制止の言葉にも、自分の動きを止めることが全くできません。





かなりの時間が経ってから、ようやく止まることができて、今度は恥ずかしくて堪らなくなってしまい、ご主人様(マスター)の胸に顔を埋めてしまいます。


出来損ないと蔑まれ、何の役目も与えられず、廃棄処分されてもおかしくなかった私を、ご主人様(マスター)は本当に産まれる前から認めて、見ていてくれたと感じられて、この気持ちが暴走してしまうのを止められなかったんです。


「・・す、すみません、ご主人様(マスター)。気持ちが溢れて、暴走、してしまいました」

「い、いや、まぁ、あ、謝ることなんかないんだけどな。嬉しいし。でも、ホラ。俺も男なワケで、セシリアはメチャクチャ綺麗な女性なワケで、今世の体が若いせいで、色々と暴走しそうなのだよ。分かって」

「綺麗・・・マ、ご主人様(マスター)は私にも欲情してくれているんですかっ?」

「ブハッ!? ド、ド直球に豪速球なこと言ってくれたな!? あぁっもうっ!! そうだよ! でも、いくらなんでもそうなるのはまだ早過ぎるだろ!? 恋人同士になれたばっかなのに!!」

真っ赤になりながら、どこか自棄になったようにそう言うご主人様(マスター)。私も顔が赤くなっているのを感じます。むしろ、全身が熱くて堪らないです。


う、嬉しいのに恥ずかしくて堪りません・・・


主人が戯れに魔導生命体で性欲処理を行うことがあるのは埋め込まれた知識として理解していましたが、情緒面に不良を抱えた私がそういったことを命じられることは当然ながらありませんでした。


ご主人様(マスター)は幼かった頃から、眠っている間にはよく私の胸を触ってくれて、お風呂では私の胸から目を逸らそうとしながらもよく見てくださってました。私の体を好んでもらえているだけでも嬉しかったんです。それが、欲情してもらえるなんて、夢にも思っていませんでした。

しかも・・・私も、ご主人様(マスター)に抱かれたいと心の底から思っています。魔導生命体としての性欲処理ではなく、ただご主人様(マスター)と深く繋がりたい。私の総てをご主人様(マスター)のものにしてもらいたい。

恥ずかしくて堪らないのは、きっとこの気持ちのせい。


だから、

「わ、私は、は、恥ずかしいですが、今すぐにでも、その、マ、ご主人様(マスター)のものにしてほしい、です」

「待て待て待て待て待てっ!! マジで待って!! 正直、そうしたいのは山々なんだけど、前世含めても初めての恋人なんだよっ!! それだけにヘタレてんの!! もうちょっとだけ待って!! マジでいっぱいいっぱいだからっ!!」

ご主人様(マスター)の切羽詰まったような言葉に、自然と頬が膨れてしまいます。

「・・・暴走してほしい、です」

「いっ、いずれ! そういうのは遠くない内にっ!! な!?」





ご主人様(マスター)がこう言っているのに、どうしてかなかなか納得できませんでした。でも、何度もキスしたり、キスしてもらったりしている内に誤魔化されてしまいました。







その翌日は、ルーシアさんとのデートです。昨日のようなザワザワした感覚はありません。気分が落ち込むようなこともありません。むしろ、明日のご主人様(マスター)とのデートが楽しみで、気分が高揚しています。昨日のカサリナさんのときよりも、今日のルーシアさんとのデートよりも、私との時間を楽しんでもらいたいという対抗意識まで生まれています。


魔族であるカサリナさんとルーシアさんに対抗意識を持つだなんて、魔導生命体としては有り得ません。同じ魔導生命体同士であれば、より主人に尽くしたいと競うようなことはあるらしいですが、魔導生命体にとって、魔族は尽くすべき対象か否かというだけの相手ですから。


私から'魔導生命体として'という思考がなくなったわけではありません。ご主人様(マスター)に尽くしたいという欲求は変わらずに存在していますし、私の主人(マスター)はやはりご主人様(マスター)だけです。

でも、他の主人(マスター)なんて考えたくもないという気持ちやご主人様(マスター)に触れていたいという気持ち、ご主人様(マスター)に抱かれたいという気持ち、そして、カサリナさんとルーシアさんへの対抗意識は、ご主人様(マスター)を愛しているからこそ生まれているものだと思います。そう思えていることが、何よりも嬉しくて幸せです。ただご主人様(マスター)に仕えているだけの魔導生命体ではなく、私のご主人様(マイ・マスター)の'セシリア'であれていると思えますから。


だから・・・私は明日、初めてご主人様(マスター)の言葉に少しだけ逆らおうと思います。


埋め込まれた知識の総てを活用して、ご主人様(マスター)に抱いてもらえるように振る舞うんです。私がご主人様(マスター)の傍にいるのは、マゼリシオ様の命令が理由ではなくなっていますから。ご主人様(マスター)が私に伝えてくれた気持ちがあるように、私からもご主人様(マスター)に伝えたい想いがありますから。


主人(マスター)の意向に逆らうということに忌避感はあります。抵抗も強いです。これで本当にいいのかと迷う気持ちもあります。



でも・・・



それでも・・・



勢いだけではなく、自覚しないままの行動でもなく、私自身の意思で、ご主人様(マスター)の言葉に逆らいます。



私は、魔導生命体としてではなく、あなただけのセシリアとして傍にいたいから。

主人公からの気持ちによって、セシリアは完全に自分の気持ちを自覚して認められました。この話の最後でセシリアが取ろうとしている行動は、主人公を'仕えるべき主人として'だけではなく、'愛する男性'として接していこうという決意の現れなんです。


次回からは新章に突入です。閑話に関しては投稿ペースを上げていましたが、またのんびりペースに戻させていただく予定です。



お付き合いいただいた皆様に感謝を。よろしければ、次回もまたお付き合いくださいませ。

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